5話 え、馬? 乗れるわけないじゃん
次の日の朝、朝食を食べ終わったらしたっぱ君を呼び出した。
「それじゃあしたっぱ君、この後一緒に町へ行くから準備してね」
「うす、分かりました」
あとは、団長に買ってくるものを聞いておかないとね。
さっきは呼び出したけど、今度は自分から団長のもとへ向かう。団長は上司だからね。
団長も朝食の場に居たから、すぐに見つかった。
「団長、ミルピィ様はこれから町へ行くけど、買ってくるものある?」
「そうね、必要な物をメモしておいたからそれを渡すわね。ちょっと待ってて」
団長は一度自分の部屋に戻って、紙切れを持ってきた。
「はいこれ。落とさないでね」
「大丈夫だって。じゃあ、行ってくるね」
「行ってらっしゃい」
団長と別れたら、したっぱ君と合流してアジトを出る。
「うわ、凄いですねこれ。ここに盗賊のアジトがあるなんて分かりませんよ」
したっぱ君はアジトの入り口を見て驚いている。
昨日寝る前に幻術を掛けたからね。したっぱ君は話に聞いただけで見るのは初めてか。
「人間相手にはこれで十分。魔物は匂いとかで気付くから油断できないけどね」
そのため、アジトの入り口は扉で塞いでいる。これは後々補強してもっと頑丈にする予定だ。僕以外の誰かが。
「これが幻術なんすねぇ」
したっぱ君はぺたぺたとアジトの扉を触りながら感心している。
僕の幻術を褒められて悪い気はしないけど、僕はさっさと出発したい。
「さあ、そろそろ行くよ」
「あ、うす。分かりました」
それからは二人で道を歩く。最初は人があまり通らない場所なせいで普通に歩くより疲れる道だ。
20分後。一度目の休憩。
「兄貴、休むの早くないすか? 俺ならもっと行けますよ」
したっぱ君は自分のことは気にしなくていいと言ってるつもりなんだろうけど、既に疲労している僕からしたら批難しているようにしか聞こえない。
「僕はもう疲れたんだよ」
「そうですか。なら荷物持ちましょうか?」
荷物と言っても腰に付けたポーチくらいだ。あとは服の下にもいろいろ入れてあるけど、それは流石に渡せない。
「んー、そうだ。君、ちょっとしゃがんで」
「こうすか?」
「そうそう」
僕はしゃがんだしたっぱ君の後ろに回り、その背中に乗り込んだ。
「はい立って……これでよし」
「えーっと、もしかしてこのまま歩くんすか?」
「うん。頼んだよ~」
「うへぇ……」
残念ながらしたっぱ君は新人の下っ端。上役には逆らえない。
しぶしぶといった感じで進みだした。
……何と言うか、二人で歩いてたときより進むのが早い。
僕が歩くの遅いのは知ってたけど……もう、ずっとこのままでいいかな?
