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波濤揺蕩う神殺し  作者: 韋駄天
芸術の街アンチェイン編
33/100

霊峰に蠢く者達

「・・・貴様等、本は読むか?」


山に慣れているドーベルマンはその年齢からは想像しがたい健脚で道なき道をかき分け進んでゆく。


すでに三度の休憩を取り、日は傾き始めているにも関わらず、その足取りは衰える事を知らない。


「まぁ・・・人並みには」「ワタクシ、故郷では毎日読んでいました!」


意気揚々と進むメリッサとは裏腹に、ジェイクに肩で息をしながらなんとかついていく有様だ、神の住まう霊峰は一歩踏みしめる事に険しさを増し、まとわりつく寒さに吐く息が高く昇り木々の葉に紛れて消えてゆく。


「じゃあお宝と来たら、何を想像する?」


「金とか・・・宝石?」


すぐさま即物的な返答をするジェイク、彼にとって宝とは旅の目的であり、物事の終着点ではあるが、宝そのものへの執着は無い。


仮に手に入れたとしてもそれは神へと献上品である、でなければ明日の糧にするため換金する事だろう。


「ワタクシはやはり竜狩りの歌でしょうか、姫のため宝を守る怪物に立ち向かう主人公・・・うぅ~ん、まさにロマンスですわ!」


一方メリッサの脳裏に浮かんだのはおとぎ話の英雄譚だった。


彼女にとって宝とは目的ではない、龍を打ち倒した勇者の剣も、伝説の地図に隠された金塊の山も、彼女にとっては名誉の添え物である。


「坊主は落第、嬢ちゃんは・・・まぁ、良いセン行っとる」


「んぐぅ・・・」「やりましたわ!」


ドーベルマンはこれに評価を下したが、実際に優劣は無い。


これは2人の育った環境の差による(宝)に対して求める物の違いであろう。


「宝にはな、必ず番人がいるもんじゃ・・・単純に持ち主が宝を守るためだったり、後世で宝を求めてのこのこやって来る馬鹿を想像して、ほくそ笑むためだったりな」


「はたして神がそんな事をする必要があるんですかね?」


時折眺望のきく場所に出ると、アンチェインの町が遥か下に映る、青色の屋根に交じる極彩色の街並みは、まるで瓶に詰められたキャンディのようだ。


「ふんっ! 神の考えなんぞ知らんが、少なくともワシならそうするな」


「つまる所、ワタクシ達が向かう先には神が設けた試練が待つ・・・そういう事ですわね?」


その時、山道の脇からから何かが動く物音が立ち、三人の視線が一点に集中した。


極僅かな葉擦れではあったが、雪がしんしんと積もり風も穏やかなカーブル山では、老人の衰えた耳ですらそれを聞き逃すことは無かった。


「シッ! 向こうで音がしました、何かいますわ」


平和であった山登りに緊張が走る。


突然の事態にも関わらず、メリッサはすぐさま警戒態勢を取った。


さきほどまで猿酒をちびちびとやりながら呑気にしていたのが嘘のようである。


「下がってください、僕達が何とかします」


ジェイクも敵とドーベルマンの間に立ち塞がるように身構えた。


「うむ、なるべく傷付けないようにな」


「何を言って・・・うわっ!」


音の主はこちらの存在を察知すると、跳ねるように茂みから飛び出す。


穢れの無い雪よりも透き通る銀毛を纏った四足のそれは、すぐさま山の奥に消えた。


「あ~ぁ、逃がしてしまったわい・・・」


「今のは狼・・・かしら? とても変わった毛並みをしていましたわ」


がっくりと肩を落としながらも登山を再開するドーベルマンの背中に向かってメリッサは尋ねた。


「変わっとるも何も・・・この山の生き物は全て芸術の神の被造物なんじゃよ、この大地をどでかいキャンバスにしてな・・・あやつも群れで活動して老いれば死ぬし、子供も産む・・・が、あの鮮やかな色彩にはタネがあってじゃな、アンチェインの青い雨は知っとるか?」


「はい、街で情報収集をしている時に」


「あの青い雨水にはぎ取った毛皮を3日3晩つけるとな・・・出るんじゃよ、得も言えぬ極上の銀色が」


「えぇ!? 狼の毛から銀色が?」


「そう、藍より青しとはまさにこのこと! しかも高く売れる!」


身振り手振りで大げさに語るドーベルマン、その頬には確かな笑みを浮かべて自分の世界に浸りきっている。


深くシワが刻まれた顔も、この時ばかりは無垢な少年のように楽しげだ。


絵描きとしての生命を絶たれたドーベルマンが母なる故郷から日々の糧を得る事は自然の成り行きではあるが、恵みも芸術の町ならではの品であるようだ。


「髙く売れるのは歓迎すべき事ですが、今まで良く無事でしたね」


「まぁな・・・何度か危ない橋を渡ったわい、赤斑の件もあるしな」


「赤斑とは一体?」


「・・・熊だ、人間の味を覚えて、山小屋をいくつも瓦礫に変えた人食い熊でな・・・人間の血肉を吸い過ぎて体のあちこちに赤い斑点が見えるからそう呼ばれとる化け物だ」


カーブル山に神が産み落とした畏怖の象徴、その逸話は聞き手の体を芯から凍り付かせた。


山は人々に与えはするが、時折奪う事もある。


その真に迫る語りにジェイクは思わず息をのんだ。


「そ・・・その、赤斑は今もこの山に?」


「いや、死んだ」


「死んだ!?」


「8人目の被害者が出た所で、大規模な山狩りがあっての・・・狩人とロズウェルの冒険者が仰山駆り出されて仕留めたわい・・・今も毛皮が博物館に保管されとる、見たいか?」


