時は流れ 日は没する
「ふぅん・・・神秘術も万能ではないのですね」
「はい(門)は僕の身体に直接、もしくは海水のある所でないと造れません」
「ハムッハムッ この魚 美味い」
2人と1匹は岩陰で焚き木を囲んでいた。
澄み切った空には月と星が彼等を見下ろしているが、周りに光源は一切ない、穏やかなさざ波の音と、集めた枝が燃える音が何とも言えぬ旅情を感じる。
これで食事が豪華ならばいう事無しなのだろうが、残念ながら焼き魚だけの夕餉は御世辞にも豪華とは言えない。
「そうなるとグルグルの足元に造るといった事も・・・」
「潮だまりがあれば別ですが、何もない所には無理です」
食事をしながら2人と1匹は必死に知恵を出し合っていた。
グルグルに勝つためには、全員が一丸とならなければ勝算は無い。
「そうなると難しいですわね、海水を運ぶにしても、水のある所は警戒されるでしょうし・・・」
だが、その道は予想以上に険しい物であった。
ジェイクとメリッサは何度か建設的な意見を出す事もあるが、どれも決定打になりえる物ではない。
それを発案できなければ、神の力を持つ怪物を屠る事などできない。
「大丈夫」
「何か良い作戦がありますか、師匠?」
会議が暗礁に乗り上げたタイミングで、バオバオが何か思いついたらしく、意見を出そうと食事を中断した。
「皆で 囲んで 殴る」
思わず力が抜けるジェイクとメリッサ。
それができれば苦労は無い、と突っ込みたくなる所だが、バオバオの頭脳が頼りにならないのはすでに2人とも承知している。
「皆と言っても、ワタクシ達は3人」
「それに僕、体術の心得はないですよ」
「ウホホ そうか ング ング」
2人の愚痴などどこ吹く風といわんばかりに猿酒を飲み、大いに喰らうバオバオ。
彼の肉体はおろか、精神すら縛られるものはないらしい。
そんな彼が慕う(神様)とは一体どんな神なのか、ジェイクは俄然興味が沸いて来るのであった。
「大丈夫 バオバオ もう 1人ぼっち 違う 友達 一緒 絶対 勝つ」
まるで根拠の無い自信と理念で語るバオバオは、自分の考えが当たっていると信じて疑わない。
彼は神という大切な物を失っているはずだと言うのに、何故こうも明るく振る舞えるのか、ジェイクは不思議で仕方が無かった。
「すごい自信ですわ」
「僕は不安で仕方がないんですよ・・・」
だが、ジェイク達は1つだけ勘違いをしていた。
彼にとって(神)とは単なる友達である。
バオバオは信仰のためでは無く、友情とかたき討ちの為にグルグルと対峙しているのだ。
彼の精神の支柱とは、思い出と喉を滑り落ちてゆく酒である。
「ジェイク 不安? 猿酒 飲め 勇気 みなぎる」
バオバオが差しだした瓢箪を、ジェイクはじっと見つめる。
日中は断ったが、手詰まりとなった今こそ酒の力を借りる時なのかもしれない、彼はなんとなくそう感じた。
「こうなったら僕もバオバオさんのように、腹を決めるしかないですね・・・一杯だけ頂きます」
「いいぞ 飲め 飲め」
ジェイクは自分のカップに猿酒を注いでゆき、乳白色の液体を一気に飲み干した。
子供が飲むジュースのような甘味の後に、口内から喉、胃袋、最後に脳へと猿酒のアルコールが電流のような衝撃を与えてゆく。
「・・・たしかに効きますね、これ」
「ウホホ これで ジェイクも 友達」
バオバオは杯を交わしたジェイクとの間を友情を感じたらしい。
遠慮のない、それでいて一切の屈託のない、真っすぐな言葉に、ジェイクも悪い気はしなかった。
それ所かあまりの清々しさに、軽く嫉妬すら覚えるほどだ。
「むぅ・・・簡単に言いますねぇ、そんなに簡単に友達なんて作れるものじゃあ・・・」
目が覚めるような酒気の後に、深い眠りへと誘うような酔いがジェイクにやってきた。
地上にいるはずなのに、海を漂っているような揺らぎ、体内から湧き出る熱はとうの昔に忘れた母の腕に抱かれているような温かさ。
ジェイクが今まで飲んできた如何なる酒とも違う、不思議な感覚だった。
「友達 作る 違う 友達 なるもの 猿酒 飲めば 楽しくなる 一緒に 楽しい これ 友達」
「ウフフ、という事はワタクシとジェイクさんも、これでお友達ですわね」
メリッサもかなり酔いが回ってきているのか、随分とバオバオ寄りの思考になっている。
むしろ、この島においてはジェイクの方が異端と言えよう。
「わかるような・・・わからないような・・・」
体中の毒素が抜けてゆくような心地に、瞼が重くなってくるのをジェイクは感じる。
これが(神様)の力なのだろうか。
「ウホホホ~ホ! 友達に 乾杯!」
「かんぱ~い!」
「zzz・・・」
かくして南国の夜はふけてゆく、いつもより少しだけ賑やかに。