我等はジョンドゥ
「何を言っている?」
突然の問いかけにサダミツは質問で返した。
しかし焦りや狼狽の色は見えず、しらばっくれているのか、それとも本当に解らないのか、すぐに判断はできなかった。
「あんたは間違いなくあたしの知るサダミツだ、しかしあたしの知らないサダミツでもある、あたしの記憶の産物が、そんな物を生むはずがない」
ジェイクがカトリーヌと出会った際に生じた違和感と同じものをシースは感じているようだ。
神の力は際限なく広がる無限の力に思えるが、神に仕える彼等はそうでない事を知っている。
神は自らの役割と秩序に則ってのみ力を行使する、そこに例外はあれど、想定外は存在しない。
「言ったろ、俺はこの場所で、お前に預けた半身さ」
シースの止まらない追及に、サダミツは出会った時と同じ言葉を繰り返すが、シースは納得のいかない様子で首を横に振る。
「母の神秘は特別だ、この世の理を容易に捻じ曲げもするが・・・死人だけはどうしようもない、本当に・・・それだけは・・・」
シースは知っている。
人は死から逃れられない。
それは唯一にして絶対の真理。
病の神と崇められるマメールですら、そこに干渉することは許されないのだ。
「サダミツはあの日、この公園で己の夢を託した・・・あたしはそれを受け取った、一本の刀と一緒にな」
シースは質問をする一方で、自分なりに答えを導き出していた。
眼の前で、かつて憧れた男の皮を被る不届き者の正体を。
「え? 何? どういう事、サダミツさんはサダミツさんじゃないの?」
「今は僕の後ろに・・・どうもまずい雰囲気です」
ジェイクは徐々に緊迫してゆく空気の中で、メリッサを気遣いながらゆっくりと距離を取った。
自分が神秘術でシースを援護できるギリギリの距離まで。
「物には時折持ち主の強い思念が乗り移り、意思を持つ事があるなんて話を母から聞いた覚えがある・・・この落ち椿もサダミツの強い願いが込められているはずだ」
「・・・だとしたら?」
「あんたもそのクチだろ?」
そうしてシースはそれまで纏っていた警戒を急に解き、にこやかに一歩踏みよる。
まるで親しい友人と久しぶりに出会ったかのように。
もしくは、枷を解かれた捕らわれ人のように。
「ただし、出来損ないのな」
そして、抜刀した。
「ちぃ!」
サダミツはそれを防ごうと刀に手を伸ばすが、彼の指が柄を握るよりも早く、その指は肘ごと切断され宙を舞う。
断面は白い蝋のような肉が詰まり、血は一滴も流れ出す気配はない。
道中相手にした(癌)と全く同じだった。
「やれやれ・・・当たらずとも遠からず、と言った所か」
片腕が切断されたにも関わらず、サダミツは落ち着き払った様子で呟き、息を吐く。
それには少しばかりの反省と、溢れんばかりの期待をはらんでいた。
「黙れ紛い物、もうその口で喋るな」
氷のような眼光でサダミツを見据えながら、シースは更にもう一太刀斬り付ける。
真一文字に切り裂かれた顎は2つに別れ、下半分が音を立てて地面に転がった。
「シース、お前は恐れを知らない、お前が恐れたのはサダミツの死だけ、だからどうしてもこの姿を取らざるを得なかったんだ、んだ、んだ」
しかし、落ちた土の上でも顎はカタカタと動き続け、言葉を紡ぐことを止めようとしない。
これには流石のシースも愕然とした表情で追撃の手を止めた。
「あんた、何モンだ?」
シースの額から一滴の汗が流れる。
彼女はようやく目の前の何かが、今まで相対した事の無い、完全なる未知の敵であると理解したのだ。
「我が名は、いや、我等はジョンドゥ、この思念公園に掃きだめに捨てられ、互いを食い合い溶けあった記憶の塊だ」
「する・・てぇと、あんたが噂のバンダースナッチか」
バンダースナッチ。
目下に広がるクレーターを巣にしていると噂される怪物。
それは自らをジョンドゥと呼称した。
ジョンドゥとは名を持たぬ者、名を知られていない者に与えられる仮初。
「そう呼ぶ者もいる、そう呼ばれた物もいる、我等はジョンドゥ、名など無意味だ」
しかしこの状況では、呼ぶべき名が見つからないというのがもっとも当てはまるだろう。
何故ならジョンドゥはすでに無数の記憶を取り込み、融合させ、個が曖昧になっている。
我等、と自らを呼ぶのもその自負の表れだろう。
「何故あたしを狙う?」
