70話 ミルピィ絶不調中
やばい。
どうしよう、虚像さん虚像さん虚像さま。
僕が今まで、どれほどあなたに頼りきりだったことか。
仮面を被り、虚像の自分を演じる。
それは動作や外見だけじゃない、心にも大きく影響を与えている。
耐えきれない感情は、忘れたように沈められている。
そもそも僕は両親から溢れんばかりの愛情を注がれて育ってきた。勿論今も、両親共に健在だ。
その二人は、今、どうしてる?
神隠しにあった愛娘。
過去に誘拐未遂ってる病弱娘。
一人じゃ何も出来ない人間不信の引きこもり娘。
娘が消えた両親は今、どうしてる?
どうしようどうしようどうしよう。
底から覗いた不安だらけの本性は、虚像の自分に罅を入れた。
修復しないと。補強しないと。
愛情を。
僕に一番の感情をちょうだい。
「――眠れないの?」
添い寝する団長を握る手に、無意識に力が籠もったみたいだ。
「うぅぅ、だんちょうぅ……」
団長に抱きついて、泣きながら、その日は眠った。
=====
【虚像】が弱まっている。
勿論、体調による一時的なものだろう。
だけど、ミルピィという人格は【虚像】が元の精神を補強して作り上げている。
ミルピィという名の虚像。"精神幻惑"は、元々不完全だった。
【虚像】は見せる者と見る者が居て効果を発揮する。偽って、その偽りを信じる者が居て、初めて虚像の自分が出来上がる。
"精神幻惑"は自分の内面を偽る。自分で自分を騙しているから、性能がいまいちだった。
だから、そんな自分を支える柱を用意した。団長。団長が居れば大丈夫。団長のために僕は虚像であり続ける。
そんな虚像が弱まっている今、僕は団長から離れることができなくなっていた。
何をするにも団長の後ろを付いて行く現状だ。
「食料が減ってきたわね……」
「そうだねー」
先日僕が買い溜めしたきりだったから、生ものなんかは残っていない。
そろそろ買い出しに行くべきなんだろうけど、このコンディションではちょっとね。
「僕が居ないときってどうしてたの?」
「私達は盗賊よ? 当然、生きるための物資は襲って奪ってになるわ」
「おおー、ワルだねぇ。団長がそんな風に言ってるのって、ちょっと新鮮」
「そう? これでも盗賊団の総締めなんだから」
「でも、盗賊稼業かぁ。そろそろほとぼりも冷めたかな?」
ここ数日は兵士による魔物討伐が行われていたはずだ。
結構休んでたから、もう終わってるかもしれない。
「どうかしらね……まだ結構魔物が彷徨いてるのよ」
「減ってないの?」
「ええ。というより、討伐隊がまだここら辺まで来てないようね。もしかしたら最初から討伐の範囲外なのかもしれないけど」
「【索敵】さん、便利だねー」
「うちの生命線よ」
24時間辺り一帯の様子を把握できるのは凄いよね。寝込みを襲ったりできないもん。
……あれ、もしかして団長って、幻術躱せる? 幻術と本物を見分けられるのではないだろうか。
「実体があるかどうかくらいは分かるわね」
訊いてみると、やっぱりだった。
幻術って案外対応できるんだね。某聖女の【真眼】と団長の【索敵】。他にもありそうだ。
「話を戻すけど、食料どうしようかしら。ミルピィは、まだ無理そう?」
「まだ団長成分が足りない」
「いや、冗談言ってないで」
「マジもんです」
「……どうしようかしらねぇ」
団長が困り気味。
まあ、僕がホイホイ団員を増やした分、備蓄の減りも早いからね。って言っても、ほんの6、7人だよ? ……十分多いか。
「誰かを町に向かわせる? ターオズとか慣れてるでしょうし」
「……どなた?」
「あなたがいつも町に連れて行ってるターオズよ。可哀想だから名前くらいちゃんと覚えなさい?」
「町、町……あーっ、したっぱ君ね。うん、知ってる知ってる。ステータス偽造すればいけるかな? 僕から離れてやったことないから、不安が残るけど」
「それだと、今のあなたでは余計に不安ね。……あとは、私も町に行くとか」
「え、大丈夫なのそれ」
「アジトの偽装はバレたことがないから少しくらい離れても平気だと思うわよ。念のため、幾らか対策もしてあるし」
対策っていうのは、アジトの隠し扉や踏んだら音が鳴る簡易警報装置のことだろう。
「団長が町に行くのって初めてじゃない?」
「盗賊になる前は親の付き添いで町まで行ったこともあるけど、確かに盗賊になってからは初めてね」
親。両親。
「ミルピィ?」
「ん、うん、なんでもない。団長の親っていうと村長さんなんだっけ」
「そういうことは良く覚えてるわね」
「あはぁ~、別にそこまで記憶力が悪いわけじゃないんだよ?」
覚えられないのは名前だけ。まあ、覚える努力をしているわけじゃないけど。
「とにかく、私は町に行けるけど、ミルピィはどう?」
「んー……」
あんまり出歩く気分じゃないけど、体調面はそこまで問題ないかな。精神面も、団長と一緒なら大丈夫なはず。
それに買い物は必要だしねぇ。
「大丈夫、行けるよ」
「なら決まりね。とはいえ、今から行ったら遅くなるから明日にしましょう」
「りょーかい団長」
=====
夜。
寝て、うなされて起きた。
「はっ、はっ……はぁ……」
まだ深夜だ。
ズキリと腕が痛んで、見てみるとたくさんの刃が生えていた。どうりで痛いはずだ。幻覚。
「んん……ミルピィ……?」
すぐ横で寝ていた団長が目を覚ましてしまった。
息を乱して刃の生えた腕を押さえ、いつの間にか涙を流している僕を見て、団長は一気に覚醒したようだった。
「大丈夫よ。怖い夢でも見たの?」
「ぅ、ん……覚えてない。でも、不安で……」
「そう……やっぱり、明日町に行くのはやめておく?」
「ん……いや、行くよ。団長と町に行くの、ちょっと楽しみだし」
団長と話しているとだんだん落ち着いてきて、幻覚幻痛も消えていった。
静かになるとまた不安になってくるから、眠るまで話を続ける。
「楽しい話題が欲しいよね。お題、嬉しかった思い出」
「そうねぇ……最初、碌に会話もできなかったミルピィがだんだん話せるようになっていったのは嬉しかったわ」
「おおぅ、僕のことか。あの時は迷惑かけてごめんね」
「いいのよ、あなたにも事情があったのでしょうし。ただ、最初の印象とはだいぶ変わったわよね、ミルピィって」
「ほら、僕って人見知りだから。あとはあれ、普段澄ましてるのに恋人の前ではデレデレになる人とかいるよね。あんな感じ」
「身内には心を開く人?」
「そうそう」
逆に言うと、身内以外には人格すら見せない。
「じゃあ、あなたの身内には今、誰が居るの?」
「えっとね、団長とー、お父さんとお母さんくらいかなぁ」
「……その両親って、今は?」
「…………分かんない」
「そう……」
「…………うわあぁんだんちょぅ~」
ひしっと抱きついた。
その両親のことで不安なんだからぁ!!
「変な事訊いて悪かったわね」
「団長だけだから! あとは知らない! 知らない人!」
「……他の団員も、身内に入らない?」
「知らない!」
会話で興奮したせいで、寝付くのが余計に遅れてしまった。




