94話 本気出します
風の刃に対応しきれないから、勝機があるのは影部屋を出た瞬間くらいだ。そこで仕留められなければ行動解析していてもジリ貧で負ける。
"精神幻惑"
僕は強い右腕剛腕レーザービーム。
【解析】――【虚像】――【投擲】を解析、変質、最適化。
「おっさんは扉を開けて、僕たちが出たらすぐに閉めて」
「あ、ああ」
「神官君は僕の初撃に合わせて扉の外に」
「分かった」
「行くよ」
僕がマジックアイテムのナイフを構え、合図とともにおっさんが扉を開ける。
フルパワーで投擲!!
【解析】と【虚像】の合わせ技でちょっと弄った【投擲】は、コントロールを捨てて、身体的限界も度外視している。
更に僕は虚像を纏い身体能力を上乗せしている。限度はあるけど、虚ろに近い右腕はかなり強化できた。
天井にある扉へ向けて投げたナイフは、ドラゴンの頭――より遥か上をもの凄い速さで通り抜けていった。
反射神経のいいドラゴンは、頭の上を通り抜けた物体を追って上を見上げる。その隙に神官君が飛び出し、一撃。
「おらあ!!」
斬り付けた剣は、剣の重さを自由に変えることができる創製物だ。
インパクトの瞬間に重くして、威力を上げることができる。
胴体を斬り付け、ドラゴンは血を散らしながらノックバックした。その間に僕も扉から出る。扉の位置もドラゴンと一緒にズレたから、神官君より僕が前に出てしまった。急いで神官君と位置を交換する。
神官君の一撃は確かに通ったようだけど、まだ浅い。剣の重さ分のけ反ったのを見るに、切れ味が足りなかったか。
「さあ、神官君。しばらく耐えてくれよ……?」
「ああ、ここが正念場だ。『増殖する火薬庫』!」
歯車が幾つか組み合わさった球体。
それを取り出した神官君は、手元で球体を二つに分割して片方を投げた。
投げた歯車の塊は、カチャカチャぐるぐると歯車が回り、二つに分裂。その二つが四つに、八つに――次々に分裂して増え、ドラゴンに当たると同時に爆発した。
神官君の手元に残っている歯車もくるくる回ると元のサイズまで歯車が増え、また分裂した。神官君は分裂した片方を再び投げる。
「今度は弾切れなんて起こらないぜ!」
威力も十分あるし、じゃあさっきの一発キリの銃弾の上位互換じゃないのかと思ったけど、そうでもないようだ。
ドラゴンから追い風、僕らからしたら向かい風が吹き荒れる。どんどん強くなって、遂に神官君の腕力が風に負けて、爆弾が後ろに流れていった。
「というか、僕も飛ばされそうなんだけど……!」
「俺に掴まれ!」
神官君は剣を地面に突き刺した。その剣が、重くなったようでずぶりと深く沈んだ。
僕は神官君に後ろからしがみ付こうかと思ったけど、それでは攻撃手が無くなる。
「お、おい?」
「その爆弾、僕が投げる。君は僕のこと支えてて」
神官君を後ろの支えにして、爆弾を構える。
僕の投擲なら神官君よりも強いからドラゴンまで届く。
二度、三度と投擲を続ける。
「う、ぐぅ……」
「大丈夫か?」
「そろそろ限界……」
身体中が軋む。もともと、最初の投擲で相当の負荷が掛かっていたんだ。
爆撃が止まったことで、ドラゴンは身体を動かすことができるようになってしまった。行動解析が大技を出そうと溜めていることを感知した。
――【虚像】"共鳴する幻狂い"
――グギャアアアアアアアッッッ!!
さぞや痛いだろう。それは僕の痛みだ。まあ、ドラゴンなんだから僕の痛み程度、ビクともしないよね。だから痛み倍増にしてあるよ。
そして、爆弾も幻狂いも時間稼ぎにすぎない。
念動を発動。遥か上空まで飛んでいったナイフが重力によって加速度がゼロになるタイミングで引き戻す。
<回帰の小刀>の念動は一定のパワーで僕の手元まで戻ってくる能力だ。つまり、手元に戻ってくるまで常に加速し続ける。更に上空に放ったから、重力の加速も合わさる。重力加速度は投げた距離分帰ってくるから、僕の全力投擲分の威力プラス念動の加速だ。
そして僕は、神官君に嘘をついている。
僕のマジックアイテムのナイフは大きくなると騙ったのだ。その分さらに重く、威力が増す。
ドラゴンが痛みを堪え、その怒りに身を任せて飛び掛かってきた。やっぱり最後に頼りになるのはそのデカイ図体なのだろう。
そう、もう最後だよ。ナイフが戻ってきた。
――ズガアアアアンッ!!
ドラゴンの頭とも首とも付かない中間部分に後ろから命中した。その威力でドラゴンは地面に突っ伏す。
深く刺さった。それでも、まだ息がある。どころか、起き上がろうとしている。
「神官君」
「分かってる……『二度目の小太刀』」
神官君は、腰に差していた小刀を一瞬抜いて鞘に仕舞った。抜刀術のように見えるけど、あれは刀身を出すだけで能力を発動できるというだけだ。
能力は追い打ち、追撃。直前に付けた傷へ、更に傷を付けるというもの。
ドラゴンの頭の後ろから血が噴き出す。動脈を断ち切ったらしく、その巨体も相まって夥しい量の血液が辺りを染めた。
――オオオオォォ……。
先程までの叫びと比べて小さい唸り声はきっと、断末魔なんだろう。
鼓動が小さくなっていく。……あ、止まった。
「死んだ……」
「勝った、ん、だよな……?」
僕も倒れそう。というか倒れる。
転送でナイフを手元に回収する。
それを、神官君に向ける。
同時に神官君も僕の方に剣を向けて構えた。
「共闘した直後に戦いたくは無いんだが……義賊さんよ」
「……僕は悪い義賊じゃないよ」
「てかやっぱ日本人だろ。もしそうだったら敵対しないから、白状してその仮面を取ってくれないか?」
僕の幻術はとっくに解けて、普段の仮面姿になっている。
「絶対敵対しないって根拠ないじゃん」
「同じ日本人ってだけで十分だと思うけどな。けど、そうだな……」
神官君は少しだけ考える素振りをしてから、改めて口を開く。
「俺達は、ある人物に召喚されてこの世界にやってきたんだ。だから俺は、同じ仲間としてお前を探してここまで来たんだよ」
召喚……?
僕が異世界の何もないところにいきなり投げ出されたのは、やっぱり人為的なものだったのか?
気になる……。でも、人為的なものなら必ず目的が存在する。人の企てに乗ってやるほど僕はお人好しじゃないぞ。
「誰が仲間だ。僕がこの世界でどれだけ苦労したと思ってるんだ」
「だから、同じ誘拐されて苦労してきた仲間じゃないか。生き残るためにも元の居場所に帰るためにも、数少ない同郷同士協力したいだろ」
ぐぬ……なんか相手の言ってることが正しい気がしてきた。同郷としての親近感がそうさせるのかもしれない。
――カランッ。
何かが落ちる音がした。
……というか、ナイフ落とした。
「限界……」
膝をついたと思ったときにはもう、全身から力が抜けていた。




