目覚め 糧
ホコリと染みのついた天井が見える。
ジェイクは後頭部に痛みを覚えながら体を起こした。
「またか・・・」
目を覚ましたジェイクは、自室の床で目をこすりながら呟いた。
彼の部屋はベッド、机、クローゼットだけだが、掃除が行き届いて居らず隅にホコリがたまり、布団は乱れ、枕も使い古しで潰れている。
立ち上がって部屋から出ると、桶から水をすくい、顔を洗う、まだ半ば夢の中にいる意識を覚醒に導くために。
あの夢を見た朝は、特に念入りに洗うのだ。
振り払うように、拭い去るように。
「はぁ、よし・・・大丈夫、大丈夫だ」
誰でもない自分自身に言い聞かせるために、ジェイクは何度も呟いた。
窓の外ではすでに日が上り、人々が通りを歩く音が聞こえる。
「急がないと・・・」
ジェイクは自室に戻るとすぐに着替え、玄関に向かう、ドアを開けると外は見事なまでの快晴だった。
彼の上は港の入り口が見下ろせる小高い丘の上に建っている。
坂を全速力で駆け下りると救貧院が見えてくる、身寄りのない子供や老人はこの施設で雨風をしのぎ、昼間は町の清掃などを行いその日の糧を得る。
しかし今のお目当てはここではない。
港の手前にあるアーケード、そこにはたくさんの人々が朝食を求めて集まっていた。
そう、ここは港前の屋台通り、バッカニアの民の空腹を満たすオアシス。
「どうした坊主、今日は遅かったじゃないか」
「すいません、ちょっと寝坊しちゃいまして・・・それで」
「あ~心配するな、坊主の分はちゃんと残してあるよ、ほら」
それは一見新聞紙に包まれたパンに見えるが実は違う、中身には港で獲れたて新鮮なアジのフライに加えて自家製タルタルソースが入った、アジフライサンドである。
「ふぅ~良かった、売れちゃってたらどうしようかと・・・」
サイフから代金を支払うと、ジェイクは近くのベンチに腰掛け、中身を確認した。
フライは揚げたてで暖かい、たっぷりタルタルソースの中には刻まれたタマネギ、固ゆで卵、ピクルスが入って豊かな彩りと食感を与えてくれる。
「頂きます!」
かぶりついたバンズの隙間から魚とソースの旨味が溢れだす。
それに衣と刻み野菜の食感が合わさることで彼は朝食と共に生きる喜びを噛みしめる。
古今東西の魔術師を集めても、他人を幸福にする魔術の使い手はそういない。
人生を幸福の量や質だけで評価する事は困難だが、少なくとも多いに越したことはない、そう考えると彼が習得したザダの魔術も、本当は大した物ではないのかもしれない。
「おう、おはようジェイク」
ドツバが茶色の紙袋を抱えながらジェイクに歩み寄ってきた、袋の中にはこんがりとキツネ色になった団子が大量に入っている。
「おはようございます」
「昨日は悪かったな、ちょっとトラブルでイライラしててよ・・・」
自身の二倍の横幅を持つドツバの席を作るべく、ジェイクはベンチの隅に座り直す。
どっかりとベンチを軋ませながら腰を下ろす巨体はベンチの三分の二をゆうに占領した。
「チラシの日付を間違えたことですか?」
「なんだ知ってたのか」
「あのあと支店から出た所で、青い顔をした船長と偶然出くわしまして・・・これからはミーモさんか、他の職員にもチェックさせて下さいね」
「そうするよ・・・それで、あの後どうなった?」
ジェイクに訪ねている間にも、ドツバは揚げ団子をポップコーン並の気軽さで口に放り込んでゆく、同じ量を常人が食したら、日が暮れても胸やけが止まらないだろう。
「内戦中のナハトから来た難民だったみたいですけど、どうも厄介な事情があるみたいで、ミーモさんが話をすると言ってましたが、今日会ってみないとなんとも・・・」
「ふぅむ、厄介な事情か、やだやだ面倒事は・・・はぁ~」
「流石に冒険者0人はまずいですか?」
「まずい」
団子の事ではない。
「どれくらいですか?」
「半年前に食った牡蠣とイチゴの揚げ団子ぐらいまずい」
「それは酷い」
「ザダ様にとって3ケ月程度は一瞬、だがお宝は早いもん勝ちだ、仲間の調査班が目星つけた所を見張ってはいるが、もし先に取られでもしたら・・・」
あっというまに団子を平らげたドツバは袋の底をガソゴソをあさると、残りをカスごと飲み込もうと口の上で袋をひっくり返した。
「バナナと一緒に油に放り込まれますかね?」
「ゲッホ! ゴッホ! バカな事言うな!」
ドツバはせき込みながら袋を握りつぶすと、近くのくずかごに放り投げすっと立ち上がった、もう食事がすんだらしい。
「もう出勤ですか?」
「おう、イスの寝心地を再チェックしなくちゃならん」
食事を終えて上機嫌なドツバの背中を見送りながら、ジェイクも最後の一口を食べ終えた。
気力と体力を充実させた以上は仕事をしなくてはならない、次の食事のために。
「んん~僕も行こうかな」
新聞紙を折りたたんでくずかごに入れるとジェイクは勤務地へと歩き出した。