66話 あぁ、気が沈む……
悪化した。
見事に体調悪化した。
魔物を倒したあと、ベッドに潜って錯覚を解いたらもう立てなくなってしまった。高熱というのは急に上がるから困る。
暑い。熱い。
苦しい。あー、これは久し振りにきっついやつだ。最近は【解析】で酷くなる前に休むことができてたから。
朝から体調は微妙だった。でも、それは最近いつもだし、やらなきゃいけないことがあったから……。
すぐに眠ることもできず、ベッドで身じろぎしながら時間が過ぎていく。
すると、部屋をノックする音が聞こえてくる。団長だ。
「どうぞー……」
「体調どう……悪そうね」
「うぅ、だんちょ~……」
「はいはい」
涙目になりながら団長に縋る。
優しさ成分を補充。
「夕食は食べられそう?」
「食欲ない……あ、でものど乾いた」
「今お水持ってくるわね」
水差しとコップを持ってきてくれた。
それを飲んで、幾らかすっきりできたところで……。
「人肌恋しい。団長添い寝してぇ」
「それ、暑くない?」
「暑くてもー」
「……それじゃあ、少しだけね」
団長がベッドに入ってきて、その分少しずれる。
その腕をぎゅっと抱き込んで拘束。
「あー、結構熱あるわね」
「あっつぃ、はぁ……」
「無理しなければよかったのに。あのくらいの魔物なら、私でも倒せたと思うわよ」
「だって団長、あんまり強くないし……」
「これでもそこらの冒険者より強いのよ。ダブルホルダーは伊達じゃないからね」
【索敵】で死角無し、【掘削】で高火力だっけ。
【索敵】は文句ないんだけど、【掘削】はそれ、本来は戦闘用じゃないから。地面に穴掘るスキルだから。地面に穴開けるパワーを魔物相手にも使えるのは確かに強力だけど、攻撃間隔があるのと隙が大きい。
……ううぅ、考えたら頭痛くなった。大人しくしないと。
「大丈夫? だいぶ辛そうだけど」
「つらいー。団長慰めてー」
「薬は飲んでるの?」
「ん? あー、あったかなぁ……」
そういえば、作り置きしていたような気がする。
液体の飲み薬は保存が効かないから、粉薬と塗り薬。適当にあった材料で作ったから、多少症状を緩和する程度だ。
症状を誤魔化すだけなら【虚像】でもできるから、大してアテにしていなかったやつだ。
「まあ、無いよりはマシかぁ……。ベッドの下の、4番の箱に入ってるよ」
「ええっと……これね」
団長が取り出した薬のうち、粉薬を水で飲む。塗り薬はー……。
「……急に脱ぎ出さないでよ」
「きゃーだんちょーのえっちー」
「自分から脱いでおいて……」
「はい、お願い」
上のパジャマのボタンを外して、前を露出する。
そして塗り薬は団長に託す。僕は辛いので横になってますね。
「塗れ、と……」
「おねがい」
「自分でできるでしょ?」
「簡単な作業でもしんどいの。そういうとき、任せられる人が居るなら頼むでしょ? というわけでお願いします」
「仕方ないわね……」
団長は渋々塗り薬を手に取って馴染ませると、恐る恐る僕の肌に塗り始めた。
「――ひゃんっ」
ぴくっ。
「ぁ……んっ……はぁ」
「変な声出さないでよ」
「だってぇ……んんっ」
これは思った以上にくる。
それでも適当にやるわけにもいかないから、団長はしっかりと薬を塗り、僕は耐えた。
終わった頃にはすっかりぐったり。
「はあ、はぁ……だんちょうー……」
「ちょっ、前留めなさい」
再び腕を抱こうとしたら、止められた。
おぼつかない手でボタンを留めようとモタモタやっていたら、結局団長が留めてくれた。
それから団長に添い寝をしてもらってその腕にしがみつく。
全身のだるさやら辛さを、温もりを抱くことで緩和。
いい加減、目を開けているのも怠くなってきた。
確かな安心感のお陰で、すぐに意識は沈んでいった。
=====
流石に深い眠りにはならなかったようで、夢を見た。
体調が悪いせいか、悲しい夢。でも、目が覚めたら忘れちゃった。
寝ている間に出て行ったようで、団長が居ない。
「……だんちょー?」
途端に不安になって、居ないと分かっていても呼び掛けてしまう。
声に出して、返事が無いことが余計不安に感じて、感情が乱れる。
ああ、寒い。また熱が上がったかもしれない。おかしいな、寝たら幾らか下がると思っていたんだけど。
なんで寝る前は暑かったのに今は寒いんだろう。体感温度ころころ変わりすぎじゃない?
うぅ、身体がじくじく軋む。関節痛が地味にキツイ。寒気と相まって全身が不快だ。
どうしてこんなに辛い目に。何度も何度も。そろそろ僕の免疫さんも成長してくれないかなぁ。絶対進歩してないよね。免疫力が風邪を引くごとに強くなるなら、今頃の僕は最強になっているはずだ。
死ぬまでこんななのかな。というか、これが原因でそのうちぽっくり逝くんじゃない? 流行病であっさりと。
そのときは今より酷いんだろうなぁ。どうしてこんなに辛い目に。ああ、楽になりたい。安楽死? いやいや、死にたくはないよ?
それにしても、こっちに来てから体調崩しやすくなった気がする。あー、前は殆ど引きこもりだったから病原菌を貰わなかったのか。じゃあ、引きこもっていれば良かった?
頑張るんじゃなかった?
張り切りすぎて、挙げ句に私怨で貴族宛の馬車を襲い、前のアジトには居られなくなった。
今回は魔物を装ってせっせと盗賊してたけど、魔物の増加で駄目になった。魔物の間引きが終わった後にまた同じようにやったら、余計に警戒されてしまう。
次は、どうしよう……。結局何をやっても盗賊の不利な状況は変わらない。綱渡りだ。下手に頑張ると、また前のようになってしまうかも。
もう、盗賊とかよくない?
あれ、でも、盗賊じゃなくなったら何になるの……? 団員はどうなる?
みんな、【虚像】でステータスを偽れば町には入れる。細々とでも町で稼げれば、生活できるかな。皆が皆、別の仕事に就いて、バラバラになって。
中には上手く行かない人も出て、そんな人は町に居られなくなって……。あぁ、なんだ。結局みんながっていうのは無理なのか。
そういえば、一番下の子は元奴隷で、証があるから今も奴隷だった。隠せば大丈夫。でも、絶対に隠し通さなきゃいけない。他の人も、町ではステータスを偽って生活することになる。
リスクが高い。危なすぎる。人間何が起こるか分からないんだ。何かの拍子にっていうのは何処にでもある。団員全員でそんなことをやっていたら、いつ何処でバレるか分からない。そんな不安を抱えて生きていくなんて、不安で、余計にボロが出やすくなる。
やっぱり盗賊だ。人に迷惑掛けてでも、自分とその周りだけでも小さな幸せを感じて暮らしたい。
だから団長、何処まででも付いていくよ。そもそも僕は、この世界で団長無しでは生きられない。心の支柱にしたから。支えが無いと立てないから。だから支えて。信じさせて。安心させて。暑い。寒い。暑い。あつい。くるしい。
涙が浮かんで視界がぼやけて、そんな視界には幻覚ばかり映っている。【虚像】は僕の内面世界を映すから、精神が不安定になると簡単に暴走する。見えてる世界が混同する。
「――! ――――!」
声が聞こえた。これも幻覚かな。判断が付かない。
触られて、感触があって、本物か分からないけど、なんだか安心できた。
もうひと眠りしよう。




