救う者 救われる者
森の中は平和そのもので何一つ危険な気配は無かった、いくら石畳の道に沿って進んでも徐々に大きくなるのは幼い子供たちがはしゃぐ声と駆け回る音だけだ。
やがて3人が開けた広場に辿り着くと、そこでは性別や年齢、貧富の差を問わず、多種多様な子供達の遊び場だった。
「ん? 誰か来た!」
「見たこと無いぞ、新入りか?」
あちらこちらから好機の眼を向けられる事態にジェイクは若干のむずかゆさを感じたが、怯むことは無い、相手は子供だと自分に言い聞かせてにこやかな笑みを浮かべた。
「こんにちは」
その控えめな挨拶に対して患者達は口々に挨拶を返してくるので、彼は本当に小学校の校庭に迷い込んだような錯覚に陥った。
「おーおー皆元気がいいなぁ」
「あっ! シースだ」
そしてシースが登場すると、子供たちは遊びを中断してエサを求める小魚のように群がる。
「剣の振り方教えてよ~」
「違うぞ、サムライの剣は刀って言うんだぞ」
子供たちは無秩序に自分の都合とタイミングでシースへと話しかける。
普通であればまとも聞き取れるはずもないが、彼女はその全てに朗らかな笑顔で頷いていた。
「すまんなぁ、あたしもお前等と遊びたいのは山々だが、これから仕事なんだ・・・終わったなら、いくらでも付き合うぞ」
「本当?」
「勿論だ、約束する・・・皆良い子にして待ってるんだぞ」
手を振りながら別れを告げるシースは公園の奥を目指すが、子供たちは許可されているギリギリの所まで3人を見送った。
その行動に打算は無い、彼らは純粋にシースを慕い、心からその身を案じている、だからこそ、シースは人間が好きだった。
「人気者ですね」
「よしてくれ、あたしが何かしたわけじゃない、子供は何でも興味を持って好きになる天才なんだ」
シースは患者達をまるで我が子のように誇る。
そしてその語りは、ジェイクの胸に冷たい隙間風を吹かせた。
「少し・・・羨ましいです」
「そうか?」
シースは何でもない事のように答える。
実際、その通りなのだろう。
子供が子供らしく育つ環境があれば、目に映る新しい物は全て興味の対象となりえる。
「僕に・・・そんな機会はありませんでした」
しかし、ジェイクは違う。
両親を失い、彼は教団の経営する救貧院の援助を受けながら生きてきた。
教団の関係者は彼を快く迎え入れ、彼もまたそれに答えようと努力し続けた。
その結果、教団が彼の居場所になるのはさほど時間は掛からなかった、そこには確かな充足感があり、後悔は微塵も無い。
しかし、選択の権利という点において、彼は持たざる者であった。
「そうか、辛かったなジェイク・・・でも今なら取り返しがつくぞ、重要な事は好きになる事よりも、好きであり続ける事だ・・・幼い頃好きだったものを、成人してからも好きでいる人間がどれだけいる?」
「・・・」
慰めるように、諭すように、その悲しみに寄り添うようにシースは話し続け、その言葉は砂浜に打ち寄せる波のように、ジェイクの心に染みこんでゆく。
「人は大人になるにつれて、感動は薄れ、思い出も色あせてゆく・・・その中でいったいどれだけの奴が子供のままでいられると思う?あたしに言わせればあんたは恵まれてるよ」
「そうなんですか?」
恵まれている、と言われてもジェイクに思い当たる節は無いが、幸福の形とは、得てして本人からは見えにくい物だとシースは知っている。
「そうとも、公園に入っただけであんなに楽しそうな顔でにやけた大人は初めてだ」
「に、にやけた訳じゃないですよ」
ジェイクは否定するが、その時の彼はお気に入りの玩具を手にした子供よりも目を輝かせていた事をシースは目撃していた。
「まさか、どんな子供よりも楽しそうだったぞ」
「そ、それより・・・メリッサさんはどうします? 子供の姿で奥に入るのは危険では?」
慌てて話を逸らすジェイクであったが、その疑問はシースも感じていたことだった。
何が起こるか解らない以上、子供の姿をしているメリッサを連れていくのは非常にリスクの高い行動だ。
別行動も視野に入れるべきだと考えるのは自然である。
「ふむ・・・メリッサ、あんたはどうしたい?」
「置いてきぼりは嫌、ワタクシだって冒険者だもの!」
メリッサは1人置き去りにされる事を断固拒否する。
好奇心旺盛で怖いもの知らずな所はどうやら幼い頃から変わっていないらしい。
「命に関わる事になっても?」
「命がけなんていつもの事よ!」
半ば脅すような質問も、メリッサは勇ましくはねのけた。
命が惜しくない訳ではない、ただ自分とジェイク、そして新たな仲間であるシースを信頼しているからこそ、彼女は恐れないのだ。
もっとも、その本人は非力な子供になっているのだが。
「ふっはっは・・・気に入ったよメリッサ、あたしが全力であんたを守る、絶対にな」
シースはそんなメリッサにほれ込んだらしく、両手を叩いて歓迎の意を示した。
「仕方ありませんね・・・」
多数決をとれば少数派に回った事を悟ったジェイクも、ここで折れたらしくメリッサの同行を認めた。
入口を除けば最も安全な場所はジェイク達の隣にいること。
後から黙って追跡されるよりは、何倍もマシと言えるだろう。
「では約束してください、絶対に1人で行動しない、僕達の言う事を聞く事・・・できますね?」
「おいおいジェイク、女の子捕まえてそれは無いだろ・・・もっとスマートにエスコートするんだ、絵本に出てくる王子様みたいにな」
メリッサの身を案じて様々な事を言いつけるジェイクに、シースが横から口を挟む。
彼女は病院の図書館にて、数多の試練を乗り越えお姫様を射止める王子様の本を無数に読破してきた。
そして物語が佳境を迎えた舞踏会で必ずこう誘うのだ。
僕と踊ってくれませんか? と。
「王子様? 素敵!」
メリッサもそれに乗っかる形で盛り上がるが、ジェイク本人は(白馬の王子様)の出る本などまともに読んだ事は無い。
相手がお姫様であろうが何であろうが、彼にとって救いを差し伸べるのは常に神である。
「勘弁してください・・・」
期待の目で自分を見つめるメリッサに対してジェイクは絞り出すような声で見逃してほしいと求めるが、許しを与えるのもまた神の仕事なのだ。
そんな訳で彼はしばらくの間、メリッサ姫との王子様ごっこに付き合わされることになるのであった。