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97話 ミルピィ、髪を切る

 引き籠って悠々自適な生活を送り続ける毎日。

 遠征拠点と比べ、アジトのなんて快適なことか。同じ洞穴なのに。やっぱり部屋があって家具が揃っていると違うね。


 でも、遠征拠点にも良いところはあった。ほぼ唯一と言ってもいい。

 温泉だ。あれは良かった。毎日入り放題。でも、僕は町の宿に数日泊まったりして、あんまり入れなかった。


「団長、身体洗ってー」


 夜、お湯で絞ったタオルでは物足りなくて団長の部屋を訪ねる。


「自分で洗いなさい?」

「背中、背中だけでいいから」

「それくらいならいいけど……」


 もともと、背中を洗ってもらうつもりだった。

 最初に高い要求をする詐欺テクを使って許可を貰い、服を脱ぐ。

 上着を脱ぐと、今日は結んでいない髪の毛がばさりと広がり背中を覆い隠した。


「あなた、また髪伸びたんじゃない?」

「んー、後ろは整える程度にしか切ってないからねえ。そういう団長もだいぶ伸びてきてるよ」

「長いのも面倒だけど、切るのも面倒でね……」


 女としてその発言はいかがなものか。

 よし、切ってあげよう。もともと、団長の髪を切ろう切ろうとは思ってたんだ。最近忙しくて機会がなかっただけだからね。

 でも、今日は遅いから明日かな。



=====



 団長の散髪をするべく、道具を用意する。

 ハサミと櫛と、広い布を二つ。敷く用と体を覆う用。あと鏡も。


 それらを持って、団長の部屋に向かう。さっき昼ご飯で会ったときに伝えてあるから部屋で待っている筈だ。


「あ、青空ちゃん」

「げ、あらた君……」


 自室を出てすぐ、あらた君に出くわした。

 彼は神官から盗賊にジョブチェンジして服装も簡素なズボンとシャツになっている。いや、別にステータスが盗賊になったわけじゃないけど。


「やっと名前を憶えてくれたんだな」

「別に、意識して憶えたわけじゃ無いけど。あと、青空ちゃん言うな」

「あおちゃん? それともそらちゃん?」

「そらちゃん呼びが多かったかな。あとナナちゃんも……いや、その名前使わないでって意味」


 那々木ななき青空あおぞら。僕の名前は何かと略しやすい。

 でも、同じ日本人にミルピィ呼びされるのもそれはそれで嫌だな……。

 ちなみに、僕が彼の名前を憶えたのは本意ではない。別に憶えたくないわけじゃないけど。

 彼のことや彼の創製物を解析しまくった結果、記憶に刷り込まれたのだ。彼の創った物を解析すると作成者アラタ・クツヌギって出るんだよね。そもそも作れるの彼だけなんだけど。

 人の名前が憶えられない僕でも、それだけ頭に入ってくればお札に書かれた人物のように自然と記憶に定着された。一万円札の人、みたいな感じで。


「じゃあ僕、忙しいから」

「何か用事か?」

「団長の散髪という、大事なお仕事が入っている」

「言うほど大事か……?」

「男には分からないんだよ。あ、あらた君も髪切りたくなったら僕が切ってあげるよ。立派な盗賊に見えるようにしてあげる」

「そんな髪型は嫌だ」


 モヒカンは嫌かね?

 まあ、彼は盗賊じゃないから普通に町に入って床屋に行けばいいか。というか、アジトに住まなくていいんだよ? 一緒に付いてきた流れで居着いてるけど、君は別に身内じゃないから。


「そうだ、俺明日町に行くんだがどうする?」

「どうするって?」

「いや、付いてくるか?」

「……そもそも何しに行くのさ。宿探しなら付き合ってあげてもいいけど?」

「寝床ならここで十分だな。そうじゃなくて、教会から頼まれていた聖女の様子を見に行くんだ」

「聖女の?」


 あの人なんかやったの? ええはい、いつかやると思ってました。


「うちの聖女、本来なら数日で終わる仕事で何か月も帰ってきていないんだ。連絡は来ているんだが、なんでも治癒の依頼をしてきた領主が聖女の治癒に文句を言ってきているらしい」


 ん?

