59話 食事中は話し合い
したっぱ君視点。
兄貴がオーガタウロスを狩ったのが4日前のこと。
その次の日から3日間、高級肉として知られるオーガタウロスの肉料理が毎日夕食に出てきた。料理も兄貴が作ったらしく、めちゃくちゃ美味かった。
そして今日、兄貴は夕食を作らなかった。
オーガタウロスの肉はまだ残っている。それを塩漬けして保存食にするのは勿体ないということで、悪くなる前に全て食べきることになっている。だから今日の夕食にも高級肉は入っていた。なのに物足りない。
「今日の料理当番、味付けミスったか?」
「……なんかちげぇよな。いや、これはこれで十分美味いんだが」
他の団員も俺と同じ感想だ。
不味くはない。高級肉はやっぱりいつも食べる肉より美味しいし、その出汁が出ているスープも普段より美味しい。
昨日まで食べていた物が美味しすぎたんだ。
「旦那か……」
「夢のように美味かったからな。やっぱあれ、高級肉のせいだけじゃなかったんだ。作り手が居てこそだな」
「旦那の料理食ったとき、マジで俺、幻術に掛かってんのかと思ったわ」
「それを3日連続だからな。そりゃ今までが物足りなく感じるはずだぜ」
「今日はなんで兄貴が作らなかったんすかね?」
今日は町へ行っていないから、時間はあったと思うけど。
「旦那は気まぐれだからなぁ……。一応訊いてきたらどうだ」
「じゃあ、そうします」
一度席を立ち、兄貴が食事している席まで移動する。
広場に点々と配置しているテーブルと椅子。兄貴の居るテーブルの席には、団長と子どもが二人居た。最年少のティールと未成年中最年長のラスクだ。
「ん? したっぱ君どうかした?」
「うす、今日の夕食、どうして兄貴が作らなかったのかなと思いまして」
「ああ……3日も作ったし、もう、暫くいいかなって」
「三日坊主ね……」
「団長何か言った?」
「別にぃ」
料理に飽きたと言うのか。
兄貴はあの料理の味をなんとも思わないのだろうか。
「ミルピィ様さぁ、あんな美味いもん作れるのに料理しねえの?」
ラスクが言いたいことを言ってくれた。
「料理ってさ、結構重労働なんだよね。ほらここって人数多いし」
「俺も当番で作るから分かるけどさ、そんなの慣れだよ慣れ」
「あれ、未成年って当番無いんじゃなかった?」
「俺はやってるぞ」
「そんな……君もアジトでは遊んでるだけだと思ってたのに」
兄貴……普段アジトで何してるのかと思ったら、遊んで過ごしてたんすか……。
確かに、アジトでは兄貴を見かけることが少ない。仕事をしていればそれなりに顔を合わせていたはずだ。
「他の子も、できる仕事はやってるわよ。薪にする枝拾いとか」
「そうそう、ミルピィ様と一緒にするなよな」
「ティールもしごとしてる~」
「……ほら、ミルピィ様はさ、せっせと町まで行ってるから。枝拾いとかそれ、僕の業務外だから。ちゃんと違うところで頑張ってるから」
「ちなみに、ターオズさんもアジトに居るときは仕事してる」
俺の名前が分からなかったのか兄貴は首を傾げたけど、ラスクが俺を指さすと気付いたようで、「えっ」と短い声を漏らした。
「課業時間外なんだけど」
「そんなのうちには無いわよ」
=====
「で、旦那はなんて言ってたよ?」
「もう、暫くいいかな……だそうです。料理が大変で飽きたみたいすね」
兄貴達との話がどんどん逸れていったため、適当なところで切り上げて戻ってきた。
「やっぱりか……」
「旦那はマジで飽きるの早いからなぁ。今回ばかりはもっと続いてほしかったぜ……」
「いやお前、もう諦める気でいるのかよ。旦那はその気になれば美味いもん作れるんだから、気分を乗せさせる方法を考えんだよ」
兄貴に料理を作りたいと思わせる方法か……。
「美味しいものが食べられる」
「俺らからしたら、やっぱそれだよな」
「旦那のやつ、普段食生活がどうのとか言う割になんで自分で作るとなると面倒臭がるんだよ」
「重労働で疲れるらしいすよ」
「それに釣り合う何かが必要か……」
「なら、俺がマッサージを――」
「却下」
「はええよ! なんで!?」
「前に旦那に気安く触ってボコられたやつー」
その言葉で、数名が手を挙げた。マッサージを提案した人も挙げている。
「おお、こんなに居たのか。俺だけじゃなかったんだな」
「俺なんか挨拶で肩軽く叩いただけでキレられたぜ。最初はヤバいやつだと思ったもんだ」
「というわけで、旦那は潔癖症なのか知らんが触られんのが嫌いなんだよ」
「え、そうだったんすか?」
「知らなかったのか?」
俺、いつも兄貴のこと背負ってるんだけど。
言われてみれば、リークル聖女の手を弾いているのを何度か目にしている。でもあれは聖女さんのせいな気もする。
「俺らから旦那に提供できて、旦那が喜ぶようなものあるか?」
「物はまず無理だな」
そもそも買い物担当が兄貴だし、家業の成果でも兄貴は副団長だから優先して盗品を自分の物にできる。
「マッサージはともかく、何か奉仕をするのは俺らでもできそうじゃないか?」
「旦那が料理を作った日は王様のように扱う」
「おお、喜びそうじゃねえか? 旦那、前にやった王様ゲーム楽しんでたし」
「あれは下心にまみれたゲームだったな。酒入ってたからこそ成り立っていた気がする」
「如何にして団長へ許される範囲のことをするか。実は旦那、全力で勝ちに行ってたよな」
「ああ、流されているだけかと思ったら、王様になった途端にあれだよ」
「それならいっそ、団長に何かしらやってもらえば料理くらい作ってくれるんじゃないか?」
「……いけるか?」
=====
食事が終わり、広場から出たところのシェイプル団長を追いかけて声を掛ける。複数人で。
ありのまま伝えてお願いすると、シェイプル団長は難しい顔をした。
「ミルピィが料理するために、ねぇ……」
「団長だってまた食いたいだろ?」
「そりゃあ美味しかったけど、個人的にはあまり、ミルピィに料理させたくないのよね」
「え!? なんで……」
「あの子、調理に関しては包丁の握り方も怪しい素人なのよ。だから包丁を使う作業や火回りのことは私がやったけど、それでも怪我しそうで危なっかしくてね」
包丁の握り方? 兄貴の武器、ナイフなのに……。
「はあ? それでなんで、あんな美味い飯出てきたんだよ」
「私も不思議なんだけど、まあ、ミルピィは薬の調合ができたり、いろんな知識があるから。きっと料理も知識はあるんでしょうね」
食材を切ったり火加減を調整したりはできないけど、料理の作り方は知っているということだろうか。
「それって、あの料理はレシピがあれば作れるってことすか?」
「うーん、細かいさじ加減までは技量がないと難しいと思うわ」
「旦那はその技量がないんじゃなかったのか?」
「見ている限りではね。だから不思議なのよ……」
「やっぱあの味は旦那じゃないと無理ってことか」
「それなら旦那が怪我しないように、危ない作業は俺らがするからよ。頼むよ団長」
「そうねぇ……」
シェイプル団長は渋っていたが、皆で頼み込むと、仕方ないとばかりに頷いてくれた。




