真相
途中で何かの拍子に復活して動き出だすのではないかという嫌な考えを何度も頭から振り払い、ジェイクは洞窟を抜け出した。
太陽の光に安堵を覚えて頭上を見上げると、地上からシースとメリッサがこちらを覗きこんでいる様子が見えた。
ジャガイモの詰められた麻袋より重いジョンドゥの肉体を必死に引き上げ水面から顔を出すと、彼は2人と1尾から熱烈な歓迎を受けた。
「もぅ、ジェイクさんったら! いつもワタクシを心配させるんですから!」
「中々やるなジェイク、あいつを仕留めるとは・・・一体何をした?」
「冗談じゃないよ、あんな馬鹿デカイ猿を連れてくるなんて、オイラ食われるかと思ったよ!」
三者三様、各々が自分の気持ちをジェイクにぶつけ、無事の帰還を祝福した。
「あ、あははは・・・ごめんなさい、こいつは・・・そうですね、神の力をお借りして何とかしました」
泣きじゃくるメリッサをなだめながら、事の顛末を簡単に話すジェイク。
一歩間違えば死に直結する危険な賭けだったが、彼の頭には川の中を覗きこんだ時から浮かんでいた策だった。
今はそれが達成された心地よい疲労感に満たされ、ジェイクは気楽に笑っていた。
「そうか・・・まぁ、深くは聞くまい、それより今は心臓だ」
水を吸ってさらに重くなったジョンドゥの体を川から引き上げたシースは刀を抜き、胸を切開すると、心臓に手を伸ばした。
「これか、これが駒鳥の心臓・・・」
駒鳥の心臓は、簡潔に言えば巨大なルビーの塊。
内部から眩い赤を鼓動のように放ち明滅するその姿は、かつてアコに案内された部屋で見た、龍の顎の玉と酷似していた。
「わぁ~綺麗! 素敵!」
涙を流していたはずのメリッサは一瞬で元気を取り戻し、目を皿のようにして神々しく光る秘宝に熱い視線を注いでいた。
「羨ましいですわシースさん、ワタクシにもちょっとだけ・・・」
「はっはっは! 悪いが流石にこればかりは譲れないな」
手を伸ばしてきたメリッサから遠ざけるように心臓を頭上に掲げるシース。
神の秘宝は、子供の玩具にするには過ぎた物だ。
「むぅ~大人はずるいですわ、皆綺麗なアクセサリーを身に着けて・・・」
「よしよし大丈夫、メリッサも大人になる・・・じゃなかった、戻ったらいくらでも宝石が似合う女になるさ」
ふくれ面でへそを曲げるメリッサ。
それを慰めるように抱き寄せるシース。
まるで仲の良い姉妹のようだとジェイクが感じたその直後、視界の端で何かが動いている事に気付く。
「シースさん、あれを・・・」
「何だ、灰の中に・・・まさか!?」
シースは急いで駆け寄り、ジョンドゥの残骸である灰をかき分けると、中から1人の男が姿を現した。
「サダミツ! 何で、あんた・・・」
「う・・・あ・・・シースか、すまん、不覚をとった」
灰に埋もれていたサダミツは体を何度もひねり、どうにか灰の中から脱出すると、自力で立ち上がる。
多少ふらついてはいるものの、命に別状はなさそうだった。
もっとも、過去の記憶に命という概念が当てはまればの話だが。
「ジョンドゥに取り込まれたはずでは・・・」
「恐らくだが、俺は取り込まれたばかりで、完全に同化してなかったんだろうな・・・ゲホッゲホッ!」
何度もせき込みながら、サダミツは全身から灰をはたき落としてゆく。
その様子をジェイクは用心深く観察しながら、ジョンドゥがまだ死んでいない可能性も考えたが、目の前の男からは森を案内していた時のような胡散臭い雰囲気を感じない。
むしろ過去のシースと共に登場した人物に酷似していた。
「何だ、消化不良か・・・あいつがウチの消化器科に通ってなくて助かったな」
シースはすっかり緊張を解いて冗談すら口にしている。
サダミツを最もよく知る彼女の態度から、ジェイクもこの男の事を信じてみようという気になった。
本物のサダミツはすでに亡くなっている。
重要なことは、味方であるかどうかだ。
「まったくだ・・・さて、自己紹介といくか」
一通り被っていた灰を落とした所で、サダミツは3人に向き直った。
全身汚れてこそいるが、真っすぐと見据える瞳に曇りは無いく、何かを企んでいる気配も無い。
「俺の名はサダミツ・・・と言いたい所だが、実際はその刀、(落ち椿)に込められた願い、あいつの剣に対する願望が俺を作った」
物に人の強い念が乗り移り意思を持つ。
にわかには信じがたいが、バンダースナッチの巣でシースが語った内容と全く同じであったため、ジェイクとメリッサは何とか理解することができた。
「やはり、あたしの勘は当たっていたな」
シースは誇らしげに胸を張り、戦いで乱れた髪を直す。
「あぁ、間違いない・・・見違えたよシース、お前はもうとっくに俺を越えてる、免許皆伝だ」
「まさか、あたしなんてまだ未熟で・・。」
思わず綻んだ顔を誤魔化すように髪を弄るシースであったが、サダミツは否定するように首を振る。