それに結構気持ちがいい。
最初は落ち着かなかったんだけど、人の背中は思いのほか安定してて、規則的に揺れるのがまた眠気を誘う。
だんだんと、眠くなってきた。
…………。
=====
気付いたら寝てた。
今、起きた。
したっぱ君の首元に預けていた頭を上げる。
軽く寝ていただけだったみたいで、まだ町へ向かう途中のようだ。
「あ、起きましたか?」
「うん、おはよぅ……」
「おはようございます」
まだちょっと眠気が残っているなぁ。
眠気覚ましに今まで暇してただろうしたっぱ君の相手をしてあげよう。
「町まであとどれくらい?」
「そうですね、あと30分もすれば着くと思いますよ」
おお、したっぱ君だいぶ頑張ったね。僕を背負ってから休憩無しで結構近くまで進んでいたようだ。
「一度休憩する?」
「いえ、兄貴が思ったより軽かったんでそんなに疲れてないですよ」
「ん、まあ重かったら背負ってなんて頼まないよ」
「頼まれてない気がするんすけど」
「じゃあ、命令」
了承を取るかどうかの違いで、結局はどっちも変わんないけどね。
「ああでも、なんか所々硬かったですね。腕とか何か入れてます?」
「武器を隠し持ってるんだよ」
「あー、だから町の外なのに手ぶらなんすね。てっきり魔物が出ても幻術だけで何とかするんだと思ってました」
「まあ、その方が楽ではあるよ」
そういえば、したっぱ君は何も武器を持っていないね。
そのうち魔物と遭遇することもあるだろうし、したっぱ君にもちゃんと武器を用意しないとね。
「君は何か武器使えないの?」
「いえ、碌に戦ったことないです」
「盗賊になったんだし、そのうち人や魔物と戦わせるから何か武器用意するね。取り敢えず剣でいいかな」
「やっぱり、俺も戦うんすね」
「うちの盗賊団は戦える人が少ないからねぇ。数合わせ程度でも必要なんだよ」
少ないって言うか、まともに冒険者とかと戦えるのは僕くらいだったりする。あのむさ苦しい男どもは、実は村人に毛が生えた程度の実力しかない。
「まあ、君はそのうち鍛えてあげるから」
「え? 兄貴が剣術を教えてくれるんすか?」
「いや、僕は剣を使うわけじゃないから剣術は無理だけど、ある程度の戦闘訓練くらいは付き合えるよ」
「ということはやっぱ兄貴強いんすね」
「ふふん。自分で言うのもなんだけど、あの盗賊団の中では一番強いよ」
「おおっ、流石兄貴」
比較対象が弱いのは黙っておく。まあ、彼らにも先輩としての威厳があるだろうし?
「にしても、あんな大人数の盗賊団が近くに居るなんて知らなかったです」
「ああ、最近ここらに来たんだよ」
「そうだったんすか。でも結構な人数ですし、どっかで有名なとこだったりするんすか?」
「んー、全然」
確かに一つの盗賊団で20人近くも居るのは数が多い。
それだけの人数だと毎日の食事だけでも結構するし、人数分働くと目立つ。それで討伐される危険も高まってしまう。
でもまあ、うちは人数が多いって言っても子供を合わせてだし、僕が町に入れるからお金をうまく使える。
「うちの盗賊団のほとんどは、もともと開拓村の村民だったんだよ。村が魔物の襲撃で壊滅して、まともに生活できなくなった人たちがそのまま盗賊になったんだ」
盗賊団なのに子供も居るのはそれが理由。
親を魔物に殺され、頼る人が居なくなった子供を養うためにも団長は盗賊団の団長になった。もとは村長の娘だったらしい。
「それじゃあ、兄貴も前は普通の村人だったんすね」
「いや、僕は違うよ。後から入ったからね」
「あ、そうなんすか。でもよく副団長になれましたね」
「そこはほら、僕の実力で」
「ああ、なるほど」
僕が来るまでコソ泥のようなことをして食いつないでいた盗賊団だし、まともな戦力になる僕はすぐに副団長になった。
もともと副団長の役職は無かったから、前任者も居なく特に文句を言われることも無かった。
「さて、もうそろそろかな?」
「兄貴、それなら降りてくださいよ」
「えー、やだ」
だって、快適なんだもの。
降りないという意思表示として、腕をしたっぱ君の首に緩く巻き付ける。
「なんか兄貴って、体柔らかいですよね。俺より筋肉無いんじゃないすか?」
うわ、うわ。そういうこと言う?
もう体力差からして僕が筋肉無いのは分かり切ったことじゃん。
というか、体のことについて触れるのはセクハラだよ?
――げへへ、お嬢ちゃんのお肌、柔らかいねえ。
あ、完全にセクハラだこれ。
取り敢えず、したっぱ君はこの後こき使う。
さらには、全ての行動を駆け足でやらせよう。