闇の帳
炎の中で、木が爆ぜて小さな音を立てた。
それが断続的に、連続的に耳に心地よく響く。
人間は太古の昔から火を見ると安らぎを覚える生物である、星明りすら届かない洞窟の中を照らし、雪の残るカーブル山で暖を取る事ができるその存在に改めて感謝の念が沸き上がる。
そんな焚き木の前で、三人は座りながら体を休ませ、温めていた。
「そんで、そいつらをあっさり逃がした・・・と」
「何しろかなりの手練れで、無理に追うよりも有利なまま終えたかったんですよ」
ジェイクはドツバへと現状の報告をしながら今後の行動スケジュールを相談しているようだが、いつもの教団のローブを身に着けておらず、その下ヨレたシャツと木綿のズボン姿で冷たい床に枯草を敷き、その上に座り込んでいる。
「甘い! 昔からお前はそういう所がなってない、足か腕の一本はへし折るのがセオリーだろうが」
ジェイクは突然の一喝に通信用のガラス瓶から耳を離すと、膝の上でじっとしていた金魚も驚いたのか巾着袋の中でもぞもぞと動いた。
「ですから、戦況的に撃退することはできても、追撃は不可能でしたって言ってるじゃないですか~」
ジェイクにとっては紛れも無い事実なのだが、旅の障害になりえる脅威は全て排除したいと考えるドツバは不満気な様子だ。
「・・・まぁ良い、そういう事にしといてやる、俺達の目的はあくまで秘宝だからな、そいつらが戻ってくる前にブツを回収して、とっととおさらばしちまえ」
「そうできる事を願ってますよ・・・じゃ、今日はこの辺で」
「気合い入れろよ、上手く行けば昇格のチャンスだぞ」
お説教の気配を感じ取ったジェイクは適当なタイミングで話を切り上げ報告を終えた。
「はぁ~相変わらず乱暴なんだから」
ため息をつきながらジェイクは肩をすくめ、両手を火にかざして暖を取り始める。
「同感です、あの方はもう少し遠慮という言葉を知るべきですわ」
メリッサは自分の上着を枝に引っ掛けて乾かしながら呟いた。
ジェイクから借りた教団のローブを着用した彼女は幾分かは回復したらしく、顔色も良く普段通りに見えるが、腕には包帯代わりに治癒を促進する海草が巻かれている。
スレッシュに吹き飛ばされた時は何とか防いだと思われていたが、盾となった腕は内出血を起こし、痣になっている事が治療の時に判明したのだ。
「でも、僕がやっているのは秘宝の争奪戦で、個人どころか国家を揺るがす事になるかもしれないのに・・・考えが甘かったかもしれません」
「ジェイクさんが気に病むことはありませんわ、暴力はあくまで交渉手段の一つ、重要なのは彼等を退けた事・・・規模の大小に惑わされて自分を見失ってはいけません」
「・・・メリッサさんには敵わないなぁ、僕はずっと下っ端ですから、そこまで考えが及びませんでした」
ジェイクは自嘲気味に笑うと巾着袋の口を開き、中に餌を放り込む。
金魚はそれをひと口で飲み込むと、ぼんやりと発光しながら熱を発し始めた。
「あら、先ほどの話が本当なら、人間でも昇進する事は可能ではないかしら?」
「ある程度までは可能だと思います、しかし・・・人間では能力面も寿命でも血族に及ばないので、彼等以上にザダ様へ貢献する事は難しいかと」
「あら・・・ワタクシの思っている以上に、あの者達は優れた種族なのですね」
ザダの血族は制約こそあるが、人をはるかに凌駕した肉体と知識を持ち、神秘の力を自在に操る能力を持つ、彼女はその深淵を僅かに覗きこんだに過ぎない。
もっとも、その制約の仕業でジェイクは冒険者になったわけだが。
「でも、ジェイクさんならきっとできると思います、ですよねドーベルマンさん?」
話を振られたドーベルマンは木片をナイフで削りながら難しい顔をしていた。
脳内にある構図を元に何かを彫っているようだが、傍から見ている2人にはまだ全体像は見えてこない。
