95話 りざると
仮面のちび義賊が倒れる。
ナイフを構えていたが、限界だったのだろう。
意識も失っているようだ。今なら、簡単に仮面を外すことができる。
しかし、俺より先に仮面義賊に近付く影があった。
「なあ、神官様よぉ、今回は見逃してくれないか?」
仮面の連れだった男だ。ガタイのいい中年で、背格好から二人は親子のようにも見える。
先程まで影部屋に入っていたはずだが、外の様子を察知して出てきたようだ。
「なんとなく話は聞こえていたんだが、同郷だか知り合い? 知らねえが、旦那と協力したいなら、苦しめないでくれないか?」
「こっちだって必死なんだ。一年近くかけて、やっと見つけたかもしれない同郷なんだよ……」
「それは旦那だって同じはずだ。ようやく現れたお前が、そんな強硬な態度だったら警戒すんだろ」
「でも、それは……」
「お前にどんな理由があろうと、こっちは立場の弱い存在だ。逃げるしか選択肢はねえんだよ……」
男は仮面義賊を優しく抱えると、「旦那……」弱々しく声を掛け、反応が無いことを確認する。
浅いけど荒い、そんな呼吸が聞こえてくる。容体はよくなさそうだ。
「お前らが何者だろうと、一切の危害を加えないと約束する。義賊だろうが逆賊だろうが、見逃す。これでどうだ?」
「お前……義賊退治の依頼を受けてるんじゃなかったか?」
「同郷がいるなら話は別だ。優先順位がまるで違う」
男は一度口を閉じると、俺の目を真正面から捉える。
目を逸らさないでいると、先に男の方が視線を外し、仮面の義賊を背負い始めた。
「うちの仲間に何かあったら、旦那はお前に協力なんかしないぞ」
「ああ……分かってるさ」
「付いてこい。仲間のもとへ案内する」
一応、信用されたのか……?
いや、仮面義賊の体調から俺と問答をする時間が無かったのだろう。
「少し待ってくれ、この竜を回収する」
「回収……? 仲間の安否が気になるんだ。早くしてくれ」
「ああ、すぐに済ませる」
【収納】スキルなら、巨大な竜の死体も回収できる。……勿体ないからな。
触れなければ仕舞えないため近寄る……ホントにデカいな。倒れているのに背中が見えない……あれ?
俺は竜の身体を登り、背中の上に立つ。
「何やってるんだ?」
「この竜、怪我してる。……俺らと戦う前のものだ」
背中から翼に掛けて、ざっくりと斬り傷ができていた。傷口はまだ新しい。
……そういえば、この竜は羽ばたきこそすれ飛ぶことはなかった。飛べなかったんだ。
「俺達は、弱った竜を相手にしていたのか……?」
ゾクリと、背筋に冷や汗が流れる。
これだけ深手を負っていてあれだけ苦戦させられたのか。そして、この竜に傷を付けたのは何者なのか。
=====
「ぅ……んぅ…………?」
「目が覚めた?」
意識が回復する。
僕は布を何重にも重ねた簡易的なベッドに寝かされていて、団長が寄り添っていた。
……めっちゃ身体痛い。でもそれより、団長無事だったんだ。よかった。
ゆっくりと身体を起こす。
仮面は付けたままで、服装も変わっていない。それなら、僕が寝ていた時間はそこまで長くはないはずだ。寝込んでいたなら団長が着替えさせただろうし。
「だんちょう~」
「ちょっとミルピィ……」
「会えなくて寂しかったよ~」
「……もう」
団長が無事で安心した。
あと、数日ぶりで恋しかった。
団長成分を補給するために寄り掛かって抱きつく。ぅえへへ……痛みが引いていくみたいだよ。
ぐりぐりと頬ずり(仮面を擦りつけているだけ)をしていると、仮面で狭まった視界の端に神官服が映り込んだ。
「…………」
そっと、団長から離れる。
……めっちゃ恥ずかしい。ついでに気まずい。
この場には、僕と団長の他に神官君とおっさんが居た。
言い訳をさせてほしい。いつも僕を看護するのは団長の役割だったから、寝起きに団長が居るというシチュエーションで二人きりだと錯覚してしまったのだ。
面子的に神官君と話し合いをしていたんだろうけど、寝ている僕を囲って会議するのはやめていただきたい。団長が僕の看護と会議の両方を取った結果なのは分かるんだけどさぁ。
「えっと、今どういう感じ……?」
顔が赤くなっているのを気取られないようにしながら、何事も無かったかのように尋ねる。仮面あってよかった。
「いくつか、取引の交渉中よ。彼の要求はミルピィのことだから、あなた抜きには進められなくて」
「へえ……」
周りを観察する。
場所は遠征拠点のようだ。竜災で拠点から逃げ出さずに済んだみたいだね。
おっさんはあの状況から神官君を連れてここへ戻ってきたのだろう。まあ、神官君を撒いて来るのは無理だっただろうから仕方が無い。
それで、団長と引き合わせて交渉中と。もしかしたら僕が起きるまでの時間稼ぎだったのかもしれない。
まあ、盗賊団なのは完全にばれちゃってるわけだし、ある程度相手の要求を呑むのはしょうがないだろうね。
「それで、君の要求は?」
「いくつかあるが、俺は同郷探しの旅をしていてな。お前がそうなのか確認したい」
「そもそも、なんで同郷を探しているの?」
「ああ、俺はある目的で呼び出されたんだが、呼び出されたのは俺以外に二人いて、その二人が何処に召喚されたか分からないとかふざけたこと言われたから探し回ってたんだよ。同郷なのが確定したらそこの事情も詳しく話す」
呼び出された……召喚……?
僕が気を失う前にも言っていたけど、もしかしなくても、僕がいきなり草原に放り出されたのはそれのせい?
僕と同じ境遇の人がこの神官君と、どこに居るのか分からないもう一人居る?
気になる。
ここで僕が同郷であることを明かすと、その目的というのに巻き込まれてしまうかもしれない。だけど、呼び出された目的さえ知らないでただ異世界で過ごし続けるのも安全とはいえない。異世界召喚をするほどの目的をスルーするのは後々自分の首を絞めることになるかもしれないのだから。
……覚悟を決めるか。
いざとなれば、皆で逃げればいい。元々僕らはアウトローだから、立場を気にする必要もない。
フードは脱げていたから、服の中に入れていた長い髪を外に出して髪紐を解く。
そして、仮面を外す。
「青空。那々木青空……それが僕の名前」
彼が何度も訊いてきた本当の名前を名乗る。
……うぅ、仮面を外すのはやっぱり慣れない。言葉が詰まらないうちに目を逸らして、続ける。
「――当たりだよ。僕は君の同郷だ」




