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波濤揺蕩う神殺し  作者: 韋駄天
病の神のパレード編
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回帰する記憶

先頭のシースが枝葉を切り開いて進んだ先には、透き通った清流が存在した。


あらゆる物が無秩序に転がっているこの空間において、場違いなほど美しい川であったが、かなりの川幅があり、飛び越える事はできそうもない。


「見て、橋があります!」


メリッサが指す先には古びた木造の橋が掛かっている。


3人は急いで掛けよると、その状態を確かめた。


「見た目は少し古いが、これなら何とか・・・」


シースのその言葉に、ジェイクは違和感を覚えた。


本当にそうか? この橋は何かがおかしい、それを知っているはずだ。


「止めといた方が良いよ」


突如聞こえた第三者の声に、3人は周囲を見回すが、それらしき姿は見えない。


「誰だ?」


「この橋、渡るべからず・・・聞いたことあるよね?」


その声の主は3人の足元、流水の中から顔を出してこちらを見上げていた。


藍色に染められた絹のようなヒレを持つ魚、それが3人に向かって呼びかけているのだ。


「わぁ~お魚さんだ!」


「うぁっ! ちょ、ちょっと~まだオイラが話してるでしょ、メリッサ!」


魚はさらに何か話そうとしたが、メリッサに抱きかかえられて話を中断された。


かと言って抵抗するわけでもなく、魚はメリッサの腕の中でぬいぐるみのようにおとなしくなり、されるがままになっている。


「ここでは魚も喋るんですか?」


ジェイクは1人と1尾が戯れる様子を横目で見ながら質問した。


魚の造形の何処にも発声器官があるようには見えない。


「喋るぞ、花も虫も喋るし、前はあたしの履いてるブーツが喋ったこともあった」


シースは事も無さげに答える。


ここでは人間以外が口を利く程度など、日常茶飯事なのだろう。


「ふぅ~しかし、まさかこの橋とまた出会うとは・・・」


ジェイクは魚の言葉で過去の忌まわしい記憶が蘇っていた。


もう2度と見る事は無いと思っていた物だ。


「何の橋なんだ? これは」


「これは芸術の街アンチェインの神が秘宝を隠すために設けた試練の1つです」


あの時は暗い洞窟内であったが、明るく開けた場所で見ると印象がかなり違った。


たしかに古びてニスは剥げている物の、上質な木材に細かい意匠が施された立派な橋だった。


しかし、気付かずに渡ってしまったらと思うと、ジェイクの背筋に冷たい物が走る。


「ほぅ・・・あんた等の記憶の断片か、心当たりが無いはずだ・・・しかし老朽化は進んでいてもまだ渡れそうな気もするぞ」


「駄目です、一歩踏み込んだら落ちてしまいます」


ジェイクはキッパリと告げ、シースの意見を否定した。


「何処に? 水の中にか?」


橋の危険性を理解していないシースは首を傾げるが、ジェイクは重ねて否定する。


「ここでは無い何処かとしか言えません・・・落ちれば解るかもしれませんが、その勇気は無いですね」


そこでようやくシースもこの橋の事を理解したらしく、やがて関心したように橋の観察を始めた。


「あんた等、ただのお人よしかと思ったら、随分危ない橋を渡ってきたみたいだな」


「それはどうも・・・しかしこの橋だけは渡る訳にはいきません」


ジェイクは橋の支柱を軽く叩きながら話す。


見た目は何の変哲も無いただの橋だが、餓えた猛獣の口腔よりも危険な空間がそこには鎮座しているのだ。


「前はどうしたんだ?」


「橋を避けて、崖から飛び降りて向こう側に上りました」


その言葉にシースは橋へと再び視線を戻すが、橋の両脇にはただただ川が流れるのみ。


「今回は水の中・・・か、そこの魚、この川は安全か?」


今度は魚へと視線を移すシースであったが、そこには仰向けになってメリッサにされるがままの魚がいた。


