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75話 これで常時、冷房完備

 極楽を手に入れた。

 <伝熱の短杖>は周囲に熱を伝える。ヒーターと違うのは、短杖自体が熱くなったりしないことだ。周りの空気が熱くなって、その熱で短杖が熱くなったりはする。普通と逆だね。

 幾つかの温度を記憶できて、いい感じの温度は既に記憶されていた。冷房設定にしてちょっと強めに魔力を込めれば、みるみるうちにお部屋が涼しくなっていく。


 魔力量には自信がある。

 あぁ、もう、部屋から出たくない。


 そんなこんなで部屋で寛いでいると、団長が部屋にやってきた。


「うわっ、涼しい」

「どうかしたの?」

「昨日何していたのか気になって来てみたのだけど……この室温、どうしたの?」

「昨日はこれを手に入れたんだよ!」


 自慢気に短杖を見せる。昨日、頭痛を堪えつつ錫杖男から奪ったやつだ。

 その後は大変だった。頭痛でぐったりしたり、【治癒】で元気になった錫杖がしつこく絡んできたり。

 でも、その甲斐あって目当ての物は手に入った。錫杖に痛い目見せることもできたしね。


「何これ?」

「気温調節できるマジックアイテム」

「ああ、それで涼しいのね」

「今日は筋肉痛もあるし、部屋から出ないから」

「そう? まあ、昨日は頑張ったみたいだから、一日休むくらいなら構わないわよ」

「わーい」


 じゃあ今日は何しようかなぁ。最近は暑くて細かい作業を嫌っていたから、久しぶりに裁縫にでも精を出そうかな?

 …………。

 ……………………?


「あの、団長? まだ何かあるの?」

「……もう少し涼ませて」



=====



 次の日。

 今日はお仕事だ。


 今回は遠出しての盗賊稼業。

 アジトとは離れた場所に拠点を作り、そこで収穫があるまで盗賊ってくることになった。

 今は魔物の動きが警戒されていて、下手に魔物の姿で襲うことができないからね。アジトがバレないところで素直に盗賊として動くわけ。


 子供と数人の大人を留守番にして、大勢で出発する。

 アジトには充分な量の食料を置いて、入り口のバリケードは強化してある。【虚像】の幻術もあるし、危険になることはないだろう。


 数日は帰らない分荷物が結構あるため、残念ながら僕が荷物になることはできなかった。

 しょうがない、頑張って歩こう。


「ん? 旦那の近く、なんか涼しくね?」

「…………」


 涼しいですよ、はい。


「あ、ちょっと、暑苦しいから近寄んないでよ」

「旦那は十分涼んでるじゃねえか。てか何それ、幻術?」

「いや、マジックアイテム」


 幻術で体感温度を狂わせても、熱中症で倒れるリスクがでかくなるだけだからね。嫌な感覚にもちゃんと役割があるから、不要だと切り捨ててはいけない。


 移動が始まる。

 目的地は隣町の近く。隣町と言っても全体を壁で囲む構造の町が近くに並んでいるはずもなく、それなりに距離がある。それでも夕方頃には着くかな?


 …………。

 ……………………。


 まあ、あれだよね。

 涼しくて久し振りに外でも快適だったから、何となくいける気になってたんだよね。油断と言ってもいいかもしれない。

 一日中移動なんて、僕の体力でできるはずもなかった。


「ぐす……えぐっ、無理に決まってるじゃん……もう足が棒だしっ、一歩も動けないよ……」

「困ったわね……」

「ああ、まさかガチ泣きしだすとはな……」

「でも、みんな荷物を持ってるからミルピィまで背負う余裕はないのよ」


 今は既に夕方。

 何度も休憩を挟んで大幅に予定を狂わせ、未だに目的地まで辿り着いていなかった。

 しかも、疲労が溜まり足が子鹿のように震え出す始末。


「しょうがない、今日はこの辺でキャンプにしましょう」

「まあ、それしかないか」


 キャンプと言う名の野宿だ。テントなんて無い。

 もう泣きそう。いや、もう泣いている。

 やばいくらいに足痛い。これ、絶対マメできてるよ。水膨れとかやだなぁ。数日治るまで気になっちゃうんだよね。


「これ、旦那の寝袋な」


 横に置かれたそれは、顔以外を覆い尽くす寝袋。その下は雑草がわんさか生えている。上は木。それだけ。泣ける。

 睡眠環境に絶望していると、団長にタオルで身体を拭くように言われた。飲み水を消費するから全員できることではないけど、僕の場合は汗を掻いたままだと風邪を引くから許可されたみたい。


