87話 なんでなんでちょっと待って
「賊が出たぞー!! あの義賊クラウドだ! 捕まえろ!!」
「はっはっはー、そう簡単に捕まるとでも?」
「くそっ、真っ昼間なのになんで侵入されてんだよ!? 追えお前ら! もし逃したら全員明日から職無しだぞ!!」
はーい、今日も義賊クラウド君です。
やっぱり、義賊が一ヶ所しか襲ってないというのは変だよね。私怨とか疑われちゃうよ。
前回の影響が大きかったから商人関係は避けて、貴族の邸宅を襲った。
この町には貴族邸が一軒、準貴族の邸宅が二軒ある。準貴族って何よと思ったけど、騎士爵とか商爵と言って貴族の特権の一部が与えられているらしい。
唯一の貴族は男爵。うちの本拠地近くの町の領主と同じだね。
普通に横領してたんでその辺の証拠を押収&拡散。まあ、税収をちょっとちょろまかす程度の可愛いものだったけどね。
今回は真っ昼間に行った。夜まで待つのが面倒だったからだ。奴隷たちの首輪外しを手伝う約束もあったしね。
で、逃げ切った。
今は休憩がてら昼食中。走って疲れた。
「疲れた疲れた疲れた疲れたー」
「おつかれ。てか逃亡は殆ど幻術だったじゃねえか。なんでそんなに疲れてんだよ」
「だって走ったから」
「貧弱だなー」
それに最近調子悪いんだよ。
以前よりも頻繁に体調崩すし。まあ、以前っていうのが引きこもってた頃の話だからあんまり比較にならないっていうか、その引きこもり期間のせいで余計に貧弱になったのはあると思うけど。
……身体に良いもの、買って帰ろうかな。
ちょうど薬剤屋に行く用事もあったしね。
買い物を済ませたらさっさと帰宅。
今日は早めに戻ったから晩御飯までまだ時間がある。
その間に調合。作るのは自分用の栄養剤と奴隷たち用の避妊薬。〈淫魔の隷属首輪〉には避妊効果もあるんだけど、あれは当然ながら外せば効果が無くなる。首輪を外すにはどうしても直前にその、そういった行為が必要になるからきちんと対策しないと危ないのだ。
なんか魔物の内臓とか材料にあって、それがまた高かった。
さらに、その薬効の抽出がもうめんどくさい。このまますり潰して飲ませてやろうか。
……よし、できた。
念のため【解析】で効能を確認。うん、ばっちりです。
お次は栄養剤。
同じ調合キットを使うわけだけど、さっき魔物の内臓とか使ったやつだから念入りに洗う。
洗ったけど、なんかあんまり気分は良くないよね。でも、まあ、しょうがない。
調合が終わったらご飯を食べて、奴隷たちのもとへ。
さっきからクラウド姿のままだ。
部屋に入ると、奴隷たちがあられもない姿でいた。事後ですな。
「……失礼」
「ちょっと、帰んないでくださいよぅ。せっかく準備して待ってたんですからぁ」
……なるほど、準備か。
首輪を外すには魔力満タンにしないといけないから、そりゃそうなるよね。
取り敢えず、鼻で呼吸することをやめた。
「これ、避妊薬。首輪が外れたら危ないから」
「あ、そっか。ありがとう」
「気が利きますね。流石クラウド様です」
狂乱姉さんと無口さんが感心している。
うん、それ高かったんだからね。首輪外しチャレンジするたびに必要になるんだから、是非とも一発で決めてほしい。
「あの、私考えたんですよぅ」
「何をかな?」
「首輪を外すのには全快の魔力が要るじゃないですかぁ。でもこれ、魔力を補給しながらならもっと楽にできるんじゃないですかねぇ」
「あ、確かに」
そこまで考えてなかった。
首輪を外すにはその者の魔力総量分の魔力が必要になる。補充しながらならだいぶ余裕ができるはずだ。
「でも待って、それだとヤりながら集中して魔力を操作しなきゃいけないんじゃない? あたしは無理よ」
「そこは別に、飲むだけとかでもいいんじゃないですかぁ?」
「それなら……」
「どうせ私は首輪取れませんし、なんなら私が奉仕して用意しますよぉ」
=====
指先が冷たい。
足も震えている。
立っているのが辛くなり、さり気なく壁際に腰を下ろした。
奴隷少女が服を脱いだ。
団員がそこに近寄り――。
「はあっはっ、うぅ、ぜ、はっ、う、ううぅ……」
涙をこらえて嗚咽を噛み殺しながら、その場に居座る。
無理無理無理無理。もう無理。
目を逸らして頭を抱えた。
音が気になって、頭ではなく両耳を押さえた。
部屋の隅で丸まって、何をやっているんだろう。
ふふ、もういいさ。どうにでもなれ。
いや、その気になれば【解析】は見なくてもできる。聞かなくてもできる。最悪五感が無くても魔力の流れでいける。
魔力の大量消費は危ないから【解析】できちんと見ている必要があるけど、逆に言えば【解析】さえしていればどんなでも大丈夫だ。
頑張れ【解析】。
途中から意識が朦朧としていたけど、【解析】は頑張り続けた。
変な使い方をしているせいで頭痛がしてきたけど、それでも頑張った。
二人の首輪が外れたと【解析】が教えてくれた。
僕は立ち上がり、浅い口呼吸を繰り返しながら壁を這って部屋を出た。
結構な時間、頭痛を無視して【解析】を使い続けたから頭痛がいたたた。
くらっときて、壁に寄り掛かり、そのまま座り込んで休むことにした。
「は、はぁっ、ぃ、つぅ……」
動悸が酷く、荒い呼吸が頭痛を刺激する。
頭を抱えていると、いつの間にか誰かが目の前まで来ていることにようやく気付いた。
「ミルピィの旦那……大丈夫か?」
おっさんか。
「そう、見える?」
「いや、見えねえよ。……すまねぇ」
「何に、謝ってるのさ」
「何に対してだろうなぁ……俺にも分かんねえや。団長呼んでくるよ。旦那もその方がいいだろ?」
「ん……助かる」
まあ、見られたのが他の団員や奴隷たちじゃなくて良かったかな。
おっさん相手に今更気を張ってもしょうがないし。
団長呼んできてくれるみたいだし。
ダメだなぁ。
全然強くない。
虚像の僕は、もっと、強いはずなのに。
誰にも負けない、決して挫けない、無敵の存在になりたい。
あれだよね、やっぱり。
性的なのは駄目だよ。最近は頑張ってみたけど、あれはちょっと厳しいや。
考えてみたら僕の対人恐怖症や視線恐怖症はそういう目からきてるし。
団長はいいよね。同性だし、ちょっと誘惑したくらいじゃビクともしない。
でも、その気になられたらどうするんだろうね。
まあ、団長なら聖女な人みたいにいかがわしい目で見てくることはないでしょ。
「あー、頭、痛いなぁ……」
団長が来たら運んでもらって、匂いを吸って……頭痛は暫く治らないだろうから横になるしかないか。
でも、これでようやく奴隷っ子のうち二人は解放だ。
正直ここまで大変な思いをする羽目になるなんて思わなかった。
奴隷少女は本当、どうしようかな……。
頭痛くて、全然考えられない。
どうしようかな。
"錯誤惑う感覚"なら頭痛も消せるよね……いや、下手に動けそうもないのにそんなことしたらいきなり意識飛ぶかも。
そんなどうにもならないことを考えていたら、いつの間にか、団長が来る前に眠ってしまっていた。




