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92話 フラグ立てるから……

 この神官はどうやら、僕のことを日本人と疑っているようだ。

 なんでだろ? 疑われるようなことはしてないと思うんだけど。

 まあ、後で考えるとして、取り敢えず取り繕わないと。言質とか言って来てるけどまだ言い掛かりの域を出ていないし。


 まずは『不審を悟る鈴』リアライズベルの対策をしないといけない。

 【虚像】で鈴を……いや、自分に掛けた方が楽か。

 "錯誤惑う感覚"で平常心平常心。心拍数を安定させる。


 それでっと、ストーカー罪のことだよね。

 確かにストーカーを規制する法律なんてのは無いのかもしれない。でも、それだけで僕の発言を責めるのはどうにも穿ち過ぎだと思う。だってストーカーが悪い事には変わりないし。悪いことしてるんだから捕まれっていうのもおかしくないし。


「犯罪じゃ無ければ何してもいいってこと?」

「ん?」

「だって、君が言ってるのってそういうことでしょ? まったく、自分が悪いことしてるって自覚が無いよね。わたしに散々迷惑かけてるんだからね」

「いやでも、お前あのときの茶髪の男と同一人物だろ。実は人を追跡できる魔道具持っててさ」


 茶髪の男っていうのは最初に会ったときの僕の姿だろう。この地域の人は茶髪が多いから僕もよく茶髪を選ぶ。


「その魔道具ってほんとに? ちょっと見せてよ」

「ああいいぜ。ほらこれ、『後追い鼠』ストーキングマウスっていうんだ。今もお前の方に向かっていくだろ?」


 神官が鼠の機械人形を床に置くと、シャカシャカと僕の方に進み始めた。

 だけど、僕が横にズレてもそのまま真っ直ぐ進み続ける。


「あ、あれ……?」

「どっか行ったけど?」


 【虚像】で機械鼠を騙してみた。【虚像】は人の意識だけでなく機械とかも狂わせることができる。世界を歪めるスキル。ふふ、自分が見ているものこそが世界の全てだという理屈を通すのがこのスキルなのだ。


「んん……? おっかしいなぁ……」

「おかしいのは君の方だよ。それにわたし、孤児院出身だから親が付けた名前とか無いんだよね……」


 ついでに僕の名前に突っかかってきたことについて責めておく。

 まあ、1秒で考えた名前なんだけど。


「ごめんなさい」

「君、分が悪くなるとすぐ謝るよね」

「ああ、俺の得意技は謝罪と逃亡だ! 今回のところは出直させてもらうぜ!」


 神官は濡れた神官服を着ながら窓から逃げ出した。

 逃げ癖酷いな……。


「神官君ザコぃ……あっ、窓代」


 やられた……!



=====



 窓代を支払った。

 直前まで神官君が払う流れだっただけに僕の懐が寂しくなるのが余計に悲しい。

 右手怪我したし、慰謝料も貰いたい。まあ、自分でやってできた怪我だし、治療代はいいとしてもせめて窓代は払ってほしい。


「結構嫌な傷……ズキズキしてきた」

「そりゃ旦那、災難だったな」

「首の痣も触ると痛むし。全力の首絞めってシャレにならないよね……。僕、あれ一回夢に出てさぁ」


 トラウマが増える増える。

 狂犬に群がられて食べられそうになったときに並ぶトラウマだよ。


「最近ほんとついてないんだよねぇ。また体調崩しやすくなってきたし」


 聖女の人に治してもらってから一時期は調子よかったんだけど。一時期だけでしたね。

 そんな感じでぐずぐずうだうだ言いながらも、荷造りを済ませる。

 今日は雨が止んでいる。ドラゴンが去ったのか、ようやく晴れたから帰ることができる。


 帰る前に幾らかの食料を買って、町を出る。

 姿は成人した男二人組。捻る意味も無いしね。


 問題は神官君だ。あの鼠の機械人形は壊したわけじゃないから、あれを使えば僕を見つけることができるだろう。

 まあ、ある程度進んだところで追跡防止の幻術を用意するとしよう。森の中に方向を狂わせる幻術を掛けておけば僕に向かう鼠人形にも効果があるかな。


 拠点のある森林の入り口が見えてきた。

 ……森林?


