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波濤揺蕩う神殺し  作者: 韋駄天
芸術の街アンチェイン編
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雪解け

「それではジェイク殿、我々はこれにて通常任務に復帰するであります!」


死地から生還した戦士たちは休息と補給を終え整列していた。


誰もが顔に疲労を浮かべ、汚れにまみれていたが、また汗を流した達成感と食事を終えた充実感に満たされていた。


「お疲れさまでした、皆さんくれぐれも体調には気を付けてください、それから・・・」


ジェイクの後ろで曲がった背中をさらに小さくしながら隠れていたドーベルマンが、おずおずと前に出て、並んでいるイグニス達の前に立つ。


「あ~・・・その、なんだ・・・どうも・・・ありがとな」


ぼそぼそと口を動かして、なんとか口から感謝の言葉を紡ぎ出すと、彼は深々と頭を下げた。


「こっちこそ、お土産ありがと~」


「バイバイおじいちゃん、元気でね」


教団とボランティアの面々はそれぞれが荷物と戦利品を手にして山を下る。


すっかり婦人層からの人気を獲得したドーベルマンは別れ際に振られた手を応じて、思わず反応して手を振り返してしまった。


「何だかあっと言う間でしたわ」


「僕の想定以上の人数が集まりましたからね」


ジェイクはイグニス達を見送りを終えると、2人へと向き直った。


教団自慢のローブも汚れにまみれ、まるで数日間物置に放置したかのような有様だ。


「ふんっ! おかげでワシの家はすっからかんだ、もう土産は残って無いぞ」


「ご心配なく・・・僕はちゃんと押さえておきましたよ、それも間違いなくとびきりの奴を!」


「えぇ!? 本当ですかジェイクさん、ワタクシにも見せてください!」


はしゃぎながらジェイクを急かすメリッサと、背中を押されながらドーベルマン宅へ入ってゆくジェイク、つられて笑う表情は成人を迎えたとはいえまだまだ子供の面影が残っている。

さっきまで自分に説教を垂れていた態度との変わりように開いた口が塞がらない家主は、頭を乱暴にかき、肩に積もっているホコリとフケを払うと2人の後を追った。


のしのしと生まれ変わった我が家にゆっくりと足を踏み入れると、すでにジェイクが標準のキャンバス2枚分のサイズもある大きな絵を誇らしげメリッサに解説していた。


「渇望する明敏な目に映る この地上に見ゆるいかなる美も 聖なる源の似姿なり 我らは皆そこから来たり かくしてのみ、我らは天国を垣間見る事を得る、と作者は残したわけです」


「は、はぁ・・・」


すでに中ではジェイクお得意の講義が開かれて、メリッサが何とかついていこうと話を合わせている所だった。


「セントベルタ礼拝堂の壁画(最後の審判)・・・目ざといな、坊主」


最後の審判、世界が終焉を迎え、天から降り注ぐ火が3日3晩大地を焼き尽くす時、善き者達は神々によって救われ苦痛の無いまま天国に導かれるが、悪しき者は火に焼かれ苦しみ抜いた後地獄に落ちるとされる終末的世界観であり、細かい差ほどあれこの世界では常識的に知られている物語である。


もっとも、その日が本当に来るのか、何時来るかという事を明確に語られた文書は存在しない。


「まさに名画ですよね・・・それとこの画には1つ面白い話がありまして・・・壁画の完成が間近に迎えたある日、制作指揮していたミゲルは教区長のピサロに礼拝堂の壁画に裸体は卑猥だと非難を浴びせられ腹を立て、腰布を追加するついでに登場する悪魔の1人をピサロそっくりに描き直した・・・まぁ、すぐさまピサロが修正させたため、壁画には1人だけ山羊頭の悪魔が生まれたわけですが・・・しかし、この絵には山羊頭の悪魔はいない、つまりこれは修正を入れる前、ミゲル氏の原画版というわけですね」


翼を持つ神々に導かれながら空へ上る善き人々と、大きく裂けた口から火を吐く悪魔達に地獄へ引きずりこまれる悪しき人々が巨大なはずのキャンバスが狭く感じるほど緻密に描かれているその絵は、それほど宗教画に詳しくないメリッサも引き込まれるほどの迫力だ。


