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波濤揺蕩う神殺し  作者: 韋駄天
八百比丘尼編
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神聖回遊要塞カノープス

白の社を出た2人はヤマトの海上にて船に揺られ、麗らかな潮風に吹かれていた。


「ご覧になってくださいジェイクさん、この帽子似合いますか?」


メリッサは日差し避けにと比丘尼から渡されたつばの広い麦わら帽子を被っていた。


いたくお気に入りらしく頭に乗せたままジェイクの目の前でくるりと1回転してみせる、蒸し暑いこの土地には軽くて通気性のよいうってつけの装いだ。


「良くお似合いですが、風に飛ばされないように気を付けてください・・・海は気まぐれですから」


「はーい」


仮に意地の悪い風が帽子を奪い去ったとしても、ここは海の上、ジェイク達ザダの教団の領域だ。


彼が取り行く事は造作も無いが、ワカサの民がいるこの船で神秘術を見せる事はトラブルを呼び寄せる元になり、できるだけ避けたい所ではある。


「メリッサはん、わらしみたいにはしゃいではるなぁ」


「すみません、僕達護衛の仕事中なのに・・・」


「かまへんかまへん、むしろお下がりであないに喜んでくれはると、ウチも嬉しおす」


「展覧会、自信のほどはどうですか?」


「う~ん、ほんまは有るって言いたい所やけど・・・どないな世界でも天辺取るのは難しおす」


必ず1位を取れる、そうジェイクは励まそうとしたが、比丘尼は自分より遥かに長くを生き、そして多くを知っている。


その悟ったような口調に、彼は声援の言葉が喉に引っかかったまま、ついに飲み込んでしまった。


全てを上向きに肯定する事が、この人物の慰めになるとは限らない。


「せやけど、この日のためにウチの全身全霊を糸に込めた、もう悔い無しや」


比丘尼は澄み切った顔で流れゆく雲を見上げる。


その言葉に偽りがない事は誰の目にも明らかだ。


「悔いなし、羨ましい言葉ですわ! ワタクシもそんな風に毎日過ごせたら・・・」


その横顔に憧れの視線を送るメリッサ。


たしかに、悔いの無い人生を遅れたらどれほど幸福だろう?


どれほどの成功をおさめた人物でも、未練の無い最後を迎える事は少ない、悔いの無いように生きるとは、ある意味人間の命題の1つとも言える。


「メリッサはんはまだ若い、なんぼでもやり直せる、悔しい思うのは気張りはった証拠、その気持ちが次の火種になる・・・悔い無しになるのは諦めたお人、枯れた老いぼれだけどす」


比丘尼は首を横に振り、自分に羨望の眼差しを向けるメリッサを諭した。


悔いの無い人生の迎えるにはメリッサはあまりにも若すぎる、と。


「枯れたなんて・・・比丘尼様には似合いませんよ、そんなにもお美しいのに」


「女っちゅう花はな、1度咲いたら後は散るだけの下り坂やさかい・・・メリッサはん、あんさんはまだ蕾や、うんと力を溜めて大きゅう花に成りなはれ、早咲きはあかんよ、早う散ってまうよ」


メリッサの言葉に目を伏せた比丘尼は女の一生を花に例えて語る。


早咲きの花はたしかに春の到来を予感させ、人々の注目を集めるが、その分長くは持たない。


女として大輪を咲かせるには蕾の時から力を蓄えなければならない、そして機を見て開花するのだ、焦ってはいけない。


「大きな花・・・いえ、ワタクシ世界一の蕾を目指しますわ!」


「その意気、その意気、メリッサはんなら天下一の別嬪になりはるよ、ウチが保証する・・・な? ジェイクはん」


比丘尼がジェイクに再び視線を戻した時には、もう彼の興味は海原へと移っていた。


これはいけない、女性の話を聞き流す男は、時に大変な顰蹙を買う。


「・・・え? あぁ、すみません良く聞いてなくて・・・」


その言葉にピクリと反応した比丘尼は眉をひそめてゆっくりと前に出る、どうやらお冠のようだ。


しかし、この場にディーヴァがいれば、怒っている顔も女神の様だと囁くだろう。


「もぅ、大事な話はちゃんと耳と頭を向けて聞かないとあきまへんえ」


ジェイクは耳たぶを軽くつねられ、顔が火照るのを感じた。


男とは悲劇だ、美女に対してあまりにも無防備すぎる。


美女もまた悲劇だ、全ての所作が男を惑わせ、他の女から疎まれる。


「ご、ごめんなさい、ちょっと向こう側の船が気になって・・・」


ジェイクの指した方角には、言われてようやく気付くかどうかの小さな何かが地平線に見え隠れしていた。


「うぅ~ん? ウチにはよう解らへんわ」


「ワタクシにも、良く見えませんわ・・・あちらに一体何が?」


比丘尼とメリッサは目を凝らしてジェイクが見ている物を必死に観察しようとするも、何しろ距離が遠すぎてはっきりしない、ザダの加護があるジェイク以外は肉眼で見る事は困難だろう。


