42話 memory 7 system error
シェイプルさんは背中が弱い。
さり気なく後ろに回って、そっと指で背筋を縦になぞる。
「――っ!?」
きゅんときた。
後ろから抱きしめる。
シェイプルさんのことはなんでも知ってる。その知識をたっぷりと味わったからね。
弱いところも、ほくろの数だって知ってる。
「ちょっと何する……ああもうっ」
シェイプルさんは抱きしめても振り払ったりはしない。
ただ、最近知ったことだけど、××はこうすると眠くなる。人のぬくもりのなんと心地よいことか……。
「おやすみ……」
自分でも、よくこの体勢で寝れるなって思う。
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【虚像】は寡黙でクールな仕事人。ただ淡々と仕事をこなす。言われたことはあらゆる手段で遂行する頼れる御仁。たまにやりすぎる。
【解析】はちょいちょいやらかすお茶目さん。君がやらかした初日のことはいつまでも恨む。でも、仕事が早い有能君でもある。なかなか憎めないやつ。
【投擲】……君誰だっけ?
そういえば使ったことない。いやだって、スキルの名前からしてもう、投げるだけじゃん。投げる以外何もできないじゃん。解析するまでもない。
それに、投げるものも投げる相手もいない。これでどうしろと。部屋で投げるもの……ダーツか。百発百中ど真ん中。しかしこの部屋には無い。死にスキル確定。
【投擲】は影の薄い子。しかも他の影に隠れちゃう。できる方たちに囲まれて大変そう。
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暇だ。
シェイプルさんはまだしばらく来ない。
この部屋は全部解析したから、他にやることもない。
そんなわけで、虚像さんお願いします。
本日のゲストは、偽・シェイプルさんです。
わー。きゃー。シェイプルさーん。
……なにか、喋ってよ。
はぁ、失敗した。これはちょっと虚しい。
作戦変更。ヒュージョン。今、偽・シェイプルさんと××は一つになった。
はわわっ、シェイプルさんと一つになっちゃったよぅ……。さてと……。
「あ、あー、あー、てすてす」
変声機(虚像さん)を使って声を変える。
「私シェイプル。魅惑の盗賊団団長。特技は穴を開けること。あなたの心もこじ開けちゃうぞっ☆」
シェイプルさんの姿でシェイプルさんの声でこれだ。
いけない。これ以上はシェイプルさんへの印象に悪影響が及ぶ。自分でやっといて、インパクト強すぎ。
ふぅ、またイケない遊びを覚えてしまった。
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「今、手が離せないから。代わりに食べさせて?」
「それを離せばいいでしょ」
「離すとやり直しなの。あーん……あーん!」
両手には紐の両先を纏めた輪っか、それを複雑に絡めて編んだものを装着中。あやとり。
我が一夜城は佳境に差し掛かっている。今離すわけにはいかない。
「しょうがないわね……」
こうしてご飯を食べさせてもらっていると、ますます自分が雛鳥のように思えてくる。
ただし××は決して巣立ったりしない。永住予定だ。
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「シェイプルさん、××のことどう思う?」
「ミルピィのこと?」
「いやいや、××。普通に、名前とかじゃなく」
「どうって言われても……」
「じゃあ、好きか嫌いで言うと?」
「そりゃ嫌いではないわよ」
「つまり?」
「好きか嫌いかだと、好きってことになるわね」
「なるほど。シェイプルさんは××が好き、と」
「やっぱりどう考えても悪意がある質問よね!?」
悪意じゃないよ、好意だよ。
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「けほっ……」
喉の調子が悪い。ちょっと風邪気味。
何故引きこもってるのに風邪を引くのだろう。
そうだ、前に採取した植物の中に喉に効くものがあった。乾燥させる必要があったから、自然乾燥させて放置していたはず。煎じて飲もう。
どこにやったっけ?
……ああ、台所のようなところに干したっけ。
んー、煎じるためにはどっちにしろ台所に行かないといけないからなぁ……。しょうがない、部屋を出るか。
【虚像】
××は鼠。たぶんネズミ。きっとねずみ。恐らくねずみ。ねずみに違いない。
……よし。
コソコソコソコソ。
「うおっ、鼠か!」
おっさんに見つかった!?
ダッシュで逃亡。
しかし、追いかけてきた。
泣きながら走る。
身体が震えて転びそうになる。
こ、このままじゃ追いつかれる……!
曲がり角を曲がってすぐに壁に張りつく。
そして、鼠の幻術を消して代わりに偽・シェイプルさんのご登場。
××本体は偽・シェイプルさんに後を任せてしゃがみ込んだ。口に手を当てて声を漏らさないようにする。
「おっと……団長、こっちに鼠来なかったか?」
偽・シェイプルさんは首を振った。
「そうか、逃がしちまったな。あとで罠でも置いておくか」
ネズミルピィ逃亡成功。
でも、××はまだシェイプルさんの中。
「ああ、待ってくれ。俺は鼠じゃなく団長に話があって来たんだ」
シェイプルさんとともに戻ろうとしたら引き留められてしまった。
違うよ。偽・シェイプルさんだよ。あなたの前に立っているのは××の世界の住人ですよ。人違いです!
長時間(主観)おっさんに話しかけられたせいで身体が震えている。視界がぼやける。
「話っていうのはあれだ。……団長、あんたが匿ってるっていうやつ、今どうしてるんだ?」
「……」
それ、××のことだよね?
ストーカーだ。××のことが気になってしょうがないんだきっと。そのうち話だけじゃ物足りなくなって覗きや盗みを……はっ、そういえばパンツが無くなったことがあった……! 既に末期。予備軍ですらない。
「部屋に匿ってもう結構経つんだろ? ほとんど部屋から出ないなんて、やっぱなんかあるのか?」
「……」
「まあ、あんたがリーダーなんだ。団長のすることに俺らがとやかく言うつもりはないんだがよ。ただ――」
おっさんは、一度区切ってから再び言葉を紡いだ。
その言葉は××にとって、
「――いよいよ本格的に食料が尽きかけている。次失敗したらもう、後がねぇ」
楽園の終わりを告げる鐘と同じものだった。
「俺らはもう、この稼業を選んだ時点で全部ひっくるめて覚悟している。ただ、その部屋に居るやつってのは……そいつ、まだ職業ステータスは盗賊になってないんだろ。なら、まだ余裕のあるうちにどこかの村の前に置いてくるべきなんじゃないか? その後は運に任せるしかないし、そいつにもいろいろあるんだろうが、このままうちの団に居るよりかマシだろうよ」
涙を流す意味が、いつの間にか変わっていた。
もう、聞きたくない。
「……」
「あー、その、なんだ。俺は実際にそいつと接したわけじゃないからな。最終的にはやっぱ団長が決めてくれ。俺らみんな、それに従う。悩むようなら相談に乗る。いろいろ言ったが、あまり気負わないでくれ」
……。
その日は、気が付いたら部屋に戻っていた。
帰巣本能。ここが、××の帰る場所。




