67話 幻に呑まれて
起きたら寝る前よりはマシになった気がする。
でも、汗掻いて気持ち悪い。
壁を草花が覆っている。いや、気のせい。
花弁がふわりと舞い上がった。これも違う。
幻覚が見える。いや、危ないクスリとかやってないよ? 外と内の意識が混在しているだけ。
あれ? つまり、僕の頭の中がお花畑ってことか。 もしかしてバカにしてる?
椅子に座り、ベッドにうつ伏せになって眠っている団長は、本物なのかな。
試しにツンツンしてみる。肩をつつく。無反応。……脇の辺りをつつく。
「――うひゃんっ……ミルピィあなた……!」
跳ね起きて、怒った声を出す団長はちゃんと本物のようですね。安心安心。
「あは、だんちょ~」
「ん……? あなた、大丈夫?」
「んん、んー……あんまりぃ」
少なくとも正常とは言えない。
体調が、すこぶる悪い。
「あなたさっき、凄い苦しそうだったから、それよりは良くなったようだけど……何してるの?」
「……? あっ、なんでもない」
にょろにょろと伸びてきて邪魔だった蔦を退かしていたら、団長に怪訝そうにされた。
程度の低い幻覚だから、団長には見えていないみたい。危ない危ない、僕がアブナイ人になるところだった。
「それより団長、身体、拭いて。汗かいた」
「本当ね、びしょ濡れじゃない。今お湯を用意してくるわ」
団長が一時居なくなる。戻ってくるのだから、少しくらい我慢しよう。早く来て。
でも、お湯を今から用意するとなると、少々時間が掛かるはずだ。
肌寒い。待っている間、この濡れたままなのはどうかと思う。
脱ごう。裸と濡れた服なら当然裸だよね。あ、勿論自室で、人目がないこと前提ね。
ぽいぽいぽいと脱ぎ捨てて、全裸待機。
「お待たせ……っ!?」
「待ってたよ~」
「なんで裸!?」
「ん」
見れば分かるでしょと脱ぎ捨てた服を指差す。
「あー、濡れている服じゃあ、身体に悪いわよねぇ……」
「だいぶ冷えた。団長あっためてー」
「はいはい」
ベッドに座って背中を向けると、その背中に温かいタオルを当てられる。
タオルで満遍なく背中を拭いてもらったら、腕を差し出す。
「そこは自分でやった方が早いんじゃない?」
「手に、力が入らない」
「え、それ本当?」
「うん」
残念ながら本当だ。僕の握力は高熱で力尽きてしまったようで、グーパーはできるけど力が入らない。
ちなみに、足も生まれたての子鹿ってて立てるか不安。
まあ、もともと貧弱だった筋力が、弱ったことで皆無になったとしても驚くことではないだろう。
「思った以上に重症ね。大丈夫なの?」
「さあ? でも、大丈夫じゃない?」
ウイルス感染とかだったら、毎朝のメディカルチェックで分かると思うんだよね。感染菌を貰ってすぐ症状が出るってわけでもないだろうし。
体調が悪いときは、あまり【解析】を使わないほうがいい。あれは脳に負担が掛かる。高熱を出した状態で難しい数学問題に頭を捻らすようなもので、まず具合が悪化する。
でも、インフルエンザみたいなのだとマズいから、最初に一回だけは【解析】している。具合悪くなってすぐに一度解析したけど、病弱のせいで、酷いウイルスに感染したわけではないようだった。酷くない風邪菌は、まあ、あったけど。
僕が本当に介護を必要としていることに納得してくれたみたいで、団長は僕の全身を拭いてくれることになった。
ああ、介護を受けるのってこんな気分なのかな。興奮する。たぶん、違うね。
「はい、これで終わりっ」
「ふぅ……もうお嫁にいけない……」
「そこまでのことはしてないじゃない!?」
「ところで、着替えも結構大変なのですが……」
「うっ……任せなさい……」
あれだね。下着は流石に恥ずかしかったね。
「これはもう、責任取ってもらうしか……」
「だから、そこまでのことは……! それにほら、女同士だし」
「団長顔真っ赤のくせに!」
「くっ……!」
「あ、髪の毛もお願いします」
長いからちゃんと毎日ケアしないと。
洗って拭いて、ドライヤーが無いから更に時間をかけて丁寧に拭く。団長が。
これに関しては恥ずかしいこともないし極楽だったね。ただちょっと、軋む身体には辛い体勢が多かった。
これで大体終わったね。でも、物事は一つ片付くと、次の事がすぐに待ち構えているものだ。
「……あの、団長。お花を摘みに行きたいのだけど……」
「…………立てる?」
「ちょっと、一人では……」
団長におんぶしてもらって、行ってきた。
一番恥ずかしかった。詳細は省かせてもらう。
「団長添い寝して」
「その前に、何か食べない? あなた、昨日の夕方から食べてないでしょう」
「……言われてみれば」
食欲はないけど、そろそろ栄養を摂取しないと。
「食べやすい物を用意するわね」
「あ、待って……手を放さないで……」
「またすぐに戻るわよ」
握力ゼロの手は、簡単に団長を放してしまった。
それで僕は、団長を見失う。
幻覚が悪化している。
高熱が、【虚像】の制御を乱しているみたいだ。
あれ、団長、もう出て行った?
視界がぐちゃぐちゃしてる。
「うぅ、だんちょぅ……ぐす」
【虚像】を常に発動している弊害が……。
団長、早く。
――チクタクチクタク。
――――チクタクチクタクチクタクチクタク。
チクタクザクチクタクザクザク。
植物が枯れ落ち、新たに現れたのは無数の時計。秒針がうるさいほどに鳴り響く。欠陥構造で、時計の針が落ちてきてあちこちに刺さる。
頭がおかしくなりそう。
まるで、不安な悪夢の白昼夢を見ているみたい。心象世界。つまり、この幻覚が僕の気持ちを表している。
――ゴーン…………ゴーン…………。
待ちきれないとばかりに鐘が鳴り、溢れ出た感情は現実へと映し出された。
落ちてきた針が、ベッドでうずくまっていた僕の背中へと刺さった。
幻覚、幻痛。痛い、痛いよ。辛い。
「は……ぁは……だんちょぅ、待って……」
行かないで。早く来て。