「陸とは真逆の方向から来たと思ったら、そのまま追跡されています、目を付けられたかもしれません」


「目を付けられた・・・まさか!?」


息を飲むメリッサの問いに、黙って頷くジェイク。


「海賊です、アコさんの言った通りですね」


「あかん、船長に伝えて全力で逃げんと」


「待ってください、比丘尼様にお願いがあります」


ジェイクは駆けだそうとする比丘尼を引き留めた。


「何や、ウチにできる事なら何でも・・・」


「これから見る事は、他の人には内緒にしてください」


「えぇ? え、ええけど・・・どこ行きはるの、ジェイクはん?」


困惑する比丘尼をよそにジェイクは荷物を甲板に置き、船から体を乗り出し海に飛び込もうとする。


「メリッサさん、ロープの準備をお願いします」


「はい、ワタクシにお任せください」


比丘尼が慌てて止めようとするも間に合わず、彼は海中へと静かに入水すると、その背中をメリッサは全幅の信頼を寄せて送り出した。


「ウチ、もう何が何やら、解らへんわぁ・・・」


「大丈夫です、ジェイクさんなら心配いりませんわ」


夏を迎えたとはいえヤマトの海は冷たく濁っていた、しかしジェイクにとっては些細な事、地上よりも水中の方がはるかに船の影が良く見え、音も後方から取り乱している比丘尼と、それを宥めているメリッサの声が耳に入るほど良く聞こえる。


ジェイクは後で比丘尼に謝罪と説明をしなければと思いながら全力で泳いだ。


ザダの加護の下に海流が彼の背中を押し、手足は水かきでもあるかのように海水を捉える。


常人離れした速度で彼は船に近付き様子を伺うと、メインマストにはドクロの模様がはためいており、戦場では酒焼けした声で何者から怒鳴り散らしていた。


「漕げ漕げ、ロクデナシ共! あの獲物からたっぷり金目の物を頂いて今夜はバーベキューだ! もし逃がしても心配はいらねぇぞ、商船に追いつけないクズ共は、俺がバラバラに刻んでこんがり焼いてやるからな!」


間違いない。


この海賊船は自分達を乗せていた船を追っている略奪のために。


それが確認できたジェイクは静かに船へと忍び寄り、船体に手を押し当てた。


「まったく・・・楽しいバーベキューになることを願ってますよ」


そのままジェイクは(門)の構築を始めた。


普段のような手の平サイズではなく、大型の海洋生物が通れそうなほどに大きな光の輪だ。


海中であれば(門)の場所や大きさに制限は無い、秘宝探しの旅でこれほどのサイズの(門)を構築するのは初めてだったが、今の彼は昨日とは違う、制式にザダの神官として認められ証も贈与されたのだ、その神秘術の力も増している。


「まさか本当にたれ込み通りとはな、楽なモンだぜ、なぁおい? これでしくじったら海賊稼業は引退しなきゃならんな!


