88話 沓脱新
「ダイダック男爵、貴様やらかしたようだな」
「うぐ、メーテトレ男爵。お耳が早いようで」
「あれだけ騒がれていれば嫌でも耳に入る」
俺がダイダック男爵と話している途中に入ってきた人物は、挨拶も無しにそう切り込んだ。
ナガテゼア・メーテトレ男爵。彼も俺の目当ての人物の一人だから、貴族に詳しくない俺でもすぐに誰か分かった。男爵ながら広い領地を任されている男だ。
話には聞いていたが、相当にでかい。高身長でぶくぶく肥えた身体は、勝手に視界に入ってきて威圧感だか圧迫感だか分からない感覚を与えてくる。
「ん? ダイダック男爵、そちらは?」
「こちらの方はリーベナゼル教会のアラタ・クツヌギ神官様です」
「アラタ・クツヌギです」
「おお、これはこれは、教会の方でしたか。聖女様には大変お世話になっておりますよ」
おー、この人ぬけぬけとよくそんなこと言えるな。
数人治療して戻ってくるはずだった聖女様を契約を盾に数か月も押し留めておいて。懐柔策でもされているのか、最近の聖女様は教会に戻る意思を殆ど見せていないという報告も上がっているようだし。
「神官様は件の義賊騒ぎに興味がおありのようでしてね。助力もしてくれるということですので同席しています」
「ほう、助力とは。ダイダック男爵の汚名返上にでも協力するのか?」
「いえ、私は事実を否定したりしませんよ。身から出た錆はご自身で払拭してください」
「うぐぅ、神官様も手厳しい……」
「ですが、義賊を名乗っていても立派な犯罪者ですから、そちらの対処でしたら力になれるかと」
「神官様が衛兵の真似事を?」
「神官職など持っていますが、こう見えて力には自信があります。そういうお力をリーベナゼル様から授かっていますので」
「なるほど、スキル持ちか」
この人最早敬語使わないな。
別に、歳も下だし教会と貴族では所属が違うからどちらが偉いというものもない。いや、国に所属する限り貴族は問答無用で偉いのだが、ダイダック男爵のように教会を敬う気持ちがある者は敬語を使う。
だからこそ、最初に敬語を使って見せたのが嫌味だと伝わってくる。
頼まれていた聖女様の調査も、ちゃんとやった方がよさそうだ。
「いいだろう、それならば義賊とやらの対処はそちらに任せよう。私は精々、ダイダック男爵に恩を着せるとする」
汚名返上の方はメーテトレ男爵がやるようだ。
貴族のことは貴族に任せるとしよう。
「ところで、話は変わるのですが一つお尋ねしたいことがありまして」
「ん? どうぞ」
「実は、私は人探しの為にこちらまで伺った次第でして。心当たりがあれば是非とも教えていただきたい」
言いながら、探し人の特徴を箇条書きした紙を渡す。
探し人とは会ったことが無い。分かるのは、俺と同じというだけだ。
同じ、日本人の転移者――。
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俺はまず、教会に召喚された。
ステンドグラスの緻密な模様から生まれる多彩な輝きの陽光が、この場所の神秘性を高めている。一瞬、俺は天に召されたのかと思ったくらいだ。
周りの神職らしき服装の人達は召喚成功を喜び、これで魔王にも対抗できるとかなんとか言っていたものだから、まだ説明を受けていないにも関わらず何となく状況を理解してしまった。
そして、目の前の一際厳かな恰好をした女性。恐らくこの人が召喚とやらを実行したのだろう。すぐに分かった。
だって目の前に居たし、他の人は距離があるし、何より彼女が肩で息をして、滅茶苦茶しんどそうだったから。
「ぜえ、ぜえ、げほっえふ……あ、あなたを呼んだのはわたくしですっ」
でしょうね。お疲れ様です。
思っただけで、流石に口には出さなかった。
その後は、息も絶え絶えな彼女から説明を受けたが、予想通りのテンプレだった。
「あにゃたには勇者としての特別な、加護が、ご加護が備わっているはずです。その力をつひゃってどうかわたくし達をお救いくださぃっ」
後半はもう、呂律が回っていなかった。誰か彼女に水を持ってきてくれ。何でこの人、法衣越しにも分かるほど足が震えているのに立ったまま説明してんの? 場所変えちゃ駄目なの?
