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37話 memory 2 access error

 女の人は何度も様子を見に来た。

 ご飯を持ってきたり、食器を下げにきたり。


 トイレは事前に場所を伝えてくれたお陰で何とかなった。

 体を洗うのは水の入った桶とタオルを渡されただけだった。

 服は着替えを置いていったけど、多少汚れてもまだ、最初に着ていた服のままのほうがマシだった。


 ちなみに着ていた服は完全に部屋着だったから、薄い生地で丈も短いワンピース。求めたのは着心地と可愛さ。

 あの女の人は、××に気を遣ってなのかあまり絡んでこない。毎日声を掛けてくるけど、それだけだった。


 部屋に閉じこもった生活によって、だいぶ××の心も落ち着いた。

 頭痛も無くなった。これは本当に嬉しい。


 ただ、心が落ち着いてただ食べては寝る生活を続けていると、暇が苦痛に感じるようになってきた。

 だって、この部屋何もないんだもん。あの人、本か何か置いてってくれればいいのに。


 流石にもう、あの人に悪意が無いことは分かっている。

 道端で倒れていた××を助けてくれた親切な人なのだろう。


 ××は今まで、挨拶お礼はちゃんとするようにと教わってきた。

 ちゃんと、ちゃんとお礼しないと……。


 今日もご飯を置きに、女の人が顔を出した。


「……ぁ……ありがと……」


 言った……! ちゃんと言えた!


「あなた、今……!」


 女の人も驚いている。そりゃあそうだ。今までヒステリーを起こす以外でまともに口を開いたことが無かったのだから。

 とっても頑張った。


 だからもう限界。毛布に顔をうずめた。



=====



 会話は無理だけど、挨拶くらいはできるようになった。


 朝食のときにおはようとありがとう。

 昼食は無くて、夕食のときにありがとう。水を汲んだ桶を持ってきてくれたときにありがとうとおやすみなさい。

 計五回。毎日そんなに知らない人と話しているんだ。××のたゆまぬ努力の成果と言える。


 それと、頭痛の原因が分かった。

 【解析】のせいだ。改めて【解析】で身体を調べたらそのことに気付いた。


 【解析】


 選択した対象を調べ、欲しい情報を得ることができる。

 解析に必要な知識は、解析する対象、スキル所持者の記憶、空間に存在する魔素情報から抽出される。

 このスキルの使用に魔力は消費しない代わり、解析時の高速演算により脳へ負荷が掛かる。


 よく分かんないところすらも情報源にして、頭痛がするほど脳に負荷を与える。

 なかなかにやばいスキルだと判明した。


 寿命とかもういろいろやばいんじゃないかと焦ったけど、解析結果によるとそういうことは無いようだ。負荷は掛かるけど、魔力で脳を守ってケアしているらしい。

 魔力は消費しないけど、使用はしている。消費しないというところに騙されてはいけない。


 魔力とは、万能エネルギーとでも思っておけば大丈夫。



=====



「そろそろ、あなたの名前でも教えてくれないかしら?」


 返答を要求する疑問形。

 ふっ、××との会話のキャッチボールに挑戦するなんて、この人だいぶチャレンジャーだね。


 いいでしょうとも、受けて立つよ。


「えと、あの……あなた、は……」


 ※××は全力でコミュニケーションを試みています。


「私? ああ、そう言えばまだ名乗ってなかったわね。シェイプル。私の名前はシェイプルって言うの」

「し、しぇいぷ?」


 何その名前? ぷるんぷるんしてそう。――はっ、だから胸がそんなに……!

 なるほど、名は体を表すとはよく言ったものだね。


 でも、そんな感じかー。漢字表記は難しい感じ。

 なら××の名前は、この世界では変な名前になると思う。適当な名前を考えよっと。


「えと……えとえと、その、ミルピィ、なんて……どうかな……」


 いつも巣の中でピーピー鳴いてご飯を貰うだけの雛鳥。

 でも、ミミズとかがご飯なのは嫌だから、せめてミルクがいい。そんな名前。


「どうかなって、あなたの名前でしょう?」

「……そ、ぁぅ……だけど……」

「私は、可愛らしくていい名前だと思うわよ」


 思いっきり偽名だけど、それでも名前を褒められるのは少し嬉しかった。



=====



「……しぇ、しぇーぷにる?」

「それ、私の名前を呼ぼうとしたの?」

「あぅ、その……ぅん」

「シェイプルよ」

「シェイプル」


 別に××は馬鹿ではない。だけど、人の名前だけは一度で覚えられた試しがない。祖父母の名前なんて完全に忘れた。

 人それぞれに違う、一種の暗号だよね。知り合いだけが知る暗号。その人個人とのコミュニケーションに必要な合言葉。


「それで、どうかした?」

「その、ぁのその……ここ……どこ、なのかなって……」

「あぁ……」


 ずっと抱いていた疑問。

 壁を解析したら『岩壁』と出てくる謎の空間。扉が付いてるし部屋の形式は保っているけど、岩壁って。


「あなた、今までよくそれで平然と部屋に居られたわね」

「えと、外に出なきゃ、その……一緒かなって……あぅ……」

「一体いつまでここに籠る気でいるのよ……」


 いやでも、ここを出ろってのは死ねと同義語だからね?

 ××のことをあまり舐めないでほしい。そこらの愛玩動物のほうがまだ生存確率が高い。


「まあ、かく言う私も、説明しづらいから今まで何も言わなかったんだけどね?」

「ぁっ、じゃあ……えと、別にいいです」

「そこで変に遠慮するんじゃないの。ちゃんと教えるから。でも、あまり驚かないでね?」

「ぇ……じゃあ、やっぱりその……言わなくて、いいです」

「諦めないでよ……」


 だって、そんな風に言われると怖いよ。

 今の小さな生活さえ、壊れてしまいそうで。


「ミルピィだって、いつまでもこのままじゃいられないでしょ?」

「ぇ……そ、なの……?」

「なんで心底驚いたって顔してるのよ……ここから一歩も出ない生活なんて、辛いでしょ?」

「ぁぉ、じゃなくて……えと、わたしは……ここ、あの、幸せ、だよ……? だから、その……出たくない……」

「そんなに、外が嫌なの?」

「ぅん……だから、ぇと、えと…………養って……」


 見放されたくないから、全力で上目遣い。それはもう媚びた。


「私だって、人を養えるほど生活に余裕は無いわよ」

「ぇ……見放さない、で……」


 涙腺決壊。滝のように涙が流れた。

 もう駄目だ生きていけない。


「ああ、ごめんなさいっ、そんなつもりは無いわ。ただ、あなたも一生ここで私にご飯を貰うだけの生活では嫌でしょ?」

「ひくっ、ぐすっ……うぅぅ……」


 別にそれでいい。衣食住は最悪だけど、揃ってはいるのだから。

 否定のために、ふるふると首を振った。


「困ったわね……」


 その後は、おろおろとしたシェープルさんに宥められているうちに、泣き疲れて眠ってしまった。

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