忍耐
大変申し訳ありません、前章と今章の間のページを消失させてしまいました。
内容としては通行人に(盗作犯)と揶揄され絡まれていたドーベルマンをジェイク達が助け出した、といった内容です
何故こんな事になっているのか自分でも分かりません、本当に申し訳ない。
一行はアンチェインを抜け、寒空の下をひたすらに歩いていた。
その足は地元の霊峰、カーブル山へと向けられている。
「どこまで行くのですか? ワタクシ少し休みたいですわ~」
「誰のせいだと思ってるんですか、あのまま騒ぎに巻き込まれて警察沙汰になれば、調査になりません」
「むぅ・・・しかし、義を見てせざるは勇無きなり、と師は仰いました、ワタクシはフロウストハウス家の名に泥を塗る訳には参りません」
ジェイクの小言にメリッサは不満げに言い訳をする。
悪事を見逃す事は臆病者であり、家名を汚す恥ずべき行為であると彼女は認識しているようだ。
しかしジェイクにとっては良い迷惑である。
「お嬢ちゃん、随分と面白い事を言うな・・・それで、ワシが本物の極悪非道の悪党だった時はどうするつもりじゃ?」
2人の会話に老人も加わるが、それはどこかメリッサを値踏みするような響きがあった。
「その時は警察に引き渡して、感謝状を頂きますわ!」
一点の曇りもないその返事に、予想通りだったのか、それとも予想外だったのか、老人は必死に笑いをこらえている。
「くくくっ・・・そうか、つくづく面白いお嬢ちゃんじゃ・・・しかしな、世の中にはどうにも救いようのないクズもいる、そういう輩はどうするつもりじゃ?」
メリッサは老人の問いに答えようとしたが、それをジェイクが手をかざして止める。
「人は生きて行く上で罪からは逃れられませんが、罪の大小を計るのは人の範疇を超えています、よって裁きは絶対的な存在に委ねられるべきなのです」
待ってましたとばかりにジェイクは二人の会話に割って入った。
この手の禅問答はジェイクの大好物である。
「絶対的? ほ~う・・・ワシは長い事生きてきたが、そんな奴は見たことが無いな」
「神です」
ジェイクは恥ずかしげも無く答える。
「ぶはっ! なんじゃ、坊主は聖職者か何かか? ツレといい貴様といい面白すぎるぞ」
老人は思わず噴き出した、少なくとも信心深い人間ではないらしい。
「もう~、失礼ですよ笑うなんて」
「仕方有りませんですよ・・・僕だって神の全てを理解しきれていませんし、そもそもザダ様を認知するには、人間の器では不可能です」
「・・・かなり笑えん所まで行っとるな坊主」
教団の教義は、高次の存在であるザダに奉仕、帰依する事によりその血族として認められ、その内より新しく生まれることにより救済を得るとされている。
もちろん、それは比喩表現ではない、文字通り全身全霊を神に献上しその母胎へと回帰、魂と細胞レベルでの生まれ変わりを行う事が信者にとっての最上の救済である。
転生が約束された血族からしてみれば老いや死の恐怖からも解放される、蛇が脱皮繰り返すがごとく、ザダが不滅であれば自身もまた不滅となるからだ。
その力を蓄えるため、教団は日夜秘宝を探していると言っても過言ではない。
「僕の話も良いですけれど、そろそろ自己紹介してくれても良いんじゃないですか、ドーベルマンさん」
2人が言葉を失っているので、ジェイクは自分から話を切り出した。
「ドーベル・・・あら? 何時お名前を伺ったのかしら、ジェイクさん?」
「街を出たあたりから薄々感じてはいたんですけど・・・大きな鼻に瓶底メガネ、それに口ひげ、イグニスさんから聞いた通りの人相です」
「・・・この街じゃ、そんな奴はゴマンとおるぞ」
先導しながら無機質な返事を返す老人、しかし彼の背中には明らかに狼狽の色が見て取れた。
「だけど、貴方がドーベルマンさんだと仮定すると、アンチェインの住民に絡まれていた事も、山に向かって歩いていることも、偏屈な性格も、全部辻褄が合うんですよ」
「ふん、人に向かって偏屈とは・・・言いよるな坊主、意趣返しのつもりか?」
質問には答えずにただ怒りを露わにする老人、触れられたくない物に触れられた冷たい怒りをたたえながらも、足は静々と山の麓へと踏み込んでゆく。
「いえいえ、笑われた事も、笑えないと言われた事も、ぜ~んぜん気にしてませんよ」
「ジェイクさん・・・目が笑ってません・・・」
カーブル山には人工物はまるでなく、ただ踏みしめられた土がむき出しになっている林道の周りを針葉樹の高木が立ち並んでいる。