この人のせいで神秘の力で召喚されたっていうより、人間一人がフルマラソン完走するくらい全力で呼び出したって感じがする。必死さは伝わるけどさ。
それにしても、魔王討伐か。
この世界の状況も自分の能力も確認していないのに頷くことはできない。いきなり拉致されて従う義理もないしな。
最初の内ははぐらかして情報収集するべきか。
取り敢えずは彼女の体調を言い訳にして一旦話を打ち切り、案内された一室で詳しい話をすることにした。
別な人からも話を聞きたかったが、残念ながら召喚した女性も同じ部屋に来た。まあ、座って話ができるだけ良しとしよう。
話を聞いて、きな臭いとまではいかないけれど、なんだそりゃというのが数点。
まず、魔王はまだ居ない。
魔物を統べる王らしいのだが、生まれると言われているだけみたいだ。未然の危機の為にわざわざ呼んだのか?
次に、召喚したのは俺一人ではないらしい。
召喚はそう何度もできるものではないが、彼女は優秀で一度に数人の召喚ができたとのこと。でも、召喚先の指定が上手くいかず、俺以外はどこへ召喚されたかも分からないようだ。
召喚したのは三人。俺以外は呼んどいて放り出している状態というわけだ。なにそれ。
魔王を倒したら元の世界に帰れるらしいが、命あっての物種、命がけの魔王討伐なんか積極的にやりたいわけがない。
取り敢えずは他二人の勇者探しと、情勢調査、帰還方法の模索を目的として動くべきだろう。
だが、勇者探しはあまり大っぴらにするのも良くない。他の勇者がどんな状況かも分からないし、強大な力があるのは確実だから、それを知った別勢力が黙っていない。勇者の争奪戦が始まる可能性が高い。
「なので、勇者探しは俺に任せてください。俺なら同じ日本人の特徴が分かるし、日本人同士で警戒も解きやすいはずです」
「確かにそうですね……。それでは、このような些事に勇者様を煩わせるのは恐縮なのですがお願いできますでしょうか?」
よし、まずは自由に動ける土台ができた。
それに、勇者は三人居なくちゃいけないという取り決めもない。この人が優秀だから三人も呼べちゃったわけで、一人でも問題無いのだ。
そのことに気付かれる前に勇者探しを俺の仕事にすることができたのはよかった。もう一人でいいから魔王倒してきてとか言われる前に、俺は堂々とここを出る。援助を受けながら。
準備を整えて、勇者探しの旅に出る前に、手掛かりを得るために占い師の婆さんに占ってもらった。
教会お抱えで、かなりの腕前らしい。
「おお、出たぞ出たぞ。これは……今代の勇者様のことじゃのう。こりゃまた、面白いもんで」
彼は万能の勇者。身に余る力を謳う者。
彼は不信の勇者。誓約を嫌う者。
彼女は違和の勇者。真実を嗤う者。
おおっと? いきなり不安になってきたぞ?
俺のスキルを考えると、万能の勇者が俺のことだろう。それはいい。
残り、不信と違和。勇者に相応しい言葉じゃない。
万能と比べると随分マイナスな単語じゃないか? 何か共通点でも……違和って単体ではあんまり使わない言葉だよな。
万能感、不信感、違和感。
こうして並べてみると、万能も碌なものじゃなかったぜ。
万能感。自分は何でもできるという過大評価を抱く感覚だ。
この面子で魔王討伐とか不安しかないな……。まあ、一応帰還方法も分かったし、いざとなったら逃げられるからいいか。
召喚というのは、呼び出して、目的が叶ったら帰ってもらうという仕組みらしい。召喚主が繋ぎ止めている一時的なものというわけだ。
俺達を召喚した皇女ナターシャ・エイファンス。彼女が設定した目的である魔王討伐を達成する他に、彼女が死んで召喚主が不在となっても俺達は帰ることができる。
流石に人殺しは気が引けるから、魔王討伐が無理そうなときの最後の手段にしたい。その前に本格的にやばくなっても逃げ出せば、あとは彼女より長く生き延びればいいだけだ。結構がばがばな勇者召喚だよなぁ。
そんなわけで、俺は勇者探しの旅に出て、未だ一人も見つけることができずに半年以上が経過していた。