「言うなれば、そう・・・八つ当たりさ」
ジョンドゥの肉体は全身が解けるように輪郭がぼやけると、徐々に膨張を始め、口元だけは確たる意思を持ち、反逆せんと牙をむく。
「我等はこの地に打ち捨てられた悪夢、当然の末路さ・・・しかしな、恨まずにいられるか!?この呪われた出生を! 燻り猛りもするはずさ! この疎まれた宿命に! 同じ神から生まれた我等とお前、何故こうも違う? 答えてみろシースウウウウウウウ!」
内にある臓腑を吐き出すように、ジョンドゥは怨嗟に吠えた。
彼等は神の庭とも言える思念公園が生み出した人の負を体現する存在。
根底にある(神)は同一にも関わらず、睨み合うシースとは余りにも違う。
それが彼等の(嫉妬)を刺激し、荒ぶる嵐となってジョンドゥを狂わせていた。
この女が、羨ましい、妬ましい、何もかも壊してやりたい、と。
「それで・・・どうやってあたしを殺す? あたしにもう怖い物は無い、あんたも知っているはずだ」
だが、シースに敗北の目は無かった。
先ほどジョンドゥが口にしたように、彼女が人生で恐れたのはサダミツの死のみ。
過去の記憶を武器にして戦うジョンドゥにとって、それは最初から積んでいる勝負に向かうような物だ。
「それ所か、知り尽くしている、だからこそこの時を待っていたのだ・・・」
すでにジョンドゥの体は斬られた腕が元通りに生え、3人を軽々と見下ろすほどの大きさまで膨張している。
そう、この怪物は千載一遇の好機のため、雌伏の時を過ごしていたのだ。
シースに恐怖が無いのであれば、他の誰かの恐怖になれば良い。
至極簡単な答えだ。
「お前が、独りでなくなる、時ををおおおお!」
ジョンドゥの体に亀裂が走り、その裂け目から毛むくじゃらの肉体が覗くと、まるでひな鳥が殻から出るように表皮を破り、その全貌をあらわにした。
「あ、あれは・・・」
その姿を見た瞬間、ジェイクの脳裏に忌まわしい過去が蘇る。
彼が向かった最初の旅、無人の島で出会った暴君、赤青黄色の派手な顔。
グルグルの姿にジョンドゥは姿を変えていた。
「ふぅ、ふぅ、ふしゅるるるる・・・さぁ、ここからが本番だ、存分に思い出せ、捨て去った記憶を、今から往くぞ、我等はジョンドゥ、過去からすぐ捕まえてみせるぞ、現在のお前達」
ジョンドゥは唸り声を上げ、3人を威嚇した。
それは紛れも無くあの日出会ったグルグルであり、ジェイクとメリッサは胃に鉛を突っ込まれたかのような恐怖に襲われる。
「我等は石ころの下に潜むダンゴムシさ、あは、あは、あはは、隠しても、すぐそこにいる、見えなくても、そこかしこにいる、目を背けても無駄さぁ」
ジェイクは不敵に笑うジョンドゥを黙らせようと(門)から海水を浴びせる。
標的に動く様子は無い、防御をしても意味は無い。
ジョンドゥはその動きを封じられる、そうジェイクは考えていた。
「利かないな、知ってるはずだろ? もっと良く思い出せ」
しかし、海水は毛に触れることなく弾かれ、空中で霧散した。
そこジェイクはようやく思い知る事になる、目の前のジョンドゥは記憶の中にいるグルグルと全く同じである事を。
それは即ち、ジェイクの神秘術が通用しないという事である。
「まずい、そこまで一緒なのか・・・」
「そこまで? 違うな、何処までも一緒さ、それでいて悪夢のように巨大なんだ、それがジョンドゥさ」
ジョンドゥは勝ち誇った笑みを浮かべる。
ようやく手にしたシースを破る武器、その力に酔っているようだ。
「なんだこの猿は?」
シースがジェイクに尋ねる。
彼女にとって現在の思念公園はもはや見知った存在では無くなっている。
今は少しでも情報が欲しいのが本音であった。
「今のジョンドゥはグルグル・・・僕達が以前無人島で会った、神を飲み込んだ猿になっています」
「ほぅ、神喰らいとは大きく出たな・・・うぉっと!」
シースは振り下ろされた拳を間一髪の所で回避する。
かくして戦いの幕は上がった。
「お喋りはもう終わりだぞシース・・・それに今日は記念日だ、お前が恐怖に怯える日だ」
「それにしてはケーキもチキンも無いぞ、本当に記念する気があるのか?」
シースはすぐさま体制を立て直し、ジョンドゥの脇をすり抜けクレーターの中心へと向かう。
それは敵の出方を伺うと共に、自らをおとりにして、ジェイクとメリッサからジョンドゥを引き剥がすための動きでもある。