メリッサは思わず身震いした、先ほどまでと山中では明らかに空気が違う、日光は木々に遮られて周囲は薄暗く、日陰には溶け残った雪が薄っすらと残っている。
海岸では吹き抜ける潮風が2人を襲ったが、山では静かに蓄積した冷気が2人を歓迎した、風も無いのに体の真から来る底冷えに対抗するべく、メリッサはさらに猿酒を補充しようと瓢箪の栓を外した。
「まぁ、隠す事でもないか・・・いかにも、わしがドーベルマンじゃが・・・他所の人間が一体全体何の用じゃ?」
そこで老人は、ようやく自らをドーベルマンと認めた。
今回の調査は難航しそうな予感をひしひしと感じながらも、ジェイクは笑顔を保ったまま話を続ける。
「アンチェインの神が残した秘宝について、山に住んでいる貴方に詳しくお伺いしたいと思いまして」
「ふんっ! わしがそんなおとぎ話を信じとるとでも?」
頑なに質問に答えようとしないドーベルマン。
小馬鹿にしたような態度にジェイクの眉間にシワが寄る。
「では何の理由も無く危険な肉食獣のいる山に住んでるんですか? 人に会いたくないだけなら他にもっと良い場所がありますよね?」
「・・・坊主、さっきの礼代わりに良い事を3つレクチャーしてやろう」
会話のキャッチボールをする気がないのか、ドーベルマンは質問を無視して一方的に山道を登りながら右手の指を三本立てる。
「1つ、狩りをする時にはな、馬鹿正直に真っすぐ追いかけても捕まらんのよ、息を殺して逸る気を抑えてな・・・確実に仕留められる距離までにじり寄るのがコツじゃ」
ジェイクの眉間のシワがさらに深くなる。
「・・・・・・・・・すみません、ちょっと失礼」
暗に聞き込みはもっと上手くやれ、と言っているのだと受け取ったジェイクは素直に話を聞いておくべきか(ドツバ流)の聞き込みをするべきかしばし悩んだが、後方から呑気な鼻歌が聞こえている事に気づき、頭に上り詰める血液を抑え込んだ。
「メリッサさん、僕も一杯もらっても良いですか?」
「えぇ、どうぞ~」
ジェイクが差し出したコップにメリッサは喜々として猿酒をお酌すると、それをジェイクは一気に飲み干す。
舌から喉を通り抜け、胃に到達したそれはまさに燃料そのものだった、冷え切った体に火をともし、沸騰寸前の脳を沈静化、凍える指先から足先まで狭まった血管を押し広げながら血液がエネルギーを循環させる。
「続きを・・・お願いしても良いですか?」
子供から成長する過程で、誰もが自分を中心に世界が回っていない事に気づく、欲しい物が手に入らない、自分の事を気にかけてくれない、我がままを聞いてくれない。
そしてその痛みこそが、人を大人に変えてゆく。
「おぅ、次はな・・・大事な話は道端でするもんじゃない」
「それには僕も賛成です」
しかし、痛みに耐えるにも限界は来る、だからこそ人は成長するにつれ酒の味を知り、歌を覚え、苦楽を分かちあう友を求めるのかもしれない。
それが傷を癒し、痛みを忘れるための術であると先人達から学ぶのだ。
「最後に、あそこが、わしの家じゃ」
顎をしゃくった先には古びたロッジが見える、多少古ぼけてはいるが、作りはしっかりとしていた。
ジェイクの我慢が功を制したのか、それとも最初からそのつもりだったのか、ドーベルマンは邪魔の入らない所で秘宝の話をするつもりらしい。
そうだ、それなら何も問題はない、口が開いている内は好きに喋らせておけば良い、二枚貝のように固く口を閉ざしたときこそ、ドツバ流の使い時だ。
「お邪魔しても良いですか?」
「勝手に上がれ・・・所で坊主、さっきのは酒か?」
「はい、旅先で頂いた猿酒です・・・ちなみに、僕は成人してますよ」
「どうだかな・・・まぁ良い、そういう事にしておいてやる」
坊主扱いされているジェイクは念のためにと一言付け加えるが、ドーベルマンは懐疑的な胸中を隠そうともしない。
ここまでくれば逆にすがすがしいと言う物だ、もう2人も彼の対応に慣れ始めている。
ドーベルマンの自宅は山の斜面に建てられた物置小屋を改築したもので、元々人が住むことを想定していなかったためか、近くで見るとかなり狭く、部屋も窓も1つきりでトイレも風呂も無く、手作りの無骨な煙突が僅かに煙を出している。
ドーベルマンは扉についている南京錠を外すと、甲高く軋む扉を開けて無言で中に入っていった。
「失礼します」
一歩踏み込んだジェイクは稲妻のような衝撃と共に我が目と鼻を疑った、室内の床という床にこびり付いた油絵具に家主の体臭、加えてホコリとカビと暖炉の煤の匂いがミックスされた吐き気を催す極彩色の悪臭が待っていた。
