89話 一難去ってまた一難、二難
「旦那ー、生きてっか?」
「ちょっと、今話しかけないで。もう少し休んだら大丈夫だから……たぶん」
朝、少し寝坊した。
寝起きにすぐ、調子悪いなーと思ったけど、取り敢えず着替えて朝食を食べに来た。
めっちゃ熱っぽくなってきた。
「ん? 旦那はどうしたんだ? 突っ伏して」
「具合悪いらしいぞ」
「ありゃ、こないだのぶり返したのかねえ。奥の部屋で休んだ方がいいんじゃないか?」
「今日は、用事が……」
「お、起きた」
この体勢も疲れてきたからね。
朝食も食べかけだし、残りも食べないと。
もぐ、もぐ……あご、疲れてきたな……。
もう、ガーっとかき込んで……うっ。
「ごくっ……ごほっごほっ」
「大丈夫か?」
「けほっ、気管にぃ」
だけど、食べきった。
あとはお出かけの時間まで休んでいよう。
横になったら起きれなくなりそうだから、このまま。
「で、旦那の用事って?」
「うん、奴隷の子たちが首輪取れたでしょ。早いところ帰してあげないと」
「ああ、それで。別に明日になってもいいんじゃないか?」
「……盗賊のところなんて、一日も長く居たくないでしょ」
「意外と、気を遣ってるのな」
「……別に」
まあ、ちょっと、いや、かなり、酷い事しちゃったよなぁとか、思ったり思わなかったり。
いやいやしょうがなかったんだよ? あそこで躊躇ったりしてたら彼女達が危なかったんだから。
でも流石にあれは同情するというか、罪悪感があるんだよねぇ……。
……そろそろ準備して行くかぁ。
奴隷たちの部屋に向かう。
「君たちぃ、町へ送っていくよー……」
「あ、副団長さん。今日も体調悪そうですねぇ」
「はぁ、風邪をぶり返したんだよ。それと、君は首輪取れてないからお留守番ね」
「分かってますよぅ」
「ごめんなさいね、メイシャちゃん。一人で残すことになって」
「いえ、お気になさらずにねぇ」
首輪の取れた二人は奴隷少女に遠慮しているようだ。
まあ、一人だけ残すことになったからね。こればっかりはしょうがない。
「二人は付いてきて」
別室に案内。といっても、遠征拠点の洞窟に大した部屋割りなんてない。何となく端っこにある物置だ。
「はい。ここにあるの、好きに持って行っていいよ」
「えっ、いいの? って、これ盗品でしょ」
「盗品だけど。流石に町に送った後まで面倒は見れないからね。先立つものは必要でしょ? 僕からの慰謝料だと思ってくれればいいよ」
「確かに無一文は……。それじゃあ遠慮なく」
「あ、足が付きそうなものは止めといた方がいいよ」
僕のこの一言が効いたのか、二人はやけに真剣に選び出した。
あまり大きな宝石や貴金属なんかは以前の持ち主が特定されそうだから、小粒な宝石や見分けが付かない貴金属なんかを選んでいた。
僕も念の為【解析】で持ち主が特定できるようなレア品かどうかを見極めておく。……あ、このブレスレット名前彫ってある。除外。
「で、今更なんだけど君たちって行く当てあるの?」
「あたしは冒険者やってたから、装備をなんとかしたらギルドで仕事するわよ」
「……(ごにょごにょ)」
「彼女は家族のもとに帰るみたい。少し離れた町らしいけど、ここにある物を売れば帰りの馬車代にはなるみたいね」
「へえー」
無口さんはクラウド君のときは話せるんだけど、僕だと無理みたいだ。
ていうか狂乱姉さん冒険者だったんだ。どうりで気が強い……盗賊に捕まっても牙を剥くくらい。
首の痣、まだ少し残ってるんだよなぁ。青痣になってるから消えるまでもう少し時間が掛かりそうだ。染みとか、痕に残らないといいけど。
二人が貰っていく物を選び終わったところを見計らって再び声を掛ける。
「ミルピィ様のスキルを使えば今回の出来事を忘れることができるけど、どうする?」
「え?」
「いやさ、あんまり覚えていたいことじゃないと思うし、忘れるっていうか記憶に蓋をする感じなんだけど」
「え、いや、その前にそのスキルについて訊いてもいい?」
「ん? まあ、あんまり詳しくは言えないけど、自己暗示を強化したようなものだよ。本人が強く思っていないと効果が無いの」
「自己暗示ね……それならまだいいけど。洗脳でもできるのかと思ったわ」
「あはは、そんなのできたら首絞められてないよー」
「それもそうね」
首絞めといてそんなこと疑うなんて失礼しちゃう。
「そうね……でもいいわ。なんていうか、あたしの記憶はあたしのものなんだから、人任せになんてできない」
「……(ぼそぼそ)」
「そう……彼女も要らないそうよ。クラウドさんを忘れたくないみたい」
「……うん。わかった」
君たちは強いんだね。
自分基準での善意だったけど、余計なお世話だったみたいだ。
こういう違いを見せつけられると自分に嫌気が差す。……なに、忘れるのも悪い事じゃないさ。
「じゃあ、行こうか」
洞窟を出る前に、おっさんが居たから拾っていく。
町へ向かう。まあまあ遠い。いつもより多く休憩を挟んで、なんとか町に辿り着いた。
町に入る前に【虚像】で変装。今回は平凡な成人男性。
体が重い。
「まあ、盗賊に捕まってたなんて外聞が悪いだろうし、そこは適当に誤魔化してね」
「分かってるわよ……あんた、大丈夫?」
「大丈夫じゃないよ。ほら、僕はいいからもう行きなよ」
「そう、ありがとうね。なんだかんだ世話になって、助かった」
「……ありがとう、ございます」
お、無口さんがちゃんと喋った。
別に感謝されるようなことはしていない。していても、その分酷いこともしている。
「じゃあね。もう変な人に捕まらないでよ」
「はいはい。気を付けるわ」
ようやく彼女達を手放すことができた。
ふう、取り敢えずはひと段落だね。
「旦那、体調良くなるまで町で休みな」
「え? でも、もう用事ないし戻ってもいいんじゃない?」
「その身体で動くより、宿にでも泊まって休んだ方がいいだろ。その方があんな洞窟より身体にいいだろうしな」
「んー、それもそうだね」
「団長には出る前に伝えておいたから安心してくれ」
気が利くおっさんだ。
確かに、風邪を悪化させてまで洞窟に戻っても足手纏いになりそう。それよりはここに留まって早く治した方がいいか。
お言葉に甘えよう。
宿を探しに移動しようとしたところで、きらりと光る何かが、空から飛んできた。
「――旦那!」
僕に当たりそうになったそれをおっさんがキャッチする。
おっさんが手を開けると、中には一粒の宝石が入っていた。
「なんで宝石が?」
「――盗んだ者のもとへ飛んで帰る宝石。今回はうまく創れたようだな」
宝石が飛んできた方向から声がした。
恐らく宝石を追ってきたのだろう。走って来たのは、神官服に帯剣をした黒髪黒目の男。
この世界の人間は、割と東洋風の顔つきもいるから顔つき自体はそこまで珍しくないんだけど、それでもはっきりとした黒髪黒目は珍しい。
すぐに【解析】を使った。
アラタ・クツヌギ(沓脱新)
【創製】【収納】【剣術】
やばい、僕と同じだ。
トリプルホルダーの転移者だ。




