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96話 お休み

「副団長さぁん、あーそーびーまーしょ。副団長さぁーん」


 コンコンコンコン扉を叩く音と共に甘ったるい少女の声が聞こえてくる。


 遠征を終え、本拠点のアジトへ帰ってきた。

 遠征の成果は上々、冬越しの準備金としては十分な稼ぎを得ることができた。


 それと、成果と言えるのか分からないが、奴隷少女を連れ帰ることとなった。結局、遠征中に首輪を外せなかったのだ。

 あと、なんか神官君ことあらた君も一緒に付いてきた。こっちの街に用事があるとか言っていたが、アジトに戻って数日経った今でもうちに居座っている。

 

 そして、僕は満を持して引きこもっていた。


「いーやーだっ。僕は今日、部屋を出ない!」

「そう言ってもう三日じゃないですかぁ。私もっと副団長さんとお話ししたいですぅ」

「ミルピィ様はこれからお昼寝なの。おねむなの。君に構ってる暇ないの」

「お昼寝ですかぁ? 良いですねぇ、お付き合いしますよ?」

「いや僕、一人じゃないと眠れないから。今すっごく眠いから」

「えー」


 一人じゃないと眠れないというのは嘘。僕は人肌の温もりで眠くなる無防備体質だ。

 眠いのは本当。遠征から数日経っても未だに疲労が抜けきらずにいる。


「じゃあ僕もう寝るから」

「ざんねん……おやすみなさぁい」

「おやすみ」


 奴隷少女が引き下がったことを確認して、ドアの前を離れる。

 ちゃんと諦めさせてからじゃないと勝手に入ってくる可能性があるからね。許可無く入るなと言ってあるけど、このドア鍵ないし。


 ふわぁ……あくびをしながらベッドに向かう。


 ズキリと、右腕に激痛が走る。


「――ぅっ!?」


 不意の痛みにバランスを崩して転んでしまった。宙を泳いだ左手が当たり、椅子が倒れる。


 ズキズキズキズキ……幻痛だ。怪我なんてない。

 あの日、僕は重傷を負った事実を幻に追いやった。重傷は偽りとなり、現実は虚像と入れ替わった。

 ただ、重傷を負ったという幻は強烈に僕の意識下に残り、時折痛みを錯覚するようになってしまった。とはいえ、所詮は幻であり、暫くすれば何事も無かったかのように痛みは消えるし、そのうち幻も薄れて幻痛もなくなるだろう。


 錯覚を錯覚で消すことはできない。これは後遺症であり、【虚像】スキルの暴発なのだ。

 今はただ、耐えるしかない。


「あのぅ、大丈夫ですかぁ?」

「ぅ、ぁ……え、なんで……」


 目の前で、奴隷少女がしゃがんで僕の様子を見ていた。


「部屋の中で凄い音がしたから心配になってぇ……。ほんとに大丈夫ですかぁ? 凄く顔色悪いですけど……」

「うぅ……大丈夫だったらこうなってない……」


 泣きそうになるのを堪える。

 いつもだったら泣きながら世界の理不尽さを呪うのだけど、今は奴隷少女の前だ。


 ……というか、顔色?


 あっ、部屋の中だから仮面付けてない……。


「その腕、痛むんですかぁ? よしよし、痛くない痛くない……」


 むぅ、頭撫でるなぁ……。



=====



「僕さぁ、許可なく部屋に入るなって言ったよね……?」

「まあまあ、非常事態ってやつですよぉ」


 発作の幻痛が収まり、仮面を装備して冷静さを取り戻した僕は、奴隷少女を詰問する。

 とはいえ、今回の件であまり彼女を責めるのはどうかと思う。釘を刺す程度にね。


 でも、でもさ……はぁ。

 顔見られた。はぁ。僕の素顔を知る人間がまた一人増えてしまったわけだ。

 つい先日増えたばっかりなんですけどぉ。今まで団長とアレな聖女だけだったのに、今では5人。あらた君とおっさんと奴隷少女。おっさんは半ばノリというか、その場の勢いで……。


 まあね、別にそんな必死に隠しているわけではないんだよ?