「どうだかな・・・出世する奴は必ずしも能力があるとは限らん、派閥やら何やらを乗りこなせる世渡り上手じゃないと上には昇れんよ・・・その点、坊主には無理じゃな」
視線を木像から一瞬たりとも反らさずにドーベルマンはきっぱりと答えた。
苦笑いするジェイスをよそに、黙々と作業を続けるドーベルマンは様々な角度から木像を確認し、手抜かりが無いか目を凝らす。
「・・・にしても嬢ちゃん、さっきの連中がナハト人だと何故解った? あんなモクの吸い殻で解るもんなのか?」
「あの銘柄は生産量が少なく、ナハト国内でしか流通していません・・・お父様が良く吸っていましたので憶えていますわ」
「ほぅ、嬢ちゃんの親父が・・・道理で」
「という事は、あの光の線が女神エメラルダの(三法)ですか?」
2人の会話に割り込むジェイク、さっきまで落ち込んでいたのが嘘のように目を輝かせている。
「良くご存じですね・・・教義の三柱である神・義・泰に準えた加護をあの三本の線で肉体に繋ぎ止めるのがエメラルダ様の神秘である(三法)ですわ」
女神談義で盛り上がる2人であったが、1人置いてきぼりのドーベルマンは黙って作業を続ける、このまま行けばあっと言う間に手の平サイズの木像が出来上がるだろう。
「う~ん、そろそろ乾きましたね・・・ジェイクさん、こちらをお返しします」
メリッサは上着の具合を確かめると、借りていた教団のローブを脱ぎ、持ち主へと差し出した。
受け取ったジェイクはすぐさま袖を通し服装を正すが、ふとローブに残ったメリッサの体温と香りに気がついた。
背中部分を中心に広がってゆく温かさにジェイクは身震いするほどの背徳感を覚え、鼻から脳へ突き抜けてゆくフェロモン物質は思考回路を完全に支配した。
普段磯臭い海産物にまみれている彼にとって、若い異性の匂いは麻薬よりも危険だ。
「うぅ~そのローブより厚手のはずですのに先ほどより冷えますわ、やはり神のご加護があるのですね、ジェイクさん・・・ジェイクさん?」
「うぇ!? はい・・・そうですね」
慌てて取り繕い視線を逸らすジェイクであったが、逸らした先には動揺した彼の内面を見透かしたドーベルマンが、嘲るような笑みを浮かべていた。
「で、では先を急ぎましょう・・・さっきの二人組が戻ってくる前に秘宝を見つけたいですから」
ジェイクは急いで立ち上がり服に付いた土を払うと、足早に洞窟の奥へと歩き始める。
「もう出発ですか? お、置いて行かないでくださいジェイクさん~」
ここが焚火以外の一切光源の無い洞窟で無ければ、メリッサも赤面したジェイクの顔を拝む事ができたかもしれないが、事情を知りえない彼女はただ逃げるように進む背を追いかけるしかなかった。
「おい坊主、灯りも持たずに何処行くつもりじゃ?」
「そ・・・そうでした、そうですね!」
のそのそと起き上がるドーベルマンの言葉にジェイクは思い出したかのように立ち止まり、(門)を形成すると、そこから錆び付いたカンテラを取り出した。
中には青白い光を放つ小さな生物が無数に蠢き通路をぼんやりと照らし始める。
「まったく生き急ぎおって・・・そんなに急がんでも人生は長い・・・」
ドーベルマンはゆっくりと歩を進め、カンテラの中で発光をする生物を興味深そうに覗きこむメリッサの隣に立ち、握っていたナイフで壁を軽く叩いた。
「そして、謎は深い・・・まずは(展示品に手を触れるべからず)」
刃の先にうっすらと刻まれた文字を読み上げるドーベルマンの言葉を、ジェイクは脳内で反芻した。
「展示品・・・つまり、神の作品がこの先に・・・一体どんな?」
「ワシは神の作品を語れるような舌は持っておらんよ、知りたければ自分の目で確かめることじゃな」
その言葉にジェイクはごくりと唾を飲み込むと、意を決して闇の中へ身を投じる。