「たれ込み・・・海賊と繋がってる人間がいる・・・一体誰が?」


ジェイクは脳内で怪しい人物を探そうとしたが、そもそも知り合いが少なすぎる事に加えてあの商船にはほかの島から乗船した客もいる、特定は困難だった。


そうこうしている間に(門)が完成すると、光の輪の奥から巨大な気配が出現した。


「突然の呼び出し、お許しください、カノープス様」


「○○○・・・○○○○」


ジェイクがカノープスと呼んだそれは大地を揺るがすような轟きを上げた。


何かが水中で爆発したかのような泡の音と共に吐き出されたそれは、千のコントラバスを奏でたかのような重低音で海中に響いた。


「寛大なお言葉に感謝いたします、今日は船を一隻沈めて頂きたいのですが」


「○・・・○○・・・」


その声と同時に丸太のような触手が(門)から海中へとのたうつように現れた。


それはタコかイカのようにも見えるが、太さは大型のシャチよりもあり、色はどす黒く吸盤の代わりに無数の節足が生え、先端にはつるりとした口だけの頭部がついていた。


一見すれば規格外サイズのムカデかミミズに見えるが、これはカノープスが無数に持つ触手の内の一本に過ぎない。


神聖回遊要塞カノープス、それはあまりの巨体であるため、血族が集団で(門)を構築しないと全身を出す事ができないのだ。


「な、なんだぁ! 今のは?」


「鯨か何かの声か?」


カノープスの触手が水しぶきを纏いながら海上に飛び出す、空へと伸びるいびつな影はメインマストよりも高く太く、彼らを見下ろした。


「あぎゃああぁぁ! 化けモンだぁぁぁ!」


それが先ほどの声の主であると知ると、船上はパニック状態になり、賊は次々に絶叫した。


その阿鼻叫喚などまるで気に掛ける様子も無いカノープスは、2~3度狙いを定めるかのようにゆらゆらち揺れると、獲物めがけて一気に覆いかぶさった。


無論その衝撃に耐えられるはずもなく、数人が触手の下敷きになり、爆ぜたトマトのように潰れた。


蠢く節足が無残な姿になった人間の破片をかき回し、引きちぎり、辺り一面にまき散らす。


不運にも傍にいた賊はかつて仲間だった者の一部を頭から浴び、気を失った。


次に声を上げたのは他でもない、船体だ。


カノープスの触手に巻き付かれた船は全身を軋ませて悲鳴を上げるが、もはや成す術無し。


みるみる内に全体が歪み、木が折れる甲高い音が断続的に響いたかと思うと、中心部から船体が真っ二つに割れ、哀れな海賊たちは海に投げ出された。


「○○・・・○○」


「鮮やかな手際でした、ご協力感謝します」


(門)の中に消えてゆく触手に頭を下げながら、ジェイクは感謝の言葉を告げた。


(門)が閉じてカノープスとの繋がりが切れると、先ほどの惨劇が嘘のように海はまた平穏を取り戻した。


見送りを終えたジェイクは急いで自分の船に戻ると、商船ではカノープスの声を聞きつけた人々が船尾に集まって後方を注目していた。


「今のは何だ、ウミヘビの化け物か?」


「違う、ありゃただのクジラだ、声で解る」


「俺は見たぞ、ありゃとんでもなくでかいタコの足だ!」


「あたしゃ知っているよ、昔おっかあが言ってた、海には人魚がいてな、呪いをかけるんだと」


「馬鹿な事を言うな!」


船の上でヤマトの民は口々にああでもない、こうでもないと論議している。


それ自体は問題無いが、このままでは上に戻れない、どうしたものかと思案していると、ジェイクは船首の方に漂う何かを見つけた。


最初は海草か何かと思ったがよく見るとそれは麻のロープだ、メリッサが気を利かせて人が集まっている船尾とは逆方向にロープを垂らしてくれたに違いないとジェイクは判断して慎重に浮上すると、ロープが縛り付けられた手すりの傍にメリッサと比丘尼が立っていた。


メリッサは落ち着かない様子で周囲の様子を伺っていたが、ジェイクの姿を見つけると笑顔で手を振り合図を送った。


ジェイクは静かにロープをよじ昇って船上に帰還すると、素早くそれを回収した。


幸いにもまだ人々の注目は後方に集まっているらしく、誰にも見られることは無かった。


「ふぅ、これで任務完了ですね」


「お帰りなさいジェイクさん・・・はい、どうぞ」


メリッサはロープだけでなくどこからか大きなタオルまで調達してきたらしく、両手でジェイクへと差し出した。


ザダの神官達にとって海水に浸るのは日を浴びるのと同義であるため、彼は今まで苦にした事はなかったが、メリッサは体に毒だと感じていたようだ。


「有難うございます」


受け取る事で彼が何か得をする、という事ではないが、ジェイクは感謝と笑顔でそれを受け取った。

彼女の気遣いか、純粋に嬉しかったのだ。


「それで、ウチに説明はしてくれはるんどすか?」


「はい、それは勿論・・・しかし大事な話ですのでここでは・・・」


ジェイクは周囲を気にしながら比丘尼に含みのある言葉で人払いがしたいと持ち掛けた。


「ほな、都のお宿でよろしおすか?」


その理由を比丘尼も察したのか、すんなりと承諾する。


海中に消え、そして何事も無く戻ってきたジェイク、後方で出現した謎の怪物。


これが意味する事は1つ、そこから導き出される答えも1つ。


彼が比丘尼の前に現れた理由も、容易に想像できるというものだ。


「では、そこでゆっくりと・・・」


ジェイクは微笑んでその申し出を受けた。


社の見学を依頼したのも、神秘術を見せたのも、この交渉に持ち込むためだ。


ザダの信徒達へ説教するように上手く行くはずもないが、日ごろ鍛えた弁舌の成果が、八百比丘尼にどこまで通用するものかと発奮した、全てはこの後の口先勝負にかかっているのだから。

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