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波濤揺蕩う神殺し  作者: 韋駄天
八百比丘尼編
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根無し草の歓待

ワカサの空は雲ひとつ無い晴天だった。


目標である純白の社に最も近く、なおかつ人目に付きにくい海岸から陸に上がり、2人はイグニスと別れを告げた。


「では、3枚に下されない事をお祈りしております・・・」


などと不吉な事を囁かれたジェイクは人間を3枚におろすのは魚よりはるかに手間がかかるだろうなと思いながらワカサの大地を踏みしめる。


「う~ん、良いお天気・・・ピクニックにでも行きたい気分ですわ」


「最近雨ばかりでしたからねぇ」


時折吹く風は絡みつくような湿度を纏い、蒸れた夏草の匂いを運んでくる。


バオバオと出会った島ほどではないものの、この島は夏を間近に迎え少々蒸し暑い。


「綺麗な所・・・きっと素敵な人が住んでいるに違いありませんわ」


道の両脇には緑々とした水田が並び、畦草も綺麗に刈り取られ、用水の澄んだ水の中を小さな魚が流れに逆らうように泳いでいる。


ここまで管理の行き届いた農地は中々お目にかかれない。


「所で、目的地はどちらかしら?」


「この道を真っすぐ行った山の中にあると聞きましたが・・・とりあえず麓の村に言って比丘尼という人物についてもう少し調べます」


田んぼ道の先には小さな木造の家が立ち並ぶ集落となっており、遠目にも活動している現地の人々の姿が見える。


ジェイクはそこで八百比丘尼という人物に対して下調べを行い、その後交渉に当たろうと考えていた、相手の人物像をある程度掴んでいた方が話を進めやすいからだ。


「あの~道をお尋ねしたいのですが」


偶然集落の外で畑仕事の途中なのか、鍬を持った中年の男を見つけ、ジェイクは声をかけた。


「・・・・・・」


男は2人の方をちらりとだけ一瞥すると、何も言わずに作業を再開した。


返事こそなかったものの、ジェイクの声に反応したという事は声は届いている。


つまり、無視されたのだ。


「白の社への道はご存知ですか?」


「今忙しいんだ」


振り向きもせずに答えると、男は地面を耕し始める、もはや会話をしてくれる雰囲気ではない。


「そうでしたか、失礼しました」


会話を終えたジェイクは軽く一礼して集落へと歩を進めた。


情報収集を行う上で排他的なコミュニティに何度か対面する事はあり、今回が初めてでは無かったが、出鼻をくじかれるこの辛さを何度やっても慣れなかった。


拒絶的な態度を取りながらも、相手をしてくれるだけ出会った頃のドーベルマンの方が数倍マシと言えるだろう。


「何でしょうか・・・嫌な事でもあったのかしら?」


「さぁ、鍬の振りすぎでマメができたとか?」


切れの無い冗談をぼやきながら集落へと足を踏み入れるジェイクであったが、何かを離そうにも住人が誰も目を合わせてくれない、近づけば逃げ出す、かと思えば背後からいくつも視線を向けてくる。


