71話 ミルピィは、復活の呪文を唱えた
団長と二人で町に行く。
本当は荷物持ちが何人か欲しかったけど、僕がまだ、団長以外とうまく喋れないから二人きり。
アジトを出る前に、入り口にトラップの幻術を掛けておく。これに引っかかると幻痛で悶えることになる。
「やっぱり、魔物が多いわね……」
「通り道にいるの?」
「ええ。少し迂回すれば避けられるけどね」
「どうせ雑魚でしょ? 問題なし。突き進もー」
ある程度歩くと、団長の行ったとおりに魔物と遭遇した。この辺はコボルトばっかりだ。
幻術でさっくり倒したいと思う。
数日寝込んで体力が衰えているし、病み上がりでまだ少し身体に違和感があるから運動はしたくない。だからナイフは使わない。
痛みを感じる。幻痛だ。痛みに耐えるために自分の身体を抱く。うずくまりそうになりながらも耐える。もっと、もっと痛みを。
僕の感覚を何倍にも膨らませた幻覚をコボルト達に与える。
"共鳴する幻狂い"
僕だけこんなに苦しいのは不公平だと思うんだ。だからそれ以上の苦痛を与える技。幻術はイメージが大事だからね。気絶するほどの痛みを想像するのは難しいから、ある程度の痛みは僕自身が実際に感じないといけない。
もがき苦しんだコボルト達は、やがて泡を吹いて倒れてしまった。死んではないと思うけど、別にトドメを刺す必要はないだろう。
試しにやってみたら結構効果的だったね。僕も痛いことだけが難点だ。耐えられる程度だけど。
「今、何したの?」
「痛みを与える幻術で失神させたんだよ」
「それはまた、随分物騒な力ね。きつそうだったけど、あなたは大丈夫なの?」
「僕が痛みを感じてないと上手くできないんだよね」
魔物は撃退できたから先に進む。
……あっつい。
そういえば夏だなー。この世界の季節とか知らないけど、暑い季節だから夏でいいだろう。
一応ズボンをハーフパンツにしてパーカーを薄手にしてあるけど、引きこもりに耐熱機能は備わっていない。
暑さが体力を奪い、いつも以上に息が上がる。
歩いているだけなのに、息が切れてしまった。
「はあっ、はあっ、だ、団長、少し、休憩しよっ」
「うわっ凄い汗じゃない。病み上がりにはきつかったかしら」
「もぅ、暑いのは嫌い」
ちなみに僕は、日差しに弱い。
長時間日差しに当たっていると具合が悪くなります。
だから長袖必須だし、フードも結構大切。
だけどその分暑い! あー夏は嫌いだー!!
それから、へとへとになりながらもなんとか町まで辿り着いた。
汗で気持ち悪い。団長はそこまで汗をかいていない。僕の周囲だけ気温が違うのではってくらい。きっと、体感温度はだいぶ違う。
「温泉入ろう」
この提案は否定されず、団長に受け入れられた。
僕の案内で町を進む。団長はそのままの姿。隠す必要があんまりないからね。僕は町娘。団長の妹的立ち位置の設定だ。
町を歩くと、当然たくさんの人が居る。
どこを見ても人が居る。どこへ行っても人が居る。
ぐるぐるぐるぐる。
「……ぉぇ」
「ミルピィ?」
「酔った。気持ち悪い……」
「ミルピィ?! ちょっと、座って休めるところに……」
比較的落ち着いた店を探して中に入る。
冷たい飲み物を飲んで一息ついた。
「大丈夫?」
「うん。落ち着いてきた」
「それなら良かった。でも、また人混みに酔ってたら買い物ができないわね」
「――ミールちゃん、人混みに酔うんですか?」
「ひっ!?」
背後から聞き覚えのある声がした。
寒気を感じながら振り返ると、満面の笑みの聖女。
「ミールちゃん久し振りですね! いやぁこんなところで奇遇ですよね。ちょうどミールちゃんに会いたいと思っていたんですよ。あ、そうだ、私の【治癒】なら酔いも治せますよ! 大丈夫です、今回は慎重に、加減をしますから前回のように気持ち悪くさせませんよ!」
僕は何かを言おうとして、うまく声を出せずに席を立って団長の背後に隠れた。
この人、なんてタイミングの悪い。なんで今日に限って会うかなぁ。
「えっと、あなたは?」
「ああ、申し遅れました。私はハルクルファ・リークル。リーベナゼル教会の聖女をしています」
「これはどうも……聖女?」
団長何とかしてっ!