「それは違うぞ、現にお前はさっき俺に勝った・・・もう誰かの背中を追う立場じゃなくなったんだ」
「・・・」
そこでようやくシースは髪を触る手を止める。
ジョンドゥに取り込まれていたとは言え、バンダースナッチの巣で勝利したのは彼女だ。
すでに彼女は名実ともに師を超えていた。
「今度はお前の背中を皆が追いかける番になる、そういう存在になれ・・・それがお前が儀式に・・・パレードに出るための覚悟だ」
「そうか・・・そうだな、あたしは成長したんだな」
シースは眼を閉じ、サダミツの言葉を一言一句噛みしめるように受け止める。
思わず口を衝いたその言葉も、他でもない自分自身に言い聞かせるかのようだった。
「俺が保証する、お前は間違いなく立派な神になる」
「ありがとう」
目を開いたシースは別人のように晴れやかな表情で感謝の言葉を述べる。
サダミツの存在は、彼女に取ってまさに人生の目標であった。
その生き方と剣技に魅せられ、彼女は憧れ追い求めたが、死別という形でその機会は永久に失われたかに思われた。
だが、今この瞬間、ようやく願いは果たされた。
永い間、しこりのように残っていた未練、その清算が終わったのだ。
「よし! なら、俺から伝える事はもう無いな」
サダミツは安堵した様子で腕を組み、近くの樹にもたれかかる。
もはや教える事はもう無い、サダミツは死の間際に見出した自分の宿命をようやく成し遂げたのだ。
「解った、もう行くよ・・・じゃあなサダミツ」
出会いから別れまでのごく僅かな時間であったが、師弟は確かに通じ合った。
後ろ髪を引かれる気持ちもあったが、シースには母より託された使命がある、命ある限り歩き続ける義務が有る。
別れの時だった。
「おいおい(じゃあな)は無いだろ、俺は何時でもお前のそばにいるぜ」
死者と生者、2人の道は完全に分かたれた、もう会う事も無いだろう。
しかしシースの胸にはサダミツの教えが息づき、腰には魂を受け継いだ名刀がある。
去りゆく者から残された者へ、次の世代へのバトンが繋がれている限り、死が全ての消失で無い事は証明され続けるだろう。
「おっと! そうだったな・・・これからも頼むぞ、相棒」
「おぅ!」
師弟は固く握手を交わすと、互いに背を向けて歩き出した。
常に側に存在する2人に別れの言葉は必要ない。
二度と言葉を交わせずとも、それが何の障害になるというのか。
「僕達も、帰りましょうか」
全てを見届けたジェイクとメリッサもシースの後を追い帰ろうとすると、川の中から視線を感じて足を止めた。
「お魚さん、バイバイ」
メリッサは笑顔で手を振る。
別れの悲壮感をまるで感じさせないその仕草に、カトリーヌは吐き出しそうになった女々しい言葉を寸前で飲み込んだ。
「おぅ、バイバイだなメリッサ、また遊んでくれよ!」
「うん、約束!」
その言葉はカトリーヌにとって何よりも切望していたものだった。
夢の時間が一瞬で過ぎ去ってしまうが、約束が残ればまた夢見る機会が訪れるだろう。
「約束・・・オッケー! 約束な!」
その時を待ちわびながら、カトリーヌは何度も川面を飛び跳ねるのだった。
3人の後姿が見えなくなるまで。
「ひとつ解った事がある」
倒木の橋を越え、思念公園の入り口へ向かう最中、それまで黙々と進んでいたシースが突如口を開いた。
「ジェイクが子供に戻らなかった理由だ」
それは言われたジェイク本人にとっても今更な話であるが、今まで放置されていた疑問であるだけに、ジェイクは彼なりの答えをすでに見つけていた。
「あぁ、あれですか? やはり僕には神の加護がありましたね」
「いや、違う、あたしには解る」
バッサリと否定されジェイクは言葉に詰まる。
入口で話された内容、ザダより送られたカトリーヌ、そしてジョンドゥを退けた川底の洞窟。
様々な要因が彼の言葉を裏付ける中、シースの見解は異なるようだ。
「ジェイクは今が一番楽しいんだ。だから子供に戻る必要も無い・・・だろ?」
「そう・・・ですね、僕は今が一番楽しいです」
ジェイクはその言葉を素直に受け止めた。
彼の人生は平坦な者では無かったが、今は信仰する神や同僚、街の人間、そして旅で出会った仲間に恵まれ満ち足りた生活を送っていると気付かされたのだ。
「でも何故今その話を?」
「何故って、あたしも今、人生で最高に楽しいからな!」
自信満々にシースは答えた。
そう、彼女もまさに人生を謳歌している最中なのだ。
「あたしの人生はサダミツと一緒にいた頃が最高だと思っていた、あそこが人生の絶頂で、そこにはもう戻れないとな・・・でも違うんだ、あたしは今もサダミツといる、だったら今も最高じゃないか?」
そう告げると、シースは子供のように無邪気に笑った。
全ての肩の荷が下りて、彼女が纏っていた鎧は砕けた。
これが本当にシースなのだと、ジェイクは直観した。
そしてもはや駒鳥の心臓は彼女の手中にある、旅の目的は達成されたも同然だった。




