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波濤揺蕩う神殺し  作者: 韋駄天
名も無き島と神喰らい編
7/100

ザダの教会

バッカニアを港から海沿いに進むとほどなく見えてくる洞窟。


入口にはそれらしき看板も目印もない、知らない者が見ればただの穴倉に見えるそこは、ザダの教団が運営する教会、そして神殿へと至る道の入り口である。


中へ入れば入口から差し込む太陽光はすぐに途切れ、頼りないロウソクの灯と壁に生えている光る藻だけが頼りである。


ジェイクとメリッサは足元に気を付けながら曲がりくねる道を進んでいくと、ついに教会の入口へとたどり着く。


だが、教会への扉は閉ざされ門番が立ちふさがり、周りには人だかりができていた。


「現在洗礼の儀を執り行っている、しばらく立ち入り禁止だ」


そう告げる門番の顔は厳格そのもので、アリ一匹ですら中に入れないという意思が感じられた。


周りの人間もそれに従い大人しく儀式が終わるのを待っているようだが、その様子にメリッサは首をかしげる。


「立ち入り禁止とはどういう事かしら? 神の祝福を授かる喜ばしい瞬間ですのに」


洗礼とは即ち正式に神の信徒となる、信者としての大いなる一歩である。


メリッサからしてみれば、神聖で厳かな場でこそあれ、人払いをしなければならない理由は見当たらない。


だが、それは彼女の知る洗礼であり、全ての神が同じ形で信者を迎え入れるとは限らない。


「教団ではザダ様直々に洗礼を行うのが通例なのですが・・・お目にかからない方が良いと思いますよ? 命に関わります」


「い、命?」


ザダの特異性に青ざめるメリッサ、好奇心は猫を殺すと言うが、この町では決して比喩表現に止まらない。


人としての生が終わるのが死であるならば、間違いなく(死)と表現するのが相応しいだろう。


「そこ、静かにしろ・・・じきに終わる」


門番が注意すると同時に扉の隙間から眩い光が一瞬だけ差し込んだ。


ジェイクの脳裏に悪夢の光景が蘇る、あの(事故)から洗礼は必ず付き添いとして複数の神官と、扉の前に門番が配置されるようになった。


唯一の救いは、もう二度と同じ事故が起こらないように、教団側が対策した事だろう。


「今の光は?」


眩しさに目を細めながらメリッサが尋ねる。


彼女の知るいかなる儀式にも、先ほど見た青白い光は登場しない。


「ザダ様が身にまとっている光です、洗礼が終わったみたいですね」


閉ざされた扉が開かれ、両親らしき二人組が我が子の名を呼びながら駆け込んでゆく。


「あの一瞬で・・・ですか?」


「そうですよ、でもザダ様と意思疎通ができるのは血族達だけなので僕も詳しい事は・・・すみません」


メリッサの疑問にジェイクはできるかぎり答えようとするが、人間である彼には踏み入る事のできる限界がある。


この教団において、そのハンデは大きい。


「いえ、無理もありません・・・ワタクシも何度か高僧にご鞭撻を賜りましたが、神の教義や歴史については詳しくても、神の本質そのものを捉えた人はいませんでした」


メリッサは故郷で受けた授業を思い出していた。


神について書き記した書物は無数にあるが、その中身は全て人から見た神の外見に過ぎない。


人を越えた存在である者の内面を映した本は存在しない。


否、表現する事ができないからこそ神なのだろう。


「教義に歴史に本質・・・か、メリッサさんもかなり詳しいようですね?」


遅れて入ってゆく信者達の最後尾に続いて、ジェイク達も教会に足を踏み入れた。


中は洞窟内部の巨大な空洞をそのまま利用した空間になっており、その気になれば草野球程度ならできそうな程広い。


「いえ、ワタクシのはあくまで学問としての事、フロストベル家の者として相応しい教養を身に着けるためには実体験が不可分! 本日は聖域である神殿に立ち入る事ができると聞いて、実はちょっぴりワクワクしております」