 ただ、団長くらいしか知らない情報だったから自然と機密度が上がっただけで。一応、【虚像】が他者の認識を映しとることから、等身大の自分の姿を晒すと虚像を纏いにくくなるというデメリットは存在する。まあ、どっちみちしょっちゅう臥せっているせいで力強い虚像は難しいんだけどね。

 ドラゴン戦ではあらた君が僕のことを過大評価していたみたいで結構な出力だったけど、今同じようにやってもあの時のようなフィジカルは発揮できないだろう。


 うん、別に顔見られたって大した問題じゃないよね。聖女と違って身内だし。今更一人や二人増えても関係ないって。


 何とか思考を上向かせ、グチグチモード終了。


「それで、何して遊ぶの?」

「あれ、付き合ってくれるんです? 身体辛いなら諦めますけどぉ」

「お陰様でよくなったから、相手してあげる」

「それでは、猥談でも「却下」――雑談でもしましょう」


 お喋りくらいなら、部屋でのんびりできるし構わない。


「副団長さんはぁ、団長さんのことどう思ってるんですかぁ?」

「えぇ? 団長はとっても大事だよ? それ以上は言えないなぁ」

「団長さん、凄い美人ですよねぇ。副団長さんもですけど、こんなところに住んでいるのに髪とか綺麗ですしぃ」

「うんうん、団長はこのむさいアジトの清涼剤だからね。団長、結構いろいろ仕事してるんだけど、手荒れとかも無いし綺麗な肌してるんだよ? 髪はね、前はちょっと荒れてたんだけど、僕が用意したトリートメントを使ってから手櫛もよく通るようになったの。今はちょっと伸びているかな。僕としてはもっと伸ばしてもいいと思うんだけどね。ああ、団長の散髪も僕がやってるんだよ」

「理想的な女性ですよねぇ。私、同性もイケるんですけど、団長さんいいですよねぇ」

「団長は僕のだから手ぇ出したりしないでね。いやホント」

「ええー。別に付き合ってるわけではないんですよねぇ? それとも、実は進んでいたり?」

「ふふっ、団長のファーストキスはミルピィだよ。もう唾つけてあるから。諦めて他行って」

「んー、それじゃあやっぱり副団長さんですかねぇ。副団長さんって、なんでお面してるんですかぁ?」


 それじゃあやっぱりってなんだ。団長駄目だと僕に来るの?


「素顔を隠すためだよ。スキルに影響するの」


 一割くらい本当。

 残り九割は僕のコミュ障が原因。


「スキルですかぁ……。副団長さんのスキル、何度か見てますけどいまいちピンと来ないんですよねぇ」

「いろいろできるからね」

「でも、スキルが理由とは言え、可愛い素顔を隠してしまうのは勿体ないですよぉ」

「もう、団員の殆どが僕の素顔を知らないんだから、あんまり軽々しく話さないでね?」

「え……?」


 奴隷っ子は目をぱちくりと瞬く。

 みんな知ってると思っていたのか。知らないよ。団員はみんな自分の上司の顔知らないよ。


「それって、弱み握っちゃいましたぁ?」

「うぐっ」

「わーい、副団長さんの弱みげっとぉ。何してもらおうかしらぁ」


 僕は何かを言われる前に、引き出しの中から小瓶を取り出した。

 それを差し出す。賄賂は大事。


「これ、僕も使ってる高級なトリートメントなんだけど……どうぞ」

「ええ、いいんですかぁ?」

「うんうん、君も女の子だからね」

「わぁい、これでモテモテですぅ」


 君はもう十分モテモテだよ。最初は子供部屋で他の子と一緒に寝てもらおうと思っていたけど、それが理由で彼女の部屋を新たに用意したくらいだ。

 トリートメントで機嫌を良くした奴隷少女にもう眠いからと話を打ち切り、部屋を出てもらう。


「ふあぁ……」


 実際眠い。痛みの感覚も完全に抜けたし、お昼寝しよう。

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