今は無理。怖い。この人の目には欲が見える。僕に対する欲。一番嫌いな感情だ。寒気がする。キモチワルイ。
「あなた、仲良いの?」
「違う、天敵。聖女は幻術が見えないの。前に素顔見られた」
「ああ、だからこんなに……」
団長は納得したようで、聖女の撃退に移る。
「なんだか今日のミールちゃん、甘くて良い匂いしますね」
ぞわぞわした。
「あの、聖女様? この子は今病み上がりで、あまり人と話せないのよ」
「え!? ミールちゃん病気だったんですか!? どうりで最近見かけないと思ったら。でも、私が居るからにはもう安心ですよ。【治癒】で一発完治です!」
団長がちらりとこっちを見てきたから、全力で首を振った。
「もう殆ど良くなってるし、聖女様にご迷惑をお掛けするわけには……」
「迷惑なんてそんな。私とミールちゃんの仲じゃないですか」
そんな関係築いた覚えがない。
助けて。団長助けてと腕にすがりつく。ぎゅうぎゅうと力を込めて主張する。
「ところで、あなたはミールちゃんとどのようなご関係で……?」
「私? 私は、その……姉のようなものね」
「ははぁ、お姉さんでしたか。あ、お隣いいですか?」
「悪いけど、もう私達は移動するから」
「えぇ、そうですか……ちなみにこの後どちらへ?」
「汗を流しに温せ――」
ぐいーっと腕を引っ張って止める。
行き先言ったら付いて来ちゃうでしょ!
「ほほう、温泉ですかぁ」
くっ、遅かったか。
「それじゃあ、私達はこれで」
そう言って団長は席を立つ。
僕は既に立って団長に後ろにいて、聖女も最初から立ったまま。
団長が動き出すと、聖女も当然のように歩き始めた。
「それにしても今日は暑いですねー。こんな日はやっぱりさっぱり汗を流したいものですよね!」
付いて来る気満々だよこれ。
いーやーだー!!
「……ねえミルピィ、聖女様に治してもらったら?」
団長が、聖女に聞こえないように耳打ちしてきた。
「やだ。触られたくない」
「そうは言っても、あなたまだ全快してないでしょう? うちのアジトに医者なんて居ないし、医者に行くとしても医者だともっと触られるわよ」
「うっ……」
確かに、ちょっと触れただけで治せるならその方がいいのかも。
前回は【治癒】で具合悪くなったけど、次は大丈夫だと言ってるし。信憑性はともかくとして。
ううぅ、でもなぁ……。
うーん、それでも、【虚像】の調子まで悪いのは問題だし……。
「……………………分かった」
「治してもらうのね?」
「うぅーん」
「どっちよ……」
「う、ん」
覚悟を決めて、一つ頷いた。
そうと決まれば早速団長が聖女に声を掛けて、お願いする。聖女は喜んで引き受けた。
「慎重に、丁寧にやりますから安心して下さいね」
「……うん」
「痛くしませんから。優しくしますから。はい、力抜いてー」
一応言われたとおりに力を抜く。
聖女の手が伸びてきて、胸の真ん中辺りを触った。ここが一番魔力を流しやすいと力説された結果だ。直接触った方がいいとも言われたから、パーカーのファスナーを半分開けて、キャミソールを少しズラした。無心を心掛けて。
「ん……」
自分とは違う魔力が流れてきた。
前回はぶわっと入ってきたけど、今回はゆっくりと。なんだかくすぐったい。
だんだんと全身へ行き渡ってくる感覚でモジモジする。
それをたっぷり数分掛けて治療は終わった。
「どうですか?」
「んー……うん、いい感じ」
聖女というだけはある。ここ最近のだるさが嘘のように消えていた。
今の状態なら【虚像】も万全に扱えると思う。材料も揃っているしね。
"精神幻惑"
強くて頼りになる副団長。
写し取るのは僕の幻想。重ね合わせるのは僕に対する聖女の印象。
自己暗示を補強。心を幻で塗り固める。
……まあ、こんなとこでしょ。
いやぁ、団長は素を含めたいろんな僕を見ているから【虚像】の補強に向いていなかったんだよね。その点聖女は冒険者ミールとしての僕しか知らない。ミールはそこまでキャラ作りしてないから、姿以外は副団長ミルピィと大差ない。聖女にとっては姿も同じだから、それも今回に限っては好都合だった。
虚像とは偽りの人物像。やっぱり、見てくれる人が居ないと成り立たないスキルなんだよね。
何はともあれミルピィ様ふっかーつ。