元の作者はもちろんの事、模写したドーベルマンの実力が窺い知れる。


「それがどうした?」


「僕、現地で壁画を直接見ましたけど、原画版はまだ見たこと無かったんですよね・・・それがもう、感激で!」


恍惚とした表情で再びキャンバスへと視線を戻すジェイク、その熱視線で今にも絵に穴が開きそうだ。


「ふんっ! よその教会の壁画で感激する聖職者がどこにいる?」


腕を組んだままジェイクの発言を一蹴するドーベルマン。


実際問題、絵描きならばともかく、神に仕える者がよその教会の壁画を褒めちぎる事はあまり無いだろう。


「信仰は信仰、これはこれですよ・・・信じる神が違うからって、この美しさを認めないなんて・・・それこそ愚の骨頂という奴です」


「まぁ良い、それで・・・何故こんな事をした?」


「こんな事?」


興奮収まらぬといった所に水を差されたジェイクは、思わず聞き返した。


「とぼけるな、会ったばかりのワシを身綺麗にしたあげく、家の掃除までした理由だ! 秘宝の話なら最初に家に来た時点で話すつもりだった、何故こんな手間のかかる真似をした? そこまでして秘宝が欲しいのか?」


ドーベルマンは降り積もった疑問を一気にぶちまけた、道中で話をはぐらかしながらも家に招き入れられた時点でジェイクの目的は達成したも同然だった、後は遅かれ早かれ秘宝への情報を聞き出していただろう。


「秘宝が欲しいのはもちろんですけど、もう1つ理由がありまして・・・」


しかし、ジェイクの目的はもっと他にあった、いや、できたと言った方が正確だろうか。


「何だ? 言ってみろ」


「あなたのファンになりました」


「・・・・・・・・・はぁ? ファンだぁ?」


今度はドーベルマンが思考の不意を突かれる番だった。


何もかも想定外の一日の中で、最も驚きに満ちた瞬間である。


「そうです、壁画の模写をひと目見た時にピンと来たんですよ、このタッチ、この色使い、完璧にミゲルの筆遣いを再現しています、まさに神業ですよ!」


また病気がぶり返してきたジェイクは鼻息荒く熱弁する。


彼はドーベルマンの絵をひと目みた瞬間、その虜となり、決心したのだ。


この天賦の才を埋もれさせてはならない、必ずや人間と芸術家としての尊厳を回復させなければならない、と。


「ふんっ! 煽てには乗らんぞ」


「これは紛れもない事実です、この技術をこの小屋だけで眠らせておくなんて、才能を授かったご両親と神への冒涜です!」


そっぽを向いたままドーベルマンは思案した、人生の折り返しもとうに過ぎ去り、人里離れた木造の一軒家で無名のまま生涯を終えようとしている時に、このような転機の風が吹き込んでくるとは。


はたしてそれに身を任せるべきか、否か。


「・・・・・・・」


こちらを一直線に見つめてくるジェイクの目をちらりと盗み見る。


ジェイクの審美眼は専門家に比べれば間違いなく劣っているだろうが、少なくともその瞳に嘘偽りは映っていない。


目の前の青年は間違いなく自分の絵を褒め称えて背中を押してくる。


彼にはもう地位も、名誉も、金もない、残っているのは絨毯に染みついた油絵具のような頑固な矜持のみ。


「解った、解った、よ~く解った・・・しかしな坊主、絵描きのファンになるのはどういう事か理解して言っているんじゃろうな?」


「もちろんです、僕は貴方のパトロンとなり、今後の活動支援を行う事をお約束します」


パトロンとは、すなわち後援者や支援者の事を指し、王や教会、資産家がなどが芸術家達に支援を行う事により、発展を促すという大きな役割を持っていた。


現代で言う所のスポンサーのような役割である。


少なくとも、ジェイクのような裕福とは言えない人間に務まる役割ではないが、今回ばかりは違う。


「よぉ~し、じゃあ早速だが手伝ってもらう事がある」


その内容を2人は知っているが、あえて口には出さない。


それが冒険者の礼儀というものだ。


「宝探しだ」


彼は折れかけた矜持に帆を張り、再起の風をその身に受ける事に決めた。


己のために、芸術のために、そしてファンのために。


「はい!」「お任せください!」


待ってましたとばかりに元気良く返事をするジェイクとメリッサ。


その若さに任せた眩しい無鉄砲さが、ドーベルマンが失い、また必要としていた物である。


「良い返事だ・・・今から案内してやる、ついてこい」


もじゃもじゃのヒゲの合間から歯を見せながら、ドーベルマンはその日初めての笑顔を見せ、そのまま自宅の扉へと足を運んだ。


「案内? あれ、場所知ってるんですか?」


「知っとらん奴が道案内できると思うのか? 早くしろ、鍵を閉めちまうぞ」


ポケットから鍵束を取り出し、手のひらで音を立てて2人を急かすドーベルマン、どうやら彼は秘宝の情報、それも在処をすでに握っているらしい。


促されるまま外に出ると、施錠を終えたドーベルマンを先頭にカーブル山のさらに奥深くへと進む一行。

その行方は未だ鬱蒼とした森の中ではあるが、彼等はたしかな一歩を踏み出した感覚を覚えていた。

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