 それ、もしかして聖女を連れ戻そうとしてる?

 確かに仕事であの町に来ていたのにやたら長居しているとは思っていたけど、ついにサボりがバレたのか。

 それなら協力するのもやぶさかではない。


「わかった、明日ね。僕も行くよ」

「お、断られると思った」

「サボり聖女とは知り合いだからね、僕も連れ戻す説得に協力するよ」

「え、なに。聖女様サボってんの?」

「いっつも暇そうに冒険者ギルドで寛いでるよ」


 我が物顔で冒険者ギルドに居座る聖女。意味不明である。しかも軽く変装していたりする。


「マジか……。うちの聖女様、一年先まで治癒の予定詰まってるはずなんだけどな……」

「そうなの?」


 まあ、【治癒】って冷静に考えて超レアスキルだしね。スキル持ちは感覚的には学校のクラスに一人いるくらいの確率だ。それでいて、有用なスキルで十全に使いこなせる者となると学校に一人いるかどうかくらいになる。いや、僕の感覚での話なんだけどね。

 そんな中、需要が尽きることのない治療のスキル。教会もそりゃ最大限利用するよね。


「聖女はボイコットするし、神官は盗賊になるし、教会終わってるね」

「俺の職業は神官のままだぞ」

「そういえば君、義賊討伐の依頼受けてたじゃん? あれ無視して大丈夫なの?」

「荷物取りに戻ったときに男爵にはもう義賊は現れないと伝えておいた。証拠無いし多少の勘繰りはあるだろうが、俺も正式な依頼を受けたわけじゃ無いし、本当に義賊が出ないと分かれば何も言えないさ」

「え、じゃあ僕のクラウド君もう出せないじゃん」

「別によくね。……駄目なのか?」

「まあ別にいいけど」


 クラウド君、結構作り込んだのに出番終わるの早かったな……。彼は遠征中限定のイベントキャラだったのだ。まあ、使い捨てるための幻術さー。

 さて、立ち話はこれくらいにしないと団長が待ちぼうけしちゃう。


 あらた君と別れて、団長の部屋へ。


「団長来たよー」

「遅かったわね」

「あらた君と立ち話してて」


 早速散髪の準備。手際よくシートを敷いて椅子に団長を座らせ、首から下を布で隠す。


「お客さん、なにか要望はございますか?」

「邪魔にならない長さがいいわね」

「団長はある程度長い方が似合ってるって。伸びた分切るくらいにしておくね」

「まあ、ミルピィに任せるわ」


 チョキチョキとハサミで小気味いい音を鳴らしながら髪を切っていく。

 細かい作業は何かと【解析】頼りな僕だけど、今は特に使ってない。別にスキルを使わなくても僕は手先が器用な方だ。縫い物とか普通にやってるし。

 別の髪型に変えるとかだと完成イメージを【解析】で見ないと難しいけど、このくらいなら自分の感覚でいける。でも、切り過ぎないように慎重にね。


 ちょき、ちょき……。


「よし、これでいいかな。どう?」

「いいんじゃないかしら。ありがとう」


 さわさわと自分の髪を触る団長。切る前と比べて幾分かさっぱりしたと思う。

 団長を覆っていた布を外し、切った髪を纏める。


「そうだ、ミルピィの髪も切ってあげる」

「団長が?」

「ええ。後ろとか自分では難しいでしょう?」


 確かに、荒れた毛先を切って整えるくらいしかしていない。

 まあ、少し短くするくらいなら事故ることもないだろう。お願いしようかな。


 言葉にしようと口を開いたとき、団長が取り出したものが目に入って一瞬音が出ずに息が漏れた。


「団長? なんでナイフ出したの?」

「髪を切るからよ。私ハサミって使い慣れてないのよね」


 ……遠慮した。

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