35話 多事多難なお昼どき
「ふむ、では先程の本の内容についてで盛り上がろうか」
「ああ、いいですね。いろいろ気になりましたけど、あれ結局、最後のはどういうことなんでしょう」
「俺もそこは気になった。『途上』というだけあって、あんな風に終わることはまず無いはずだが。本人がその場に居るのだから」
「これだと消えて終わりですもんね」
僕は無言のまま、マジックアイテムのナイフを錫杖男に渡した。
「お、いいのか?」
「白々しい……!」
「あの、ミールちゃん、さっきの――むぐっ」
聖女の人が何を言うつもりだっかのかは知らないけど、どうせろくでもない。声に出す前に手のひらで口を塞いだ。
動かなくなったら手を離す。
女の人は、手を離してもそのまま固まっていた。
……まばたきすらしないんだけど。ちょっと怖い。
「おーい……?」
「……………………ふへっ」
硬直していた聖女は、突如、にんやりと口元を歪めた。
背筋がぞっとした。
この人やばい。
反射的に、触った手をズボンでゴシゴシ拭った。
「がーん……! ちょ、いや違うんですよ。今のはちょっとこうふ……息が詰まっただけで、全然! いやしい気持ちなんて全然ありませんよ! リーベナゼルの聖女は汚くないですよ!」
「詰め寄らないでっ。近寄らないでっ!」
「そんなぁ!?」
ガタガタと椅子をズラして距離を取る。
この人からは、すごく危険な匂いがする。貞操的な危険が。
「なあ、先程の能力をもう一度見せてくれ」
「今それどころじゃない。この人絶対やばいから!」
「全然やばくないですよ! 清く正しい聖女様ですよ!」
思わずといった感じで手を伸ばしてきたので、僕も思わずそれを弾いた。ちゃんと考えたとしても、結果は同じだっただろう。
「ふむ、教会の聖女よ。そう言えば貴女もマジックアイテムを持っていたな。その首に掛けているやつだ」
「え、なんで知ってるんですか。ちょっと怖いんですけど」
「気にするな。それより、機会があれば見てみたいと思っていたのだ。この際だから見せてくれないか? 少しでいいから」
「い、嫌ですよ」
聖女は胸元――恐らくそのマジックアイテムがある場所を服ごしに掴むと、前のめりになっていた腰が引けた。
……ナイス錫杖。元はと言えばこいつのせいな気がするけど、ちょっとだけ感謝した。
「ふむ……」
錫杖男は考える仕草をしながら、スッと右手を伸ばした。その手にはマジックアイテムの本が握られている。
「あぶなっ!? ――何するんですか!!」
錫杖男がさり気なく押し付けてきた本を、聖女は辛うじて躱した。
……この錫杖、不意打ちで脅しの兵器を使ってきたよ。油断も隙も無い。
もうヤダこの席。
両サイドが危険すぎる。
ふとテーブルの向かいに座っている二人を見ると、不死身君が何かをしたっぱ君に語っていた。声がさっきから聞こえていたから、ずっと二人で話していたのだろう。
向こう側はすごく平和そうだ。
最初は正直、不死身うるさいなぁと思っていたけど、今ではしたっぱ君と場所を交換したい。
相槌を打ってるだけで会話が成立する彼は、なんて平和な人間だったんだろう。欲望が見え隠れして、というかさらけ出しているこの二人の相手よりもあっちがいい。
「――ふむ、残念だ。それならまたの機会にしよう」
「諦めてくださいよ……」
どうやら聖女は逃げ切ったみたいだ。
「それで、このナイフなのだが」
そうなると当然、僕の方に狙いが戻ってくる。
弱みを握られている僕は結局、ナイフの情報を犠牲にした。
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「疲れた……」
昼食を食べにきただけなのに。
僕はようやく彼らから解放されて、今はテーブルに突っ伏して休んでいる。
というか、大丈夫かな? あの本の内容。
どう思われただろうか。
曖昧で、抽象的な表現も多かったけど、はっきり書いてあるところもあった。
……まあ、今更気にしてもしょうがないよね。
「なあお前さん、あのとき言ってたことは本気だったのか?」
「ん?」
また誰かに話しかけられて、顔を向ける。
前に一緒に依頼を受けたことがある男だ。
「なにが?」
「スキル持ちだけでパーティを組むって話だよ」
「それこそ、なんで?」
「いや、スキル持ちだけで集まってたみたいだったからな。勧誘でもしてんのかと」
したっぱ君、聖なんとか、不死身君……。
言われてみれば全員スキル持ちだね。
「もしかして、あの錫杖男も?」
「スキル持ちだったはずだ。なんだ、知らなかったのか?」
【解析】してやればよかった。
じゃあ、あの場には五人もスキル持ちが集まっていたのか。それなら興味の対象になっていても仕方ないね。
「ねえねえ、あいつ、どんなスキルなの?」
「いやぁ、俺も詳しくないからよく知らないんだが、戦闘系のスキルなんじゃないか? あいつ、冒険者としてかなり実力があって有名だからよ。あの歳で二級冒険者だぜ」
特級、一、二、三、四、五級の中の二級。二つごとに上、中、下級冒険者と分けて呼ばれる。
特級はほとんど名誉階級みたいなもので数えるほどしか居ないらしいから、実質最上級の一つ下と考えるとなかなかの実力だ。
僕は四級。
たいして活動してないけど、ヴァンダーボアを討伐したのと戦闘系のスキル持ちなのを加味された結果一つ上がった。したっぱ君もついでに昇級している。
冒険者ミールは登録時に【投擲】だけステータスに表示させておいた。困ったときはスキルのお陰で誤魔化そうと思って。ヴァンダーボアを倒せたのも、スキルのお陰です(どのスキルかは言っていない)。
実際あのときは【投擲】が役に立ってたしね。
「それで、あいつらとパーティ組むのか? いや、聖女様は難しいだろうけどよ」
「まさか。あんな疲れるメンバーで仕事なんかしたくないよ」
あの面子だと魔物だけでなく味方も警戒しなくてはいけない。
ないない。ありえない。
「そうか? 盛り上がってたじゃないか」
「気のせいだね。それか、一部だけ」
それにしても、今日はいろんな人に声をかけられる。
僕も有名になったのかな。有名税ってやつだ。税金なら仕方ない。
今更だけど、僕はまだ病み上がりだ。もう少し落ち着いた、ゆっくりとした生活をしたいね。例えば引きこもるとか。
……はぁ、帰ろう。
4月からはプチ忙しくなるので、更新ペースが落ちていくと思います。
エタらないように気を付けます。あと、体調にも気を付けます。
あ、エイプリルフールネタではないですよ? あ、やめて、ブクマ外しだけはどうか……!
次回から過去話。




