36話 memory 1 reading error
起動を感知。
対象を特定。
記憶の抽出を開始。
――エラー。
一部の読み込みに失敗。
原因を精査。
追跡開始。
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――上を見上げれば、そこには部屋の白い天井ではなく、どこまでも続く青空が広がっていた。
ここはどこだ。
××の部屋じゃない。
どう見ても屋外。家の外ならどこなのか分かるわけないか。知ってる場所自体無いんだから。
青々とした景色。
広い草原に、除草された人工的な砂色の道が一本。
そんな場所に、裸足で一人ポツーン。
ああ、夢か。リアルだなー。お外の景色なのに。
一歩動いて、止まる。
痛い。足の裏痛い。
これ夢じゃないよ。なんで裸足なの。さっきまで部屋に居たからだよ。
原因は分かっている。
いや、理解はしてないけど、きっかけはあれだろう。
突然足元に現れた光。光の文字、線、模様。
自分の知識に当てはめると、一番近いのは魔法陣とか言う非科学。
それで気が付いたらここ。ぽつんと。
……やっぱ、夢ってことでいいんじゃないかな。
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凄いこと気付いた。
なんて全能感。今の××ならなんでもできる! 気がする!
もの凄く頭が回る。知らない知識すら読み取れる。
知る快楽。暴く喜び。
――解析開始。
どうやらこの草は、すり潰して塗ると腫れに効く薬効があるみたいだ。
この花は葉っぱが薬草として使える。この草は根っこを塩ゆですると粘り気が出る。
あ、この実は美味しく食べれるみたい。
すてき。楽しい。面白い。
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……頭割れそう。
どうしてこんなに頭が痛いの。ズキズキズキズキ。
そうだ、自分を調べよう。そうすれば原因が分かるかも。
――解析開始。
所持スキル。
【虚像】【解析】【投擲】
なにこれ。
ああ、解析。【解析】ね。××はさっきからこれを使っていたのか。
他二つは知らない。なに投擲って。投げろってか。
知らないから調べようとしたけど、さっきより頭痛が酷くなった。
なにこれおかしい。
ああ、お父さんお母さん。今ならお父様お母様と呼んであげてもいいから助けて。
そうだ、もしかしたらこの痛みは、久しぶりに外に出たせいかもしれない。太陽が眩しい。××なんて名前なのに。
立っていられなくなり、頭を押さえてその場にうずくまった。
痛い。痛い。痛い。泣きそう。
痛みが消えない。辛い。
この痛みがずっとこのままだったらどうしよう。死んじゃうのかな。悪化したら間違いなく死んじゃう。
ズキズキズキズキ。気付いたら涙がこぼれていた。でもこれは仕方が無い。だって痛いんだもの。どこかにそれを発散しないと耐えられない。
――足音。
こんなに辛くてめちゃくちゃなのに、その足音はしっかりと耳に届いた。
それは、危機意識からなのか。
やばい。
どうしよう。
怖い。どうして。助けて。どうしよう。痛い。人が。辛い。逃げないと。足が。涙が。人が。誰かが。音が。近づいて。
「――あなた、どうしたの? 大丈夫?」
声が聞こえた。女の人の声だ。
涙が止まらない。そのせいで視界が塞がり、その人のことを満足に見ることができない。
――逃げないと。
逃げようとして立ち上がったけど、足に命令を出す脳が駄目だった。
痛くて痛くて、まともに歩けない。上下左右、立っているのか転びそうになっているのか分からなくなったときには、お尻が地面に着いていた。やっぱり転んでいた。
「ちょっと、ホントに大丈夫?」
ちょっと焦った声とともに女の人が近づいて来た気がした。
不幸中の幸い、相手は女だ。まだ危険は少ないはずだ。
でも、やっぱり危険。大小関係なく、少しの危険で××は死んじゃう。逃げないと。
逃げれない。助けて誰かヒーロー夢なら覚めて頭が痛いもう辛いよ――。
何かが触れた。
遂に距離がゼロになった。いつの間にか肩に触れられていた。
「来ないで――!!」
混乱する頭で、なんとか声を出すことができた。
精一杯の一声は、悲痛のこもった悲鳴になっていた。
キーンと、頭に響く。
やってしまった。痛みに耐えられなくなって、体を縦にすることもできなくなった。
地面に倒れ、両手で頭を押さえて痛みから逃れようとする。
「う、痛い。痛い痛い痛い痛い。助けて逃がして殻にあお嘘だ辛いよ死にたくない早く殺して――」
一度声にするともう止まらなかった。
吐き口がそれしか残っていなかった。
「ちょっと、しっかり! 今人を連れてくるから、町まで行けば医者も見てくれるわよ。それまで――」
「やめて! 人は、誰も、駄目。町も誰も大人も男も人も子供も女も――! 見たくない見られたくない触れられたくない触んないで声もきっと駄目外が駄目やっぱり出ちゃ駄目だったんだ辛い溺れそう」
叫ぶと頭が痛む。
だけど、声を発するのは痛みを誤魔化せる数少ない手段だった。まともに考えて紡ぐことはできないけど何を言ったのかも記憶できないけどそれでも口から声が出た。
助からないと。助かりたい。
情報。なにか、痛い、ズキズキズキズキ。
ズキズキズキズキズキズキズキズキ。
ぷっちりと。
意識はそこで途絶えた。
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夢オチがよかった。
目覚めた場所は、薄暗い、謎の空間。
立ち上がろうとしたけど、ふらついて駄目だった。
「よかった。目が覚めたのね」
女の人の声。
どこかで聞いたような――ていうかさっき聞いた声だ。
横を向くと目が合った。――怖い。
時と記憶と恐怖が膨張してパンパンに膨らんだ不安が、一瞬で感情の波を超える。
その結果として、涙が溢れた。
その後のことはよく覚えていない。
パニックになって、何かを叫びながら暴れて、気付いたら一人になっていた。
追い出せた。逃げ延びた。
頭がボーっとする。
動いたら疲れた。声を出したら疲れた。いつ以来だろう、こんなに声を出したのは。
膝の上に毛布が掛かっていた。質の悪い、逆に手に入れるのが難しそうという意味での逸品。
それでも体温を閉じ込め、顔を覆い隠すくらいの性能は持っていた。
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無防備にも、寝てしまったようだ。
でもそのお陰で頭痛が和らいでいる。よかった、悪化したら冗談じゃなく死んでいたかもしれない。
辺りは相変わらずの謎空間。
周りを眺めていると、テーブルの上に食べ物を見つけた。
食べ物だよね……?
パンらしきものと、たぶん水。
それを見た途端、もの凄く喉が渇いてきた。いや、身体が渇きを思い出したのだろう。
どれくらい寝ていたのか分からないけど、あんなに泣いたんだから喉も乾くよね。
耐えきれずに飲んでしまったけど、身体に異変も無く、心も落ち着いてきた。
やけに固いパンをちまちま齧りつつ、今の状況について考える。
女の人に拉致られた。そして、こんな粗食を与えられている。
これは詰んだ。あの女はきっと大悪党だったんだ。きっとこのあと犯して捨てるか売られる。
どうしてこんな目に。
そう考えただけで涙が出てきた。
「うぅ……ぐすっ、ひっく…………」
食べて飲んだからか、泣いて疲れたからか、それとも頭痛のせいか。
いつの間にか、再び眠りに落ちていた。




