ナンバー2!
「はぁ、はぁ・・・やっと着いた・・・」
ドーベルマンの家に三人がたどり着いた時には、すでに太陽は顔を出し、アンチェインは明けの燈に染まっていた。
「うむ、ご苦労じゃったな・・・休んでいくか?」
山道を下っている間無言で自分に何ができるか必死に考えたドーベルマンであったが、結局の所気の利いた言葉は浮かんでこないまま自宅へとたどり着いてしまったのだ。
「いえ、僕はすぐに秘宝を神殿に預けて、それから報告して・・・えぇと、何だっけ・・・とにかくまだやる事があって・・・お気持ちだけ頂きます」
「ワタクシは熱いお風呂に入ってからふかふかのベッドで眠りたいです・・・」
2人とも疲労と睡眠不足で頭が回らないようで、濁った瞳でそれぞれ思い思いの事を口走っている。
彼は自らの人生において保管場所を要する貴重品も、冷えた体を温める風呂場も必要としてこなかったが、この時ばかりはそれを後悔した。
しかし、悩み多き人生において、取り返しのつく後悔をするのは新鮮だった。
「貴様等には世話になった、何かワシにできる事があればきくぞ?」
しかし、彼が今必要としているのは、2人への感謝の気持ちを表す物だった。
今すぐ用意できなければ価値は無い。
「うぅ~ん・・・」
ジェイクもその意図を呼んでか、なんとか知恵を絞って良い返答をしようとする内に、1つの望みが自分の中にある事に気づいた。
「もしファンクラブが設立される事があれば、僕を会員にしてください、それもナンバー2を希望します」
「2番? また半端な数字だな、1番で無くて良いのか?」
「はい、実はもうナンバー1は先にいるんです、街でその人からドーベルマンさんの話を聞いて僕達は貴方に辿り着いたんですよ」
最初は怪訝な表情を浮かべていたドーベルマンも、ジェイクの言葉に雷に打たれたような衝撃を受け言葉に詰まったようで、腹を空かせた池の鯉のように口を開閉させている。
「そ、そんな奴が・・・本当にいるのか、アンチェインに?」
自分にファンがいる、しかも2人も、そんな単純な事を信じられないようだ。
「間違いありません、それはワタクシも保証しますわ」
「・・・とんだ物好きがいたもんだな、解った、覚えておくわい」
メリッサの援護でようやく自分を肯定することにしたドーベルマンは天を仰ぐ。
あまりにも暗く長い夜だった、しかし遅すぎるという事は無い。
人生の黄昏時にてようやく夜明けを迎えた彼は、感無量といった面持ちで口を真一文字に結んでいた。
「では、僕達これで・・・」
「おい、待て! まだ終わっとらんぞ!」
去ろうとするジェイク達にドーベルマンは手のひらサイズの何かを放り投げる。
キャッチして確かめると、それは昨夜からドーベルマンがナイフで削りだした木彫りの羊だった。
「選別だ、取っておけ」
「あら、何て愛らしいのでしょう・・・それに立派な角」
もこもことした毛を全身に身にまといながらも、渦巻き状の太い骨を頭部の両脇に携えた、雄々しい立ち姿をした羊は、無機質な瞳でメリッサを見つめ返している。
とても一晩で彫ったとは思えない出来栄えだ。
「迷える子羊にはもったいないくらいの造形ですね、感謝します」
「何が迷える子羊だ馬鹿モン!」
「あれ・・・駄目でしたか?」
何度目かわからない雷がジェイクに落ちる。
それ自体には慣れたようだが、今度は落とされた理由が解らないらしく困惑の表情を浮かべている。
「良く聞け、羊はとにかく群れる生物でな、先導されるとそいつにのこのこついていく習性がある・・・だがな、羊飼いがいつも傍にいるわけじゃない、腹を空かせた狼共から命がけで仲間を守る時も来る、貴様は先頭に立てる男だ、角を鍛え続けろ・・・迷っとる暇なんか無いぞ!」
ジェイクに人差し指を突きつけながらドーベルマンは叫ぶ、この旅で初めて口にした感謝と称賛の気持ちだった。
考え抜いた結果、これこそ彼が今渡したかった物なのかもしれない。
「この羊を見る度、その言葉を思い出す事を約束します・・・お元気で」
「夢のような時間を過ごせました、ご一緒できて光栄でしたわ」
それをしかと受け取ったジェイクとメリッサは、満面の笑みで手を振り、山を下り始める。
ドーベルマンは唇を噛みながら、徐々に小さくなってゆく背中を見つめている内に、胸の内から溢れ出てくるものを感じた。
まだだ、もっと語り合いたい・・・が、百万言をもってしても今のを満足させる事はできないだろう、感謝の意を伝えきる事もできないだろう。
だから、彼は謝辞を飲み込んで、こう呼びかけた。
「いいか! いつかワシの名を貴様等の故郷まで轟かせてやる、新聞か、風の噂か知らんが、その時にまた会いに来い! いいな! 絶対だぞ!」
自分が今できる最上の行動とは、筆を取り、作品を生み出し、その活躍ぶりが彼等の耳に入る事であるという解に至った。
それこそが、ファンの真に望んでいる事だと、彼は芸術家としての長い人生でようやく辿り着けたのだ。
「導きの羊と、敬愛する神ザダ様に誓って」「我が家フロストハウスの名誉にかけて」
霊峰に、芸術家の決意が木霊する。
再開の約束が、木霊のように呼応する。
旅は幕引きなれど、それは彼等の間で永遠に響き続ける事だろう。
芸術家とファンを繋ぐ絆、それこそが名も無き芸術の神の姿であるのかもしれない、そんな事を思いながら、ジェイクは疲れ果てた体にムチ打ち、故郷を目指すのであった。