「あぁ、もっと! もっと優しくなでなでして・・・」


「こう?」


メリッサは言われた通りに魚の腹を優しく撫でる、まるで仲の良いペットの相手でもしているかのようだった。


「そう! いい、すごくいい・・・ああ天国」


魚は完全にまな板の上の鯉となり、愉悦の声を上げながら悶えている。


「本当に天国に送られたいか、魚?」


無視されたシースは怒気をはらんだ言葉で魚を威圧し、刀に手を掛けた。


そして一歩踏み出すごとに、周りの気温が急激に下がってゆく感覚をジェイクは覚える。


「ひぃ! ごめんなさい・・・この川は深くて色んな物が沈んでる、危ない奴はいないけど、泳がないと渡れないぜ」


慌てて跳ね起きた魚はすぐさま川の中に逃げ込み、顔だけ水面から出して返答した。


「泳いで・・・か」


解っていたこととはいえ、シースは気落ちした様子で川べりに立つ。


しばらく、無理やり通る不利益と回り道を探す時間の浪費を天秤にかけるが、シースは水面に視線を投げかけるばかりで答えが出せずにいる。


「僕は平気ですけど、2人はそうもいきませんね」


「なら、橋を渡るしかないな」


何かを決心したように声を上げるとシースは3人に背を向け歩き始める。


「ですから橋は・・・」


「大丈夫だ、その橋は使わない、新しい橋を作る」


止めようとするジェイクをよそにシースはそのまま橋を通り過ぎ、周りの木々を品定めするように歩くと、やがて一本の樹木の前で立ち止まった。


「こいつで良いか・・・しっ! だぁ!」


居合い抜きで一太刀、さらに踏み込んでもう一太刀斬り付けると、樹は一瞬の静寂の後に地を震わすような音を立てて倒れた。


「おお~」


思わず口から感嘆の声が漏れるジェイクとメリッサ。


シースが刀を扱える事は理解していたものの、ここまでの達人であるとは予想外であったようだ。


「これで橋の代わりにはなるな」


少しばかり照れくさそうな顔で納刀するシース。


その所作も含め、彼女の一連の動きはどこか舞踏のような凛とした美しさがあった。


「では、僕は念のため樹が動かないように押さえてますね」


「すまん、助かる」


ジェイクは川に飛び込むと、水中から横倒しの樹を下流から支える。


それを確認したメリッサとシースは慎重に樹の具合をたしかめると、ゆっくりと足をのせて歩き始める。


「平均台みたいね、おっとと・・・」


「ははは・・・ただの遊具でも、何時何処で役に立つか解らないモンだなぁ」


2人が両手を広げ樹上でバランスを取りながら進む姿を見舞下りながら、ジェイクはふと水中の様子を覗き見る。


川は流れが早く濁りもあったが、ザダの加護を持つジェイクの眼には正確に底の砂粒まで確認できるほど良く見えた。


川底に沈んでいる船、巨大な石造、謎の生物の骨、有象無象が散らばるその光景にしばし見とれていたが、彼はその中で見覚えのある何かを発見する。


「ジェイクさん、どうしたの?」


さらに確認しようと川に頭を突っ込んだ所で、ジェイクは頭上からの声に川から頭を上げた。


彼を見下ろしているメリッサは好奇心に満ちた瞳で、何か楽しい事を見つけたのか、ならば自分も加わりたい、そう訴えかけていた。


「いえ、何でもありません・・・どうも有難うございました、魚さん」


ジェイクは慌てて川から上がると、謎の魚に礼をした。


「ん~さっきから魚、魚って言うけど、オイラにはカトリーヌっていう名前があるんだい、失礼しちゃうぜ」


「あぁ、これはご無礼しましたカトリーヌ・・・良い名前ですね、所で貴方は何者ですか? 僕達は名乗っていないはずです」


ご機嫌斜めな魚に対してジェイクは冷たく言い放つ。


自分達と魚は間違いなく初対面であり、お互いの素性はおろか名前すら知らないはず、それがジェイクの見解だった。


「はぁ? 何でって当たり前だろ? オイラの事忘れたのかよジェイク!? 毎朝水槽の前であいさつしてくれる仲だってのに、お前がそんなに冷たい奴だとは知らなかったよ!」