2人に、というよりは外部の人間に対して異常に警戒するそのそぶりに、ジェイクは段々嫌気が差してきた。


もう白の社に向かってしまおうかと思う一方、秘宝の情報を集めてきたイグニス等情報部の苦労が身に染みる。


せめて集落を一回りだけはしようと自分の弱気を振り払ったその時、どこからか声が聞こえてきた。


「かってうれしいはないちもんめ」


「まけてくやしいはないちもんめ」


それは複数の子供の歌声だった。


子供なら警戒せずに話してくれるかもと思い、ジェイクは足早にその歌の下へと向かう。


「となりのおばさんちょっときておくれ」


「おにがこわくていかれない」


「おふとんやぶれていかれない」


「てっぽうかついでちょっときておくれ」


「たまがないからいかれない」


驚かせてはいけないと思いジェイクがそっと曲がり角から様子を伺うと、子供達が2組に分かれて手を繋ぎ、歌いながらステップを踏んでいる。


「あのこがほしい」


「あのこじゃわからん」


「このこがほしい」


「このこじゃわからん」


歌っている組が前に出れば、向かいの組は下がる、それを歌に合わせて交互に行う遊びのようで、子供達ははしゃぎながらそれを繰り返している。


「そうだんしよう」


「そうしよう」


そのやり取りを最後に、子供たちは歌を中断して輪になり、何かの相談を始めた。


「何を話しているのかしら?」


「解りません、でもその内終わると思うので、その隙を見て・・・」


「あっ!」


輪になっていた子供の1人がジェイク達の視線に気づき声を上げると、残る全員が一斉に集まる。


「あぁ、いや・・・邪魔してごめんね、ちょっと道を教えてほしくて・・・」


ジェイクが声をかけた瞬間、蜘蛛の子を散らすように子供達は逃げ出し、あっと言う間に空き地から人影が消えた。


「はぁ~全然駄目だ」


流石の彼もこれには傷ついたようで、ガックリと肩を落とした。


「僕、そんな怖い顔してました?」


「気を落とさないでください、きっとここの人たちは旅人に馴れていないのですわ」


自身を喪失しかかっているジェイクにメリッサが優しい言葉でフォローを入れる。


「そうとも、ここには大地の営みがそのまま継承されている、彼等はそれ以上は必要ない事を知っているのさ」


突然若い男の声が聞こえたと思うと、曲がり角から死角になっていた木陰で休んでいた何者かがゆっくりと立ち上がった。


「これは失敬、僕はディーヴァ、人呼んで根無し草のディーヴァ、自らの運命を探し続ける孤高の探究者さ」


ディーヴァと名乗った男は襟の高い灰色のジャケットに、カーキ色のズボンに潰れた三角帽子を身に着けていた。


砂埃や泥などに塗れてかなり薄汚れてはいるものの、仕立ての良い物らしく、ほつれや穴は少ない。


肌も色白の端整な顔立ちであり、清潔な格好に着替えればかなりの色男だろう。


「は、はぁ・・・どうも」


「初めまして、ワタクシはメリッサと申します」


「メリッサ! なんてすばらしい響き、そしてチャーミングな微笑み、この出会いに神への感謝を」


軽く一礼したメリッサが自己紹介を言い終わるやいなや、ディーヴァは目にもとまらぬ速さで彼女の前に立ち、恭しく頭を下げる。


「まぁ、お上手なんですね」


大げさな身振り手振りで感情表現をするディーヴァの口説き文句を、メリッサはにこりとだけ微笑んで受け流した。


「御世辞だなんてまさか!? 僕は嘘が嫌いなんだ、何時だって心の赴くままに話す、君もすぐに分かるよ、可愛いメリッサ」


その鮮やかな攻防に、ジェイクはメリッサが口説かれているのだと理解するのに数秒の時間を要した。


ついさっき出会ったばかりの人間を口説きに来る人間がいる、それは彼の人生に置いて未知との遭遇だった。


「あの~お話中すみません」


1人置いてきぼりを喰らっているジェイクが話に割り込むと、横やりを受けたディーヴァは不機嫌そうに振り向く。


「なんだい? え~・・・」


「ジェイクです、よろしく」


「そう、それで?」


あまりにも露骨な扱いの差に呆れを通り越して関心しながらも、ジェイクは秘宝の情報収集を開始する事にした。


少々得体のしれなさはあるが、貴重な情報源だ。


「僕達、白の社にいる八百比丘尼という方の噂を聞きまして、ぜひ一度お会いしたいなと・・・」


「君が? 僕の比丘尼様に?」


ディーヴァはごく自然に(僕の)という言葉が使うが、事前の情報では比丘尼に恋人がいるなどとは全く耳にしていない。


目の前にいる気の多い男はきっとその比丘尼に入れ込んでいるのだろうと、ジェイクにも想像がついた。


「駄目かしら?」


「勿論案内するよ、でも足元が悪いからメリッサは・・・ほら、僕の手を握って」


メリッサの言葉にすぐさま心変わりしたディーヴァは素早く手を差し出した。


指先までピンと伸ばしたその指はピアニストのように長く、爪も綺麗に整えられてはいるが、何故か分厚く包帯が巻かれていた。


ここがダンスホールであったなら、彼は周囲から熱い視線を集めていた事だろう。


「ご心配なく、ワタクシ鍛えておりますので」


しかし相手は名家のお嬢様、2枚目からのお誘いなら、おままごとをしていた時から受けている。


伊達男必殺のアプローチもあえなく空振りとなった。


「むしろ僕の方が引っ張って欲しいくらいですよね、はは・・・」


腰に手を当てながら自嘲気味に笑うジェイクであったが、その腕を何かに掴まれた事に気づいて声が止まった。


「はい、ですからワタクシはジェイクさんの手を引かなくてはならないのです」


眼をやるとそれはメリッサの手だった。


出会ったばかりの頃は手荒れとはまるで縁のない陶器のような肌をしていたが、今ではすっかりバンテージが板についている。


「え? いや、ほんの冗談で・・・」


「では参りましょう」


ジェイクの言葉にまるで耳を貸そうとしないメリッサは、ジェイクの手首をしっかりと握りしめたままディーヴァを急かす。


初めは驚きながら2人の手を交互に眺めていたディーヴァも、やがて顎に手を置いて何かに感心し始めた。


「なるほど~その手があったか、次から僕も・・・あぁいや、何でもない、案内するよ」


何かをぶつぶつと呟いていたディーヴァが勝手に1人で納得すると、手招きをして颯爽と踵を返し、目的地への先導を始めた。


どうやら彼なりに得た者はあったようだ。


「あの、僕は大丈夫なので心配しなくても」


そう言った瞬間、ジェイクは自分の心臓が跳ね上がるのを感じた。


メリッサの顔が自分の顔のすぐそばにあったのだ、瞳に映る自分の姿を覗きこめそうなほどの距離で彼女は真っすぐに視線をジェイクに向けている。


「お願いします、ワタクシ・・・その・・・」


硬直したままのジェイクの頬にそっと手が添えられる。


触れられた所に電流が走るような感覚は、彼の脳裏に良からぬ妄想をかきたてるには十分すぎるほど甘美な衝撃だった。


「あのような軽薄な男性はちょっと・・・」


囁くような声でメリッサはそう耳打ちした。


彼女が苦手にしている人間はドツバぐらいの物かとジェイクは思っていたが、想像以上に自分と近い感覚に親近感を覚える一方、何か期待を裏切られたような感覚を覚えていた。


「そ、そうでしたか、僕で良ければ構いませんよ」


ジェイクは登山をする前から早鐘のように打ち鳴らされている心臓を手で押さえて自分を落ち着かせようとした、これでは本当に手を引かれなくては山を歩けないかもしれない。


そんな事すら頭をよぎった。


「有難うございます」


むしろ感謝をしたいのはこちらの方だと喉まで出かかったが、それをぐっと飲み込んでジェイクはメリッサと手を繋ぎ、ディーヴァの後を追う。


ああ、これが本当にピクニックであればどれだけ幸せな事か、空いた手に弁当の詰まったバスケットが握られていればどれだけ楽しい事か、そんな事を思いながら今日もジェイクは秘宝探しに奮闘する事になるのだろう。


何しろ、調査はまだ始まったばかりなのだから。

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