「おぉ・・・それは良かった」


ジェイクはメリッサの溢れんばかりの知識と好奇心に半ば喜び、半ば嫉妬していた。


彼の人生はザダとその教団の事柄に集約されており、いわゆる井の中の蛙である。


そこに迷い込んだ小鳥に憧れたとして、蛙に空を飛ぶ術は無い。


「おや、ジェイク君おはよう」


1人の老人がジェイクへ声をかけた。


彼は教団の司教であるエグペル、深いシワをたたえた顔に後頭部を残してはげ落ちた頭部、曲がった背筋、身に着けた教団のローブは幹部専用に渦巻き模様が散りばめられた仕立てになっている。


「おはようございます、司教様」


「そちらの方が、新しく来た冒険者の方かな? 会えて嬉しいよ」


ジェイクが挨拶を返すと、エグペルは顎を撫でつかながら期待の眼差しをメリッサに注いだ。


彼こそがまさに教団の最高位であり、今回の秘宝探索の最高責任者でもある。


だからこそ、貴重な冒険者である彼女には並々ならぬ思いがある。


「お初お目にかかります、メリッサ・フロストベルと申しますわ、以後お見知りおきを」


「ほっほっほ、これはこれはご丁寧にどうも、私はエグペル・・・司教だなんて呼ばれてはいるが、他人より少しだけ物覚えが良くて、お喋りで、長生きをしているだけのおいぼれだよ」


仰々しくおじきをするメリッサに対して、エグペルはほほ笑みを絶やさず答えた、まるで孫に接する好々爺のように。


「お歳を召されると皆謙遜がお上手にはなりますが、貴方ほどチャーミングな方は初めてです、お会いできて光栄ですわエグペル様」


「こりゃお上手な人だ、あんまりおだてると茹でダコになっちゃうよ、ハッハッハ!」


メリッサがあまりにも流暢に褒めるので、エグペルはすっかり上機嫌となり、声を上げて笑う。


そしてその様子を、2人の隣で無限のまま眺めるジェイク。


「あの~そろそろ本題に入っても?」


長くなりそうな気配を察知したジェイクが話に割って入った。


エグペルは説法が得意で信者達にも人気だが、その三倍も与太話を得意としており、放置すると日が暮れかねない事をジェイクは良く知っている。


「ああ、こりゃ失礼! 準備は完了している、いつでも行けるが・・・くれぐれも気を付けてな」


「ありがとうございますエグペル様」


エグペルは2人の旅の無事を祈ると、自分の仕事に戻るべく、足早に去っていった。


「では、行きましょうか・・・」


「行く・・・と言われましても、どちらへ?」


メリッサがあたりを見回すが、教会は洞窟に手を加えた作りで出入り口以外に道は無い、あるのは燭台、古びた長椅子、壁沿いに並べられた数多の偶像、そして地底湖である。


「この中です」


「もしかして、水の中・・・ですか?」


当たり前のようにジェイクが指さした先には底の見えない地底湖、信者達の祈りの声に呼応するように、静かに揺れる湖面にメリッサは全身が強張る。


しかしここはザダの膝元である教会、止める者などいるはずもない。


水に潜るという行為は、信者達にとっては散歩と同義である。


「はい、というわけでちょっと失礼」


「え、えぇ、ちょっと?」


ジェイクはメリッサの腕をつかむと、そこから小さな泡が溢れだし、やがて全身を包み込んだ。


「これで良しっと・・・じゃあ行きましょう、水に入ったら僕が引っ張りますので大人しくしててくださいね」


「○○、○○○○」


メリッサは何か訴えているようだったが、泡に包まれているせいで上手く話せていない。


そのまま一緒に地底湖に飛び込むと、まるで無限の闇の中に沈んでいくような感覚、巨大な生物に飲み込まれていくような恐怖がメリッサを襲う。


地上からの明りが、真夜中に雲で遮られた月光のように頼りなくなった頃、別の光が二人を出迎えた。

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