「……どこで、身体拭けばいいの?」

「あー、木の陰くらいしか無いわねぇ」

「うぅ、はずかしめだ。団長からの羞恥プレイだ」

「仕方ないでしょ、こんな場所なんだから」


 しょうがないから団長に見張りを頼んで手早く済ませることにした。

 手早く済ませる予定だったけど、身体中が痛んだために慎重にゆっくり拭くことにした。


 はぁ、まさか森の中で全裸になるとは。この僕が。なんという仕打ち。

 ここまでダウナーなことばっかりだ。気分を変えるために、今の状況に対する考え方を変えてみよう。


 団長に馬車馬のように歩かされて、挙げ句に屋外で羞恥プレイを受けている。疲労で身体が思うように動かないのも、きっと、この後抵抗されないようにするためだ。扉も壁もない今の環境なら、寝込みを襲うのも簡単だろう。

 あわわわわ…………もうちょっと、しっかり全身を拭いておこう。


「ミルピィ、まだ?」

「団長のエッチ!」

「見てないわよ!? 声掛けただけでしょ!?」

「あー、足腰痛くて満足に動けないからなー。今襲われたら防げないかもー」

「え、魔物も相手にできないくらい?」

「初体験は森の中かぁ」

「えっ、そっち!? 団員はミルピィの素顔を知らないから大丈夫よ」

「でもさ団長ー、ちょっとこっち見てみてよ」


 僕に促された団長は、木の陰から覗くようにこっちを見た。それを、全裸で待ちかまえる僕。表情等に意識して、精一杯の色気を出しておいた。


「興奮するでしょ」

「そんな風に言われてもね……」

「僕の【解析】スキルによると、団長の心拍数がさっきまでより上がっているね」

「何そのスキル!?」


 あれ、言ってなかったっけ? ……言ってなかったなぁ。

 そういえば、【解析】で調べたことを元々知っていたという体で話すためにこのスキルは黙っていたんだった。博識ぶりたかったんだもん。


「ふふふ、バレてしまったようだね。これこそが僕の第三のスキル! 相手を調べ尽くすことができるスキル! 僕は既に、団長の身体の弱いところまで完全に把握しているのさ!」

「なっ――!?」


 団長顔真っ赤。

 言っておいてなんだけど、僕もめちゃくちゃ恥ずかしい。


 仮面を装着して顔を隠す。

 ……やばい、全裸仮面になってしまった。僕はそんなおふざけキャラじゃない。早いところ服を着よう。


「あ、団長、いつまで覗いてんの。えっち!」

「見てって言ったのはそっちでしょう!?」

「まったくもう、団長ったら……あっ、そこの鞄から着替え取ってちょうだい」

「はいはい」


 団長に替えの服一式を出してもらう。木の陰に移動するとき着替えを忘れていたみたい。


「うわ、この下着凄く高そう……こんなの盗品にあったかしら?」

「……買いました」

「どこからそんなお金が……」

「だって、安い下着だと擦れるし、違和感あるんだもん」

「そういえばあなたって、最初から良い物着てたわね……」


 どこか呆れたような顔をした団長から着替えを受け取り、そそくさと着替える。

 どうやら無駄遣いで怒られたりはしないようだ。そっか、下着買うのはセーフなのか。よかったよかった。


「あーもう、脱ぎ散らかして」

「ああ、勝手に触んない方がいいよ。危ないから」

「え? 何が――」


 ――カシャーン。


 団長が僕の服を持ち上げると、投擲用のナイフが落ちてきた。

 ほら、袖とかにもナイフ仕込んでるから。すぐ抜けるようにしてるのもあるし。


「……物騒な子ね。こんなの脱ぎ散らかさないでよ」

「身を守るためには必要なんですー」


 とはいえ、普段は外してから脱ぐんだけどね。いやぁ、めんどくさくて。どっちみちこの後外すけどさあ。

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