「あ、あれ……?」

「これはっ……」


 木々が、なぎ倒されている。

 確かに雨風は強かったけど、ここまでじゃなかったはずだ。


「みんなは? みんなは大丈夫なの?」


 ここだけ局地的に荒れたのだとして、ここに遠征拠点を置いている皆は無事なのか。

 僕は団長の【索敵】頼りに拠点から離れていたけど、自然災害が相手では【索敵】も無意味だ。


 僕は焦って、倒れた木々のなかでまともに進むことのできる道を見つけると、奥へと進んで行った。


 そこで、出会ってしまった。

 あれはドラゴンだ。


 僕を丸呑みにできるサイズ。

 銀色の鱗を纏っていて、その鱗は光の加減で青色に煌めく。

 凶悪な爪が太い幹を鷲掴みにして倒木の上に立っている。


 あれは無理だ。

 幸いあのドラゴンのデカさから発見は早く、僕らとはまだ距離がある。

 逃げよう。……そう思ったとき、目が合った気がした。


 ドラゴンが長い首を捻り、こちらへと顔を向けた。

 残念ながら、気のせいでは済まないようだ。


「……おっさんは逃げて」

「おい、それじゃあ旦那は……!」

「中年は足手まといだよ」


 言い捨てて、右手にマジックアイテムのナイフを握った。マジックアイテムとはいえ、ナイフの長さではドラゴンにかすり傷を付けるのが精々だろう。それでも、手持ちの武器でこれが一番強力だ。

 本当はもう幻術を使って逃げ出したいけど、幻術に反応してこっちにタックルかまされたらそれだけでゲームオーバー。タイミングを見極めないといけない。


 ――ガアアアアアアアアアアアアアアッッ!!


 ドラゴンが咆える。それだけで木々がミシミシと嫌な音を立てた。

 一先ず周囲に幻術を掛けておく。段々強くしていけば……まあ、何とかなってほしい。

 それと、ドラゴンに【解析】を使う。前に錫杖男を相手にしたとき使った行動解析だ。


 行動解析で最初に理解したこと。今の咆哮は、技の合図。


「――伏せて!!」


 強風が吹き付ける。

 ビシバシと地面を叩く音で周囲を見てみれば、大きな刃で抉ったような跡があちこちに生まれていく。

 そして、幻術が――消えていく。


「なんで!?」

「きっと竜種の環境支配の影響だ! 旦那の幻術と相性が悪い!!」


 僕の誰にでも見える無差別な幻術も言ってしまえば周囲に影響を与える能力だ。それが、ドラゴンの能力と被り、打ち負けているということか……。

 この豪風があのドラゴンの生み出す環境。最近の天候も含めて考えると、嵐を司るドラゴンのようだね。


 ドラゴンが羽ばたきを始めた!

 かと思ったらこっちに向かって……やっぱり突っ込んできたよ!


「くっ……この!」


 マジックアイテムのナイフを投擲。僕の狙いを寸分違わず、ドラゴンの額に命中。突き刺さ――カキンッと金属同士がぶつかったような音を立てて弾かれた。

 もちろん、ドラゴンは怯んだりしない。


「――合わせろ!」


 万事休すというタイミングで、横から誰かが飛び出てきた。

 その人は僕とおっさんの首根っこを掴むと、勢いを殺さないまま更に踏み込んで、やってきた方向の反対側に駆けた。僕も襟後ろを掴まれた段階で意図に気付き、その動きに合わせた。


「ゲホッ、ケホッ……助かったよ。神官君、思ったより力あるんだね」

「し、死んだと思った……」

「まだ安心するには早すぎるぞ。つい助けたのはいいが、このままだと俺もやばい」


 ピンチはまだ終わらない。

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