三人寄れば
「このただの玉ころがねぇ・・・本当かよ、ジェイクの奴一杯食わされたんじゃねぇのか?」
神殿内部のとある一室にて、ドツバとエグペルが正面に向き合い、机の上に転がっている龍の顎の玉を見つめていた。
「ホッホッホ! まさしく奇想天外・・・ワシも半信半疑よ、しかしなぁ~ジェイク君の証言とトライントン君の報告でな、どうやら認めざる負えないようじゃ」
「その(神)とやらも今は繭の中って話じゃねぇか・・・仮にその通りだとして、そんな簡単に作れるなら、世の中はもっと神様だらけになってるぜ」
ドツバは秘宝をつまみ上げ、天井から降り注ぐ冷光に透かして中を覗きこむが、翡翠色に染まった天井が映っているだけで、何も新しい発見は無い。
探して手に入れるまでは彼の管轄だが、そこからはドツバの専門外。
秘宝の管理と解析は幹部のトライントンが専門に行っているため、彼にはただの綺麗な石以上の事は何も解らない。
「ふぅむ、そこは今後の課題じゃな、まだ情報が不足しておる・・・おっと」
突然のノックに2人は会話を中断した。
「失礼致します、ジェイク殿とメリッサ殿をお連れしましたぁ!」
扉の向こう側からでも耳を塞ぎたくなるようなイグニスの声。
ドツバはちらりとだけエズペルを一瞥すると、彼は静かに頷いて2人を部屋に入れても良いと承諾した。
「入れ」
了承を得たイグニスが扉を開けると、その後ろからジェイクとメリッサも入室した、相も変わらずメリッサは怯えた猫のように縮こまり、ジェイクの腕にしがみついている。
「あれ、大事なお話し中でしたか? 出直した方が・・・」
教団幹部が秘宝を前に対面している様子から重要な会議の最中であると感じたジェイクは苦笑いを浮かべて退散しようとした。
「いやいや構わんよ、急に呼び立てたのはこちらの方じゃ」
すかさずエグペルはそれを呼び止め、ジェイクとその背後に隠れようとしているメリッサに対して優しく手招きしてテーブルに着くように促した。
「さて、此度の任務実にご苦労だったね・・・この秘密の解析が進めば、ザダ様と我等教団の躍進は間違いない、素晴らしい成果だよ」
ぎこちない様子で2人が椅子に腰かけたのを確認すると、エグペルは微笑みながら2人の功績を称賛する。
働きぶりは勿論、陸地に進出する事が困難な血族達にとって、彼等は非常に有難い存在だった。
だからこそ、ここまで特別扱いをされているとも言える。
「はい、ありがとうございます」
幹部の中でも最高位である教祖エグペルに褒められ、ジェイクは高揚感と共に身が引き締まる思いだった。
「そこでだ、君がヤマトで聞いたという秘宝に纏わる、心の臓と血液に纏わる話をしたい・・・ドツバ君、頼むよ」
エグペルが話を振ると、それまで黙っていたドツバも用意していた資料を何枚か机の上に並べた。
「お前の話を聞いてからそれらしい情報を漁ったらな・・・あったんだよ、キンデルにな」
「いかにもな場所ですね」
キンデル、巨大な総合病院と多種多様な薬剤店が立ち並ぶ世界でも有数の療養地であり、各国から病や怪我に苦しむ人々が治療を求めて集まる事で有名である。
そして、その頂点にはバッカニアと同じく1柱の神が存在するという。
「そこにはな、精神を病んだ人間を治療するための場所があるらしい、その名も思念公園」
「思念公園・・・」
資料の文字を指でなぞる様子をジェイクは眼で追いながらドツバの説明を反復した。
初めて聞く名前に加えて、病んだ人間を治療するための場所に公園という名称が付いている事も彼は不思議に思ったが、今は捨て置き一旦説明に集中することにした。
「そこで俺達で言う所の血族が神に近付くための儀式とやらが不定期にあってだな・・・こないだまでの俺なら馬鹿馬鹿しいと蹴り飛ばすところだが、そこで用いられるのが駒鳥の血、そして心臓だとさ」
「血と心臓、たしかに可能性はありますね」
2つのキーワードに、アコとの会話が蘇る。
信仰の力を糧に、対象を神へと変える力。
悪しき人間の手に渡れば確実に世を乱す、アコはそれを必死の思いで伝えてきた。
「そうだ、血と心臓を手に入れろ・・・とまでは言わんが、その正体と儀式の詳細を突き止めてこい、いいな?」
「解りました、目標は思念公園と・・・それから儀式についてですね、すぐに出発します」
異国の神の忠告を胸に、ジェイクはすぐさまメリッサを連れ扉から出て行くと、部屋には血族達3人が残された。
「しかし、思った以上でありますな~ドツバ殿」
最初に口を開いたのはイグニスだった。
その視線は真っすぐドツバに向けられている。
「何がだ?」
質問を投げかけられたドツバは更に質問で返す。
「ジェイク殿とメリッサ殿、もうすっかり仲良しさんでありますよ」
イグニスは2人の仲が順調に進展してる事を喜んで小躍りしていた。
彼はジェイクを入団時から面倒を見ており、歳の離れた弟のように思っている節が有る。
「知るかよ、あいつも男なんだから、自分で相手ぐらい見つけんだろ」
そんな甘やかし気味の兄がいて、この放任主義の父親がいる。
まさに教団はジェイクにとって家族であり、そこには血よりも濃い絆があった。
「しかし、人間は長く生きても80年、適齢期は成人してから35までとの話であります、この機をみすみす逃しては・・・」
