不老不死の伝説
「おぅ、来たか、昨日は散々だったな、がははは!」
神殿内部はいつもより血族達の数が多く、そのほとんど疲労と睡眠不足でどんよりとした顔つきをしている。
「笑い事じゃないですよ、もう・・・それで、今日向かうヤマトの秘宝について詳しく教えてください」
ジェイクとメリッサはツェリの言いつけ通り救貧院にて船乗り達の荷物を住民に分け与える作業を終え、神殿に足を運んでいた。
熟睡して昨夜の騒ぎを知らない一部の人は喜々として荷物を物色していたが、大半の人間は複雑そうな表情で残り物を受け取っていた。
「あぁ、それなんだが・・・どうも不老不死の秘宝らしい」
船を乞いでいるイグニスの隣で、その上司であるはずのドツバはたっぷり寝ているのか涼しい顔をしたまま返す。
どうやらツェリは彼の眠りを妨げる事はできても、イスから立ち上がらせることはできなかったらしい。
「どうも・・・らしい? 随分と曖昧ですね」
教団の情報部はイグニスをはじめとした部下達が徹底的に情報を洗い、それをドツバが精査して判断を行うが、何よりも正確さを重視している事を知るジェイクは違和感を覚える。
「今回はどうもきな臭い話でな・・・ここからはイグニスから聞け、後は任せた」
ドツバは説明をイグニスに任せようと話を振るが、反応が無い。
「ぐぅ・・・ぐぅ・・・・」
イグニスはついに限界に達したのか立ったまま寝息を立てていた。
「おい、起きろ!」
「んが! し、詳細はこのイグニスからご報告致します!」
ドツバに耳元で怒鳴られたイグニスは慌てて姿勢を正す。
「そういえば、イグニスさん今日は本部なんですね、いつもは現地なのに・・・」
「はい、自分は昨夜ドツバ殿から招集を受け、先ほどまで麻薬カルテルの資料をまとめていた次第であります」
今にも落ちそうなほど重い瞼と必死に戦いながら答えるイグニス。
その目は何物も捉えておらず、睡魔で焦点が合っていない。
「まさか、寝てないんですか?」
「俗にいう完徹であります・・・ぐぅ・・・」
その言葉にジェイクの背後で隠れていたメリッサが心配そうな視線を向ける、彼女は何度訪れてもこの空間、もしくは血族達の姿が慣れないらしい。
「おい、まだ寝るな、人魚の肉の話をしろ!」
意識を失いかけたイグニスをドツバが激しく揺さぶりその延命を図る中、ジェイクの意識に1つのキーワードが引っかかる。
「人魚の肉・・・ですか?」
「そうだ、人魚の肉を食って不老不死になった女がいるという実に馬鹿馬鹿しい眉唾話だ」
人魚の肉、不老不死、一見全く関連性が無い二つの単語が調査の項目に並び、ドツバは馬鹿馬鹿しいとまで切り捨てる。
それには理由があった。
「そんな人魚が本当にいるんですか?」
ジェイクの言葉は教団の神官なら誰もが抱くであろう疑問だった。
そんな人魚が存在するなら、教団の耳に入らない訳がない、そして不老不死となった人間やその他の生物がもっと多く存在するはずなのだ。
「我々も地元の漁師への聞き込みや、近海の調査を行いましたが、物証はゼロであります・・・自分の力不足を痛感する次第でありまして・・・」
「何回言わせるんだ、そんな噂はガセだガセ! 重要なのは何故そんな噂が流れているか、そっちを考えろ!」
ドツバはイグニスの着ているローブの襟部分を掴み、さらに激しく揺さぶりながら人魚の肉の噂を否定した。
メリッサはそれを止めるべきか悩んでいるのかジェイクの後ろで小さくなりながらもオロオロとしている。
対してジェイクはいつもの光景なので無視しながらドツバの言葉に思案を巡らせた。
海を方々調べつくした血族にとってはどう考えても辻褄の合わない噂であり、その裏に何か隠されていると感じるのは当然の成り行きだろう。
では、何故隠すのか? という疑問に辿り着くことができれば、謎は解けたも同然だった。
「別の方法で不老不死になって、それを隠すため・・・とか?」
「そうだ、俺もそう睨んでいる」
ドツバとジェイクの意見は一致していた。
他の誰かに知られては困る方法で不老不死となり、人魚の肉という嘘でカモフラージュしようと画策しているに違いない、その結論に至ったのだ。
「なるほど、そこに秘宝の気配あり・・・ですね」
ジェイクの言葉に、ドツバは無言で頷く。
今回の任務は噂の陰に隠れた不老不死の秘密、それを探る事にあるようだ。
「なんとっ! この不肖イグニス、御二人のご明察に御見それしました」
「まぁ~ったく、何でお前は現場の仕事はピカイチなのに、頭の固さも血族一なんだ!?」
「ははっ、お褒めに預かり光栄であります!」