聞き手2人はすっかり顔面蒼白となり、黙って頭を振った。


「結局の所どんな化け物でも人間には敵わんのさ・・・貴様等が次に何処へ旅に行くか知らんが憶えておけ、牙を剥いて襲ってくる奴なんざたかが知れとる、本当に恐ろしいのは人間の方じゃよ」


言葉の端々から垣間見える俗世への不信、助言めいた忠告。


それらの言葉をジェイクは脳内で反芻する内に、突如視界が開ける。


そこは斜面を削って作られた小さな広場だった。


下草は刈り取られ、遠望を遮る物は無く、眼下に広がる大地、名も無き山々、流れる雲の隙間から覗く透き通る空、まるで絵にかいたような絶景だ。


「わぁ~良い眺め、こんなに素敵な場所があるなんて!」


「ふんっ当然だ、ワシがたまに手入れしとるからな」


はしゃぎながら景色を楽しむメリッサと、腕を組み自慢するドーベルマンをよそに、ジェイクは斜面から顔を覗かせている大岩が気になり近寄ってゆく。


「どうした坊主、この眺めより岩が気になるのか? それとも・・・高い所は苦手か!?」


「いえ、僕はカーブル山の神と、その被造物の方に興味があるだけで・・・」


意地の悪い笑みを浮かべたドーベルマンの言葉を軽く流しながら、岩肌に触れると、それはたしかにザラザラとした感触と鉱物の硬さを併せ持つ、ありふれた岩だった。


しかし、ここは神が創造した山である、針葉樹の生い茂るの山中にポツンと存在する見晴らしの良い広間、そこに大岩が意味も無く置かれているだろうか。


「なんじゃい、可愛げのない・・・それで、何か解ったのか?」


「ん~・・・すぐには無理ですね、僕は芸術家でも地質学者でも無いので」


不自然さ、それに対する違和感はたしかにあった。


しかしそれ以上の事は何も得られなかった、彼はこの場で役に立つ専門家ではない。


「はっはっは! どうせそんな事じゃろうと思ったわい、ど~れワシが種明かしをしてやろう」


そう、この秘密の鍵を握るのは、やはりドーベルマンなのだ。


彼はおもむろに懐から小瓶を取り出し、蓋を外す。


「なんですか、それ?」


「見てわからんか? ただの墨汁だ」


相変わらず一言余計なドーベルマンは、そのまま瓶の中身をぶちまけるように岩へと浴びせかける。


全く意図が読めないジェイクは唖然としたまま見ていたが、墨汁をかけられた部分がまるで蝋のように溶け出し、流れ落ちてゆく。


そうしている内に、人間が入れるほどの穴が岩に出来上がった。


中は通路が奥へ奥へと続いており、まるで洞窟のようになっている、入口をこの岩で塞ぎ隠していたようだ。


「お、おぉ・・・これは一体?」


「言ったろ、この山は神のキャンバス、それに少しばかり黒塗りさせてもらったんじゃよ」


感嘆の声を上げるジェイクに、ドーベルマンは当たり前のように返す。


「これ、どうやって見つけたんですか?」


「うむ、少し前にここでスケッチ中に獣に襲われて、自衛用の墨汁を撒いた時にたまたま見つけてな・・・あいつらは自分の色を濁す、白や黒が嫌いなんじゃよ」


生物でありながら絵画でもあるカーブル山の特異な生態系に言葉も出ないまま、洞窟の中をのぞき込むジェイク。


「あら、こんな所に何時の間に?」


「おぉ嬢ちゃんか、ここはワシが見つけたんじゃよ」


いつのまにかひょっこりと現れたメリッサも、ジェイクの横に並んで中の様子を伺おうとするが、光源が外からの陽のみでは深くまで視認する事はできない。


宝への道は腹をすかせた怪物の口のように、深い闇と沈黙が横たわっている。


「素晴らしいですわ! 優れた芸術家とは卓越した観察眼をお持ちなのですね・・・所で、おタバコは嗜まれます?」


「はぁ? ワシはモクなんぞやらんが?」


質問の意図が読めないドーベルマンは気の抜けた様子だが、その服にメリッサの腕が伸びる。


「それは失礼しました・・・では、早速中へ突撃いたしましょう!」


空いた方の手でジェイクの袖も捕まえると、そのままのしのしと洞窟の中に足を踏み入れるメリッサ。


まるで何かに急かされているかのような様子に2人は違和感を覚えながらも、彼女に引きずられるように中に入ってしまう。


洞窟内部は冷気と鼻をつくカビ臭い空気のたまり場となっており、日光の当たらない場所はさながら冷凍庫だ。


「えっあっちょっと、メリッサさん、そんなに引っ張らなくても」


しかしジェイクの言葉は半ばで途切れた、というより強引に遮られたと表現すべきだろう。


メリッサは外部からの死角となる場所まで到達すると、静かに2人へと向き直った。


「お二人共、どうか落ち着いて聞いてください」


そこには先ほどまでのピクニック気分のお嬢様の顔を捨て、危機へと立ち向かう冒険者へと変貌したメリッサがいた。


「ワタクシ達は、何者かに監視されています」

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