イグニスは腕を組み、人間の寿命がいかに儚いか語る。
彼等血族からしてみれば、人間の一生など瞬く間に過ぎ去ってしまうのだ。
「まぁまぁ、焦る事は無いよイグニス君」
「エグペル殿・・・」
それまで聞き手に回っていたエグペルもついに話に混ざり始める。
血族の中で最長老である彼も、やはり色恋沙汰はいつになっても気になるようだ。
「我々と比べれば人間の一生はたしかに短い、でも恋に落ちるのは一瞬の時間があれば事足りるんだよ・・・ホッホッホ」
「人間は万年発情期だからな」
水を差すとはまさにこのこと。
エグペルの話に関心していたようなイグニスが、その言葉に眉をひそめる。
「これこれ、そう口汚く言うもんじゃない」
流石のエグペルもこれには苦言を呈するが、ドツバに反省した様子はなくそっぽを向いている。
「そういった面があるのも否定しない・・・でもね、人間は強く賢い、だから繁栄できたのだとワシは思うよ」
やんちゃな子供に説教をする親のように、エグペルはドツバに言い聞かせた。
悪性、善性、人間はどちらの面も持ち合わせ、その両方が発展に寄与している。
片方だけではここまで勢力を拡大する事はなかっただろう。
「ふむふむ・・・所で、メリッサ殿が教団に良い印象を持っていないのはドツバ殿が初対面で彼女を殴ったという話は真でありますか?」
「ば、馬鹿野郎! 俺はそんな事してねぇ! 首根っこ掴んで殴ろうとしたらジェイクに止められただけだ」
ドツバは酷く慌てた様子でイグニスの問いを否定した。
加えてそれを知っているのは一緒にいたジェイク、メリッサ、そしてミーモのみ。
何処から噂が立ったのかはわからないが、今この場でエグペルにまで聞かれるのは彼にとって不都合であった。
「では殴ろうとした所を未遂に終わった・・・という事でありますか?」
「そうだが、何かおかしいか?」
開き直りに近い形で、ドツバはイグニスの言葉を認めた。
エグペルはいつもの柔和な笑みを崩さぬまま事の成り行きを見守っている。
その目からは何も読み取ることができない。
「いいえ、頑固な人間には暴力が最も拙速で確実な解決法であると自分も認識しておりますが・・・それと同時に最後の手段でもあると自分は考えております」
イグニスは過去の経験から力づくで物事を推し進める事の利便性とその危険性を知っていた。
最も近い道こそが、最も良い道であるとは限らない。
無用な敵意や反発を買う恐れが有るならば、回り道もまた正道である、それが彼の考えだった。
「ドツバ殿のお考えも理解できますが、その・・・自分は人間が嫌いではありません、勿論中には不届き者がいますが、大半は罪の無い善良な市民であります、メリッサ殿も故郷の一大事にやむにやまれず密航しただけで、酌量の余地はあったかと思われます」
そしてイグニスは自分が人間を信頼している事と、メリッサに対して同情している事を吐露する。
それは日々と任務で人間の観察を続けて到達した彼なりの答えであった。
メリッサが聞いていればさぞかし喜んだことだろう。
「何を甘っちょろい事抜かしやがる、そんなもんはお前の判断する事じゃねぇ! とっとと仕事に戻れ!」
しかし、人として褒められる行動であっても、血族として、そしてドツバの部下として適しているかは別の問題である。
教団が求めるのは神が定めた絶対の摂理に従う鋼の忠誠を持ち合わせる者、それこそがザダの僕に相応しいとされている。
「ははっ! では失礼致します!」
ドツバの逆鱗に触れたことを察知したイグニスは素早く敬礼をして部屋から離脱する。
再び部屋が静寂に包まれると、ドツバは椅子に座り直し、大きくため息をついた。
「まったく、どいつもこいつも良い子ちゃんになりやがって・・・」
「そう考えるとドツバ君には大分無理をさせたね、汚い仕事もやらせた・・・すまない」
愚痴をこぼすドツバに対して、エグペルは過去の仕事の内容で頭を下げた。
ドツバが幹部の席にいる理由、それは誰よりも任務に対して忠実であり続けたからだ。
彼はあらゆる手で神の敵を打ち滅ぼし、教団が欲する者を手に入れてきた。
今は見る影も無いが、それはあまりにも苛烈な過去を持つがゆえ・・・なのかもしれない。
「気にしなさんな、俺は昔からこうだし、今後も変えるつもりはない、これが性に合ってるんだよ・・・あいつらに任せてたら、教団がただの仲良しグループになっちまう、そうさせない為に俺達がいる・・・そうだろ?」
「そうとも、全ては母なる神の為に・・・我々は歩みを止めるわけにはいかない」
後進の成長を確認しながらも、上に立つ者として2人は意思を確認し合った。
彼等は神の従僕として道を示す役目があるのだ。
「でもね、たまには君も部下を労ったり、褒めてあげてほしいなぁ」
「はぁ?」
予想外の提案に、ドツバは口をポカンと開けて固まった。
「駄目かい?」
「・・・手柄を立てたらな」
しつこく聞いてくるエグペルに、ドツバはしぶしぶと言った形で了承する。
彼としても本当は部下に対して褒美をやりたい時もあるが、求める幹部としての厳格な人物像がそれを許さなかった。
「ホッホッホ、解ってくれて嬉しいよ」
しかし、エグペルの陽気な笑い声に、たまには(逆鱗のドツバ)を休んでも良いかなと思うドツバであった。




