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波濤揺蕩う神殺し  作者: 韋駄天
名も無き島と神喰らい編
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悪夢

ひどく暗い洞窟、その地底湖の前で年老いた男が祈りを捧げていた。


光源は壁面に張り付いている得体のしれない藻と、僅かな燭台のみ。


太陽も月も見放した空洞で彼は毎晩そうしていたが、その静寂は唐突に打ち破られた。


「どうか、どうかお願いします司教様!」


不格好な扉を開けて現れたのは、一人の年若い女性とその手を握る小さな子供だった。


二人とも司教と呼ばれた老人と同じ、藍色のローブを身にまとっている。


「はて、こんな夜更けにどうかなされましたかな?」


「この子を洗礼して頂きたいのです、この子をあらゆる災厄からお守りください」


そう懇願する女性は、老人の前へと子供を差し出した。


まだ年端もいかぬ、小さな子供は、取り乱す親のことなどまるで気に留めていない。


ただ、まっすぐ老人をその澄んだ瞳で見上げるのみ。


「ほっほっほ、信心深いのは結構・・・しかしよろしいのですかな? たしかに神の祝福を授かることはできましょう、ですが引き換えに神への忠誠と信仰にその身を捧げることになる、彼自身が判断する時までお待ちになってはいかがかな?」


「駄目です、こうしている間にもこの子にどんな不幸が降りかかるのか、私は考えるだけで恐ろしいのです」


老人は何とか落ち着かせようと努めるが、女は涙ながらに何度も何度も祝福を受けようと懇願した。


話を聞く耳をもたない相手である事に、老人はどうしたものかと困り果てる。


何故なら、彼女がここまで必死になる理由を、彼は知っているのだ。


「んん・・・たしかにマイケルさんの事は私も残念でしたが、そう焦らずとも・・・」


「お願いします!」


司教は痩せて皺だらけの頬を撫でながら考えあぐねているようだったが、あまりの訴えように根負けしたのか、やがて首を縦に振った。


「・・・解りました、では外でお待ちください、私が呼ぶまで絶対に中に入ってはなりませんよ」


「何故です?」


女は子供を抱きしめて尋ねる。


暴走してはいるものの、その子供に対する愛情は本物のようだ。


「洗礼はザダ様直々に祝福を与えます、ですが・・・その御身は人知を超えたもの、人間の理解を超えた存在、それゆえに直視すれば脳が壊れ廃人と化すのです、教会にある彫像はいずれも人間用にザダ様を形どった偶像にすぎません、太陽のように、あるいは海原のように、無限の恵みを施しながら、か弱いものは身を寄せるだけで破滅する、それが神なのです」


「・・・わかりました」


女性は子供を一人にするのが嫌なようだったが、しぶしぶと了承した。


「大丈夫すぐに終わります・・・君、名前は?」


「・・・ジェイク」


ぽつりと、小さなジェイクは名乗った。


母親が外に出てゆき、1人残されたにも関わらず、彼は動揺している様子は無かった。


同年代の子供なら、親がいなくなれば心細くなったり、離れる事を嫌がるものだが、彼は違った。


まるで自分に起きる全ての出来事を受け入れる覚悟を持っているようだ。


「ジェイク! なるほど良い名前だ、ではジェイク君、少しの間目隠しをさせてもらうよ、心配ない、君は何もしなくていい、じっとしていればすぐ済むからね」


そうして老人はジェイクに布で目隠しを施す。


視界を閉ざされた彼は、残された五感である耳をそば立てて、周りの状況をぼんやりと知る事しかできない。


「○○○○○○・・・○○○○○」


それからしばらくの間、ジェイクは司教が唱える水中の泡のような声を聴き続けた。


そうしている内に彼は自分が海の中にいるような浮遊感、圧迫感を覚える。


教会の空気も静かで落ち着いたものから、何かが全身にまとわりつくような重たいものに変わる、泳いでいる間に海藻が絡みついているかのような、そんな不快な空気へと。


「○○○? ○○○○○○!」


その時、司教の様子が変わる、彼の言っている言葉は解らない。


だが、司教が何か焦っているような、慌てているような、そんな響きだった。


「ひっ!」


ジェイクの全身を寒気が襲う。


突然、(それ)は現れた。


巨大な何かが目隠しと彼の瞼を挟んだすぐ近くで、青白い光を放っている。


(それ)を知りもしないはずなのに、何故かジェイクはそれが恐ろしくてたまらなかった。


人間が歩き回っているだけでも、足元のアリにとっては命の危機であるように。


あまりにも存在として巨大な(それ)の脅威をジェイクは感じ取った。


「○○○!○○○○!」


とてつもない恐怖に襲われ、ジェイクはヘビに睨まれた蛙のように動けない、半開きの口から呼吸しようとしても全身がいう事を聞かない、体中が恐怖で機能不全に陥っていた。


発光したそれはもう目の前まで来ている、目隠しをしているはずなのに、眩しくて仕方がないほどに。


そして(それ)はついに、ジェイクの頬に・・・そっと触れた。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


ついに恐怖が限界を超えたジェイクはパニックを起こし、悲鳴を上げる。


何も考えられず、目隠しを取って逃げ出そうとしたが、何かがそれを邪魔した。


「駄目だジェイク君!まだ取ってはいかん!危険だ!○○○○○、○○○○!」


司教の声だった。


しかしジェイクの手を握っているのは得体のしれないぬるぬるとした太い物体だった。


ヘビのようにまきつくそれは、彼の両手を拘束し続けている、その間も司教は(何か)と必死に話し続けているようだった。


だが、事態はすでに取り返しのつかない所まで転がっていた。


「ジェイク、どうしたの? 何かあったの!?」


「いかん!まだ入ってきては・・・」


全てが、手遅れだった。


我が子の悲鳴を聞いたジェイクの母が、教会の扉を開けて中に入ってしまったのだ。


そしてジェイクは、何かが床に倒れる音を聞いた。


「お母さん!?」


返事は帰ってこない。


運命はさらに転がり落ちてゆく。


ジェイクを掴んでいた何かが緩んだのだ、彼はその事がわかってしまった。


彼の細い腕は拘束していたモノをすりぬけ、ついに目隠しを外してしまった。


「し、しまった! ジェイク君、見てはならん!」


ジェイクは目の当たりにする、頭が赤く肥大化し、両手と顎から無数の触手を生やした司教の姿を。


しかし、もはやそんな事は問題ではなかった。


(それ)は司教のすぐ後ろにいた。


それは、それは、それは、それは、それは、それは、それは、それは。

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