4話 もっと敬っていいんだよ?
「ミルピィ様だあ」
「ミルピィ様おかえりー」
「ミルピィさまおかわり」
適当に座る場所を探していると、子供たちが声を掛けてきた。3人とも10歳に届くかどうかの年齢だ。
「ただいま。おかわりはミルピィ様じゃなくて、あっちのおっさんに言ってきな~」
「うん」
その子は言うことに素直に従って、料理当番のところへと走っていった。
みんな素直だから僕のことをミルピィ様と呼ぶ。自称し続けたお陰でもある。さあ、もっと敬え~。
僕も子供たちが居る場所に座る。
仮面を付けたままだと食べづらいため、仮面の幻術を掛けてから本物の仮面は外す。周りから見ると仮面を外したのにその中は仮面という、マトリョーシカみたいに見えただろう。
「あはは、すごいすごい!」
「もっかいやってー」
「ん? こう?」
子供たちが面白がるのでもう一度。
仮面の幻術に仮面の幻術を被せて、仮面の幻術を手で外す。すると、仮面の中からまた仮面が。……わけ分かんなくなってきた。
子供たちがそれを見てきゃっきゃと喜ぶから、調子に乗ってもう一回やって見せる。
「何やってるのよ?」
遊んでいると団長が手にスープとパンを持ってやって来た。後ろには、したっぱ君も居る。まあ、したっぱ君はまだ知り合いが僕らしか居ないからね。
「あ、お姉ちゃん」
「見て見て、ミルピィ様面白いの!」
「見てたわよ。確かにちょっと面白かったけど、今はご飯中なんだからちゃんと食べなさい」
団長は子供たちにお姉ちゃんと呼ばれている。
団長は姉で、副団長の僕はミルピィ様と様付け。ふふっ。
それはそうとみんな注意されちゃったから、僕もご飯を食べ始める。
「ミルピィ様変なの~」
「ほんとだ、お面付けたままスープ飲んでる」
仮面の幻術は顔を隠すためだけに使っているから、他の動きに合わせるようなことはしていない。お椀が仮面をすり抜けてるように見えているのだろう。
子供が僕の仮面を凝視しているから、悪戯心が沸いた。
ポンッという音とともに突然仮面に花を咲かす。さらにはそれに合わせて仮面の模様も変えた。
もちろん幻術だ。音は普通に口でやった。
「うひゃあっ!?」
「きゃあ!?」
「あはははは」
間近で見ていた子供たちはもちろん驚く。ついでに、子供の声を聞いてこっちを見ていた団長も驚いていた。
「もうっミルピィ、落ち着いて食べなさい」
「はーい」
また注意されたけど、十分満足したから静かに食べることにする。
「兄貴はみんなに好かれてますね」
「まあ、伊達に副団長はしてないよ」
「あ、副団長だったんすね」
そういえばまだ名乗ってなかったっけ。
「じゃあ一応言っておくよ。シェイプル盗賊団副団長のミルピィ様だ。今後ともよろしくね」
「はい!」
「君暫くは僕がこき使うから」
「お、お手柔らかにお願いします」
=====
ご飯を食べ終わり、みんなそれぞれ部屋に戻っていく。
したっぱ君は団長が部屋に連れて行った。僕も食べ終わったし、部屋に戻る。
団長が改築したお陰で、洞窟の中は幾つもの部屋に分かれている。大体アリの巣のイメージ。
部屋にはちゃんと扉も付いていて、プライベート空間がきっちり確保されている。まあ、部下たちは相部屋だけど。
そうだ、アジトの入り口をカモフラージュするんだった。部屋に戻る前に済ませちゃおう。
一度洞窟を出て、入り口に幻術を掛ける。
幻術で入り口を覆い、そこには何も無い、ただの壁となる。
実際は普通に洞窟があるんだけど、これなら触られでもしない限りばれない。入り口にも扉を取り付けてあるから、もしばれても気付かないうちに侵入されることはない。
これは人だけでなく、魔物への対策でもある。うちの盗賊団は戦力になるのが少ないからね。安全地帯はきちんと造る必要がある。
「うん、我ながら完璧」
幻術の出来を確認したら中に戻る。この幻術はしっかり力を込めて作ったから放置してても数日は持つ。
部屋に戻ったら体を洗うための水を取りに行く。桶を持って再び部屋の外へ。
ところで、水はどこにあるのだろう。
「団長、お水どこ?」
困ったときの団長。団長の部屋を訪ねた。
「そういえばミルピィはまだアジトを把握してなかったわね。一緒に行くから付いてきて」
「じゃあついでにトイレも教えて」
「分かったわ」
水汲み場の前にトイレを教えてもらう。トイレは竪穴に粘菌生物を落としたものだ。
その後に水汲み場。そこには水瓶が置いてある。ここに水を溜めておくのも当番制の仕事の一つだ。
「ありがと団長」
「どういたしまして。それじゃあ私は行くわね」
桶に必要な分の水を汲んだらそれを持って部屋に戻る。
そして、自室という完全なプライベート空間に入ったことで、僕はようやく仮面を外した。
そのまま服も脱いで体を洗う。
「むう、やっぱり泡が欲しいなぁ」
濡らしたタオルで体を拭くだけでは物足りない。お風呂入りたいなぁ。
せめてものということで、髪はシャンプーを使って洗う。シャンプーは高級品だけど、ぶっちゃけ盗品だから関係ない。
「……つめたい」
完全水洗いは体が冷える。これはいつか風邪を引く。
洗い終わったからパジャマに着替える。
「すいませーん」
「【虚像】!!」
突然扉を開けてしたっぱ君が入ってきた。
咄嗟に幻術で姿を変える。……あっぶなぁ。
「あ、ここは兄貴の部屋なんすね。……兄貴? どうしたんすか?」
「べ、別に何でもない」
したっぱ君が首を傾げながらも近づいてくる。
僕は一瞬で普段の格好の自分へと姿を変えたから素の姿は見られなかっただろう。
だけど、僕は着替えの途中だった。着替え終わる前にしたっぱ君が入ってきたのだ。
幻術で隠した僕の本体は今、半裸。正確に言うと下はズボンまで履いているけど、上は何も身に着けていない。
そりゃあもう顔が熱い。
「兄貴?」
「何でもない。何でもないから」
だから近寄って来るな!
というか何で君ノックしないのさ。くそぅ、団員には返事があるまで入ってくるなと言い聞かせていたから油断した。
「それで、何か用なの?」
早く帰らせるためにも話を聞くことにした。
「はい、アジトの中を知るためと他の団員に挨拶するためアジトを探検してました」
「そ、そうなんだ。でもちゃんとノックしないと駄目だよ。人の部屋に入るときはノックして返事を待たないと」
「あ、そうですね。すいません」
「まったくもう、気を付けてね。……次やったら殺すから」
「ええ!?」
「じゃあ用は済んだでしょ。おやすみ」
多少強引にしたっぱ君を部屋から追い出す。
はあ、それにしても危なかった。したっぱ君め、明日は散々こき使ってやろう。
幻術を解除して、パジャマの上も着る。
今日は疲れた。ベッド(これも副団長特権)に入ると、すぐに眠気がやってくる。
おやすみなさい。また明日。