その言葉に、ジェイクの思考が一瞬止まる。


導き出された答えが、余りにも信じがたいものであったが故に。


「え・・・あの、メリッサが名付けたカトリーヌ? 組合の支店にいるあの?」


ジェイクの記憶の中にいるカトリーヌは物言わぬ魚で、たしかに人懐っこいが水槽のガラスの向こうでゆらゆらと動いていたり、ゆったりと水草や流木の陰で休んでいる事の多い、どちらかと言えば大人しいイメージの観賞魚だった。


「そうだよ、やっと思い出したか?」


それはこんなにもお喋りでお調子者とは思っていなかったようだ。


人、ではなく魚も見た目で判断してはならないという事を思い知りながら、ジェイクはマメール神と思念公園の特異性に頭が混乱しそうになる。


ペットの魚が登場して話しかけられ、しかも自分達の冒険を知っている。


それを何処まで信じてよい物か、計りかねていた。


「思い出したも何も・・・何故カトリーヌがここに? というか貴方オスだったんですね」


「うん? 何でオイラがオスでおかしいのか解らないけど・・・これはな、オイラの夢なのよ」


「夢?」


ジェイクは不可解な単語に思わず聞き返す。


「そう、神様がくれたチャンスなんだ、一度限りのな・・・オイラ、メリッサと一緒に外で遊んでお喋りがしたかったんだ、ず~っとそれを考えてたら、ついに神様が会いに来て、夢の中なら願いを叶えてくれるってさ!」


「神様が・・・」


その言葉でジェイクの脳は再び活性化する。


仮にこのカトリーヌが思念公園に生み出された物であるなら、こんな奇妙な事を話すわけがない。


この思念公園で起こる事は全て過去の記憶、知っている相手であれば、話に繋がりがあるはずなのだ。


「そうそう、願いが叶うなら夢の中だって何だって大歓迎さ、それで気がついたらここにいたって訳」


「ちなみに、その神様はどのような?」


ジェイクは急かすように尋ねた。


こんな事をする神は思念公園を管理するマメールを除けば、教団が奉る神、ザダ以外は存在しない。


「あ~と、えぇっと・・・青白い光の奥から声が聞こえたけど、光が強すぎて良く見えなかったな」


「そうですか・・・貴重なお話をどうもありがとうございます」


青白い光。


そのキーワードだけでジェイクの予想は確信に変わった。


自分の行く末には神の守護がある、その使者としてカトリーヌは送り込まれたのだと。


「頼んだぜ、ジェイク」


「はい?」


激しい歓喜と緊張で全身を震わせているジェイクの興奮は、カトリーヌの嘆願の言葉によって遮られた。


「オイラの代わりにメリッサを守ってやってくれよ、この場所はどうも嫌な感じがする」


心細そうな声で、カトリーヌはジェイクにメリッサの護衛を依頼する。


そう、神はカトリーヌをただの使者として送り届けたわけではない、この魚もまた、助けを求める信者の1尾なのだ。


「・・・はい、任せてください」


今度は自分が神の先兵となり、迷える者に手を差し伸べる時だと、ジェイクは奮起した。


「そこにいるのは誰だ!」


突如シースが林の中へと叫び、警戒態勢に入った。


ジェイクは旅がまだ半ばであることを思い出し、目線だけで別れを告げると、カトリーヌもそれに応じるように水中へと姿を消した。


「何かいたの、シースさん?」


メリッサの声に怯えは無いが、落ち着かない様子で辺りを注意深く見回っている。


「いた、間違いない・・・しかし逃がしてしまったな」


「また誰かの記憶ですか?」


合流したジェイクに対して、シースは静かに頷き肯定する。


「あぁ、そうだろうな・・・見覚えがある奴だった」


深い悲壮と僅かばかりの喜びが入り混じるシースの表情を見て、この旅に更なる暗雲がたちこめる気配をジェイクは感じた。


「あたしの記憶だ、あたしの過去の思い出・・・サダミツの姿をしていた」


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