「するとも、お前の骨を一本一本丁寧に引っこ抜いて、ロウソクみたいにお前の体に突き立ててやる」
「本当か? 今のは少し怖かったぞ、料理の途中で砂糖と塩を間違えたくらいな」
更に挑発を続けるシース。
彼女はジョンドゥが伸ばす拳や爪を最小限の動作で反らしながら猛攻を凌いでいた。
斬り込んだ所で致命傷は無い、彼女にできる事はひたすらに機を待つ事だった。
2人から十分離れた所までジョンドゥを誘導し、そこでどちらかが倒れるまで死合う。
それがシース流の問題解決の方法である。
「はぁ・・・はぁ・・・まずい、このままだと足手まといだ」
ジェイクは走り、メリッサを茂みまで引っ張りこみそこへ座らせる。
「ここでじっとしてください、僕とシースさんが何とかします」
彼は渦巻くような不安と焦りを抑え込み平静を装うと、メリッサも静かに頷いてそれに答えた。
「まだグルグルには賛歌の神秘術を浴びせたことは無い、それなら・・・」
ジェイクはすぐさま踵を返して袖をまくる。
シースがいかに剣の達人であるとは言え、グルグルは3人がかりでようやく仕留めた強敵だ、1人で戦わせることはできない。
「臆病風に吹かれたか? 逃げてばかりではジョンドゥを殺せないぞ」
「斬られて大人しく死んでくれるならそうするが・・・あんたを倒すのは時間がかかりそうだ、また今度にするよ」
その言葉に、ジョンドゥは何かを思いついたように立ち止まり、頬を釣り上げて笑う。
「はははっ! そうか、これでもか?」
ジョンドゥは上半身を起こし、胸元を強調するかのようにシースへ見せつけると、心臓の当たりを人差し指でつつく。
「ここで脈打っているのは、お前が欲しがっている駒鳥の心臓だ、ジョンドゥを殺さない限り、儀式は永久に始まらないぞ? いいのか?」
勝ち誇ったような笑みを浮かべるジョンドゥの言葉を聞き終わるかという所で、シースは地面を蹴り、跳んだ。
瞬きほどの、まさに一瞬としかいいようの無い時間でシースは距離を詰め、ジョンドゥの両腕を切断すると、その胸板に刀を突きたてた。
「親切な奴だな、わざわざ教えてくれるなんて」
「う、うおおお、お前、シース、お前!」
驚き、そして怒りに声を上げるジョンドゥだが、シースはまるで意に介さない。
駒鳥の心臓を傷つけぬよう刀がまるで医者のメスのように動き、肉を切り裂く。
「動くなよ、心臓を傷つけたくない」
彼女は正確な刀捌きでジョンドゥから心臓を摘出しようとしていた。
それは迅速かつ適切であり、すぐにでも手術は完了しようとしていたが、目の前の怪物はそれを許すほど甘くは無かった。
「まずい、シースさん離れて!」
深く息を吸い込んで肥大したジョンドゥの胸部を見てジェイクは叫ぶ。
「うおおおおおおおえええええええ」
ジョンドゥは口から不潔な泥を瀑布のように吐き出した。
それは見る見る内にクレーターに貯まり、小さな池を形成してゆく。
「なんて躊躇の無い奴、恐ろしい奴、そして話を聞かない奴だ」
ひとしきり泥を吐いた後、ジョンドゥは毒づく。
シースを引き込むための罠とは言え、その食いつきの速さは想定外であったようだ。
「聞いたさ、聞いたから心臓を貰おうとしたんだ、そっちこそ動くなと言ったのに動いたな?」
シースは泥沼の縁に立ち、敵意と殺意の眼光を涼しい顔で受け流していた。
「すまんジェイク、助かった」
「いえ・・・しかし困りましたね、この泥は」
クレーターの中心に貯まる泥沼は、一歩踏み込めば足を取られ、はまってしまう事は容易に想像できる。
こうも足場が悪くてはまともに動くこともできない、2人にとってこの泥は悩みの種だった。
「あぁ、これでは戦えん」
シースは忌々し気に答える。
ただジョンドゥに手出しができなくなっただけではない、追う側と追われる側、その立場が逆転した事が余計に彼女を苛立たせていた。
だが同時に、彼女はこの状況を楽しんでもいた。
彼女にとって全力を出せる相手はこの2年の人生において貴重な存在である。
気兼ねなく刀を振るい、迷いなく殺し、誰かを救う。
だからこそ、彼女は好敵手の前で笑うのだ。
自分の宿命のために。
ここを更新した後に34章が抜けている事に気が付きました、あいつら誰だよ!? って話ですよね。
本当にごめんなさい。