「何だ貴様等、入るならさっさと入って扉を閉めんか、寒くてかなわん」
ドーベルマンは顔色一つ変えず消えかかっている暖炉に薪をくべる。
ジェイクの脳裏には何故かフグの毒は本人を殺す事ができないという話が浮かんだ。
「う・・・わ、ワタクシ少し気分が・・・」
メリッサのメンタルと鼻はこの世の物とは思えない刺激に耐えられないようで、ハンカチで口元を必死に押さえてはいるものの、青い顔をして今にも倒れそうだ。
「外で待っててください、僕が話しておきます」
ジェイクは懐から金魚の餌袋をメリッサに手渡すと、重い足にムチ打ちながらドーベルマン宅に入り直し、扉を閉めた。
「うん? 嬢ちゃんはどうした?」
「野暮用です」
ジェイクはスッパリとそれだけ言い切ると、右手の(門)から紫色をした葉の束を取り出し、まとめて暖炉の中に放りこむ。
海水に濡れた大葉が火に炙られ音を立てて縮むと、真っ白な煙が沸き出して来た。
「おい坊主、家主の許可も無く暖炉に妙な物を入れるんじゃあない」
「妙な物じゃありません、お香です」
「お香? そんな気取ったモンいらんわい」
ドーベルマンはお香が気に入らないようだが、紫の葉はバッカニアの漁師達が魚の生臭さを取る為に常用している物だ。
「ドーベルマンさん、早速ですが聞きますよ」
「何じゃいきなり不躾な・・・」
「最後にシャワーかお風呂入ったの、何時です?」
部屋中にお香の煙が漂い始めているが、それでもジェイクは臭いに耐えかね、袖で口元を抑えている。
「・・・・・・さぁな」
「部屋の掃除とか、服の洗濯は?」
「忘れた」
ぶっきらぼうに言い捨てると、ドーベルマンはジェイクに背を向けてイーゼルの前に鎮座している丸イスへと腰掛けた。
「貴方、絵描きですよね?」
「一応な」
気の無い返事をしながら、紙の上に木炭を走らせるドーベルマン。
「僕の家も決して褒められた物ではありませんが・・・少なくとも地元のたい肥場よりはマシだと思ってますし、そこより酷い所があるなんて考えた事もありませんでした・・・ついさっきまでは」
「・・・何が言いたい」
どこか棘のある言い方に、ドーベルマンも語気を強める。
「世間からの目を変えたいと思っているならば、貴方が握るのは絵筆ではなく、まずバケツと雑巾です」
「何じゃ一丁前に・・・ワシに説教するつもりか?」
そこでようやくドーベルマンの手が止まった、彼はジェイクが秘宝についての話をする物だと考えていたようだが、どうやら当てが外れたらしい。
「このまま同じことを続けていたら、例え神の秘宝が手に入ったとしても、何も変わりませんよ」
「生意気な口を叩くな、だいたいワシがいつ宝を探しとるなんて言った?」
売り言葉に買い言葉とはこの事か、ジェイクは秘宝のためにここまで来たというのに、何が彼をこのような行動に駆り立ててているのか、このままでは秘宝への道は遠のくばかりである。
しかし、彼の目的は別にあった、それはもっと重要な事だった。
「探しているんでしょ、ずっと・・・それさえあれば名誉を取り戻せると思っているんでしょう?」
「・・・・・・・・・」
図星を突かれたばかりか容易く強がりを看破され、ドーベルマンは押し黙り、木炭を握る手は何かに耐えるように小刻みに震えている。
「人間はまず見た目、それから人となりです・・・いかに優れた者でもそれを欠いた人間に惹かれる人なんていません」
「だったら何だ? ワシにどうしろと言うんだ! 貴様のような小僧に何ができる、今すぐワシの過去を無かった事にできるとでも抜かすのか? あぁ!?」
ついに抑え込んでいた物が爆発したのか、木炭をまるでナイフでも握っているかのように振り回し、ジェイクへと向けるドーベルマン。
神々の秘宝を求めて山に籠っている事も、かつての栄光を求めている事も、そしてそれが上手くゆかず、孤独に苛まれていることも、彼はようやく認めた。
それはジェイクに対しても、自分に対してもそうだ。
自分の弱さに目を背け続ける事に慣れてしまった彼は、いつしか自分の内をさらけ出す事に恐怖を覚えていた。
だからこそ他者を遠ざける言動を繰り返し、後ろ指を刺される事になったのだ。
「それは無理ですね」
きっぱりとジェイクは言い切る。
「ふんっ! どうせそんな事だろうと・・・」
「しかし、それは過去の話です」
そしてジェイクはドーベルマンの言葉を遮り、こう続けた。
「今を変える事ならば、できますよ」




