69話 何か……そうだ、掃除をしよう
「旦那、寝込んだってよ」
町から帰ってきた後の夕食時、そんな話を聞いた。
「昼間は元気そうだったんだがなぁ」
「寝込む宣言してたし、実は無理してたとか?」
「いや、旦那はすぐ口にするだろ。疲れたとか怠いとか」
「まあ、旦那の場合は放置すると本当に酷くなるから、言ってくれた方がいいんだがな」
「兄貴って、そんなに身体が弱いんすか? 持病とか?」
俺が入団してからも何度か体調を崩しているけど、何か病気だったりするのだろうか。
「ああ、結構病弱だな。重い持病は無いと本人は言っていたが」
「あ? そうなのか? 旦那、頭痛持ちだろ?」
「あれ、そういやそうだな……」
「なんだか心配になってきたな。旦那、大丈夫かねえ」
「……なんか、貰った金でアレな店行ってきたのが申し訳なくなってきた」
「俺も」
「お前ら、そんなことしてたのかよ。……俺もだけど」
「皆して何やってんすか……」
なんか情報収集のとき、店の名前をぼかしてると思ったら……。
「金と自由時間を貰ったらやるこたぁ一つだろうよ」
「旦那もその辺分かってて金渡してたと思うぜ? ちょうどいいくらいの小遣いだったし」
「お前は知らないだろうが、今日町に行く権利は争奪戦があったんだぜ」
「え、そうなんすか?」
「ああ。昨日に旦那が自分を笑わせる一発ギャグをしたやつを連れてくなんて言ってな」
「あの人何やってんすか……」
少なくとも、昨日まで元気だったのは間違い無さそうだ。
会話をしながら夕食を食べたが、その日は結局兄貴は食べに来なかった。
=====
異変が起こったのは、兄貴が寝込んで次の日の昼前。
アジトのあちこちがおかしくなった。
「おいおい、どうなってんだこりゃ」
「幻術か……? 旦那は今どうしてる!?」
「昨日から寝込んでるよ!!」
「それでか……」
「どういうことすか……!?」
「夜中に旦那の部屋の前を通ると、幻覚を見るときがあんだよ。こりゃ、旦那がスキルを制御できてないんだろうな」
あの強力なスキルが暴走している?
それ、大丈夫なんすか?
「団長は!?」
「さっき旦那の部屋に行った!」
どうやらシェイプル団長が対処に向かったらしい。
となると、収まるまで待つだけだけど……。
「うおおっ、なんかヒヤッとした!?」
「あ、なんかこの花粉、気持ちよくなってきた……」
「おーい!? 頭に花咲いてんぞ!!」
「ぎゃあああ!? 鏡に自分の死に顔が!?」
「あっちは出入り禁止だ! 針が落ちてくる!!」
……大丈夫なのだろうか。
「……ミルピィの旦那が心配だな」
「ドウゴさん、こっちもだいぶ危ないと思うんすけど……」
「なに、結局はただの幻覚だ。それが分かっているから本当のパニックにはなっていない。それよりか、これだけの異常を起こしている旦那の状態の方が気になる」
「確かに、言われてみれば」
これだけ暴走しているとなると、兄貴の体調はかなり酷いはず。
人は病気で死ぬ。どうしようもなく、苦しむだけ苦しんで、結局は死んでしまう。
「兄貴、大丈夫すかね……俺、一度様子を見てきます」
「団長が行ったんだ、やめておけ」
「でも……」
「旦那が体調を崩した場合、旦那の部屋は団長以外出入り禁止なんだよ。姿を隠す余裕が無いからな」
「シェイプル団長は、兄貴の顔を知ってるんすか?」
「訊いたことはないが、多分な。最初から、旦那が寝込んだら団長が面倒見る決まりだ」
俺が行っても、迷惑を掛けてしまうか……。
俺の【活性】、兄貴が持っていればよかったのに。そうでなくとも、【活性】スキルが他人にも効果があれば。
幻術でアジトが落ち着かないまま過ごし、夕方頃になってシェイプル団長が顔を出した。
「シェイプル団長、兄貴の様子は?」
「まだあまり良くないわね、さっきよりはマシになったと思うけど。私はまた、ミルピィの部屋に戻るから何か食べやすい物を用意して持ってきてくれる?」
「うす、分かりました」
「あと、私の食事も一緒に持ってきてくれると助かるわ」
シェイプル団長はそう言って、すぐに戻って行った。
早速厨房に向かい、今日の料理当番にその事を伝えて用意してもらう。
出来たてを受け取り、兄貴の部屋に向かう。
「――迷った……」
幻術のせいでここが何処か分からない。
ああ、このままでは料理が冷めてしまう。零さない程度に急いで歩く。
ん? 何か、甘い匂いがする。
果実のような、蜜のような、ああ、前に食べたお菓子のように甘い匂いだ。
匂いに釣られて進むと、何故か兄貴の部屋にたどり着いた。……目的地に着いたのだからよしとしておこう。
部屋をノックするとシェイプル団長の返事が聞こえ、少し時間が経ってから扉が開いた。
「ありがとうターオズ、助かったわ」
「いえ、運ぶだけだし、俺にできるのはこれくらいですので」
本当に、何もできない。
はぁ……兄貴、早く元気になってくれないかな。
=====
それから3日が経った。
その間、兄貴は寝込んだままで、シェイプル団長は看病に付きっきりだった。
幻術は既に見えなくなり、暫く兄貴の姿を見ていない団員達は、何処か気落ちした様子だ。
……俺を含めて。
「旦那、まだ良くならないのかねぇ」
「団長も全然姿見せないしなぁ……」
トップ2人が居ないせいで、仕事も減っている。
今では最低限の当番仕事くらいしかやることがない。
「やっぱ、この環境が悪いのか? 旦那が体調崩すのって」
「あれは元からだろ?」
「だからこそ、もっとマシな環境じゃないといけないんじゃないか」
「環境っつってもねえ。じゃあどうすりゃいいんだよ」
「あー……そうだなぁ」
「掃除くらいじゃないっすか……?」
「じゃあ、掃除するか」
「だなぁ」
暇な団員で掃除を始めた。
それを見た他の団員が参加して、気付いたときには大掃除になっていた。
それが一段落して、掃除道具を片付けた頃には夕食の準備が出来ていた。
大掃除後の清々しい気分で夕食を食べる。最近は気が沈んでいたから、なんだか今日のご飯は余計に美味しく感じる。
「あれ、綺麗になってない?」
「お、団長……その、後ろのは……」
「ミルピィよ」
「旦那、動けるようになったのか!」
声の方に目を向けると、シェイプル団長と、その裾を掴んだ小柄な人物が居た。
兄貴は寝巻きの上にいつものパーカーを羽織って、そのフードを被っている。仮面もいつも通り着けているが、フードの側面に同じ仮面が掛かっているから、恐らく顔に着けているのは幻術だろう。
「ぁはは……おはよ」
「もう夕方だけどな」
「あ、うん、ごめん……」
「えっ!? いや……え、何が?」
「あー、この子まだ本調子じゃないのよ。まだ、ようやく動けるようになったところね」
兄貴の態度に困惑した団員に、シェイプル団長がそう説明した。
それで、兄貴のことは見守るだけであまり話し掛けないようにすることになった。
次の日。
シェイプル団長を見かけると、その後ろには必ず兄貴が居て、シェイプル団長の裾を握っていた。
雛鳥のように、トコトコ付いて行っている。
次の日も、その次の日も。