ついに怒りを噴火させるドツバであったが、満面の笑みを浮かべるイグニスに興が削がれたのか、すぐに力なく襟から手を外した。
「はぁ・・・まぁ良い、さっさと続きを離せ」
「これは失礼しました、その女性はマハラティーという名で、所在はヤマト国のワカサ島、白の社と呼ばれる神殿に仕える尼僧であり、またその長寿から地元では八百比丘尼と呼ばれております」
目的は理解した、行くべき場所も、会うべき人物も・・・後はぶつかって向こうの出方を伺うしかない、ジェイクは腹を決めた。
「八百比丘尼・・・まずはその人に会う事が先決ですね」
「そうだ、島までは(門)で送るが、そこからはいつも通り2人での調査になる、海岸にイグニス達を待機させるが、気を付けてろよ・・・」
「あれ、今日はいつになく慎重ですね?」
いつも気合を入れろと言って送り出してくるドツバの口から気を付けろ、の言葉。
明日あたりまた嵐でも来るのかとジェイクは心配した。
「当然だ、人魚を喰ったら不老不死になれると信じている未開人共だぞ、もし人魚の仲間とバレてみろ・・・取って食われるぞ」
ドツバが首を親指で掻き切る真似をすると、ジェイクの脳内に自分が紐で縛られ火あぶりにされる光景が浮かんだ。
「やだなー脅かさないで下さいよ」
怪物でもない普通の人間が自分を襲うなどありえないと思いながらも、背筋に冷たい物を感じずにはいられなかったジェイクは苦笑いで答えた。
「本当に脅しだと思うか?」
しかし、ドツバの目は本気だった。
人によって、文化によって、はたまた宗教によって、信じる物は異なる。
それを昨日目の当たりにしたばかりではないか、そう言いたげな眼光にジェイクは大人しく苦笑いを引っ込めて。
「はい、気を付けます」
その時、ジェイクが着ているローブの裾が強く引っ張られている事に気付く。
視線を移すとメリッサが不安気な顔をしながら両手で袖を握っていた。
万が一の事があれば、自分も住民に襲われるのではないか、そんな恐怖が彼女の手から伝わってくる。
ジェイクは何と声を掛けようかと悩んだものの、結局説教じみた内容しか出てこない自分を呪った。
違う、今この場に必要なのは自分が伝えたい言葉では無い、彼女が掛けて欲しい言葉だ。
「大丈夫・・・僕が何とかします」
と、それだけ告げると、ジェイクは優しくその手を握り返した。
不安な夜、悪夢から目覚めた時、母の掛けてくれた言葉は思い出せないが、その手の温もりが自分を救ってくれた事、それだけは覚えていた。
これが彼なりの、精一杯の鼓舞だった。
彼女はそれに対して大きな反応を見せなかったが、ローブを握る力が少しだけ緩んだような気がした。
「うっし、お前ら(門)を開けろ、ヤマト国のワカサ行きだ!」
その命令にイスや床で休んでいた血族達が飛び起き、新たな旅への入り口を作り始めると、ドツバは何かを思い出したかのように懐を探り始めた。
「いかん、忘れてた・・・ジェイク、これもってけ!」
ドツバが放り投げた丸い小石のような物は放物線を描き、ゆっくりと水中を漂ってゆく。
最初は何事かと不思議に思っていたジェイクも、それが近寄ってくるに従い顔色が変わってきた。
「これって・・・瞳の真珠!?」
ジェイクは目を大きく見開きながら真珠をキャッチして確認する。
煌めく白真珠の一部が光沢のある黒に染まり、まるで小さな眼球のようなそれは、紛れも無く彼が想像した通りの品だった。
「そうだ、特例だから授与式は無いがな」
「忘れてたじゃないですよ! こんな大事な物・・・」
瞳の真珠とは、教団が見習い期間を終えた血族に対して与える正式な神官の証であり、これを手にして初めて一人前と認められる。
ジェイクはすでに見習い期間を過ぎてはいたが、人間であり力不足と見なされ今まで授けられずにいた。
「でも、今渡しただろ?」
「まぁ、そうですけど・・・」
ジェイクは感極まり震える指で真珠を握りしめる。
これで見習いは卒業、晴れて血族達の仲間入りを果たした、自分は神にその僕として認められたのだ。
そう考えるだけで先ほどまでの不安が嘘のように吹き飛び、やる気がみなぎってくる。
「じゃあとっとと行け! 門を開けてる奴がぶっ倒れる前にな」
「はい! 行ってきます!」
ジェイクはイグニスに先導されながらメリッサの手を引き、門をくぐる。
いつも目にしていたはずの光も、今日ほど眩しく映った日は無い。
これ以上ない追い風を感じながら、一行は島国ヤマトへと向かう。
はたしてその先に待つのは光か、それとも闇か。




