34話 向かい側の二人も何か会話していた
ギルドのテーブル席の一つに五人が腰掛けている。
僕の両隣に錫杖の男と聖女なんとかって人。
正面にはしたっぱ君。その隣、錫杖の男の向かいに不死身君だ。お昼なので、全員が昼食を食べながらそれぞれ話をしている。
……どうしてこうなった。
「……どうして、ここに居るの」
取り敢えず、一番気になるところを訊くことにした。
「私ですか? いやぁ、仕事で呼び戻されてしまいまして。幸運なことに!」
「そっか、ツイてないね……。でも、仕事ならまたすぐに帰るんじゃない?」
「それがですね、今回私の【治癒】に不手際があったとかで呼び戻されたんですよ。何でも治したのに再発したとかで。さっき【治癒】してきましたけど、原因が分からないので暫くはこの町に滞在して様子見ですね。ちなみに、ここに来るまでの道中の護衛をしてくれたのが、そこに居るノルロークさんだったんですよ」
「ちょうど王都から戻るところだったからな。ついでに護衛依頼を受けた」
「そんな……」
この人が居なくなったときの、あの解放感を返してほしい。
早急に仮面を買い直さないと。これはもう、好みが見つかるまでとか選り好みしてられない。
「あ、このことはあまり人に言わないようにお願いします。一応仕事上でのことですので」
「ん」
「ふむ、そちらの話はそれで終わりか?」
聖なんとかとは反対側、長くて邪魔な錫杖をテーブルのふちに立て掛けている男が声をかけてくる。
話し相手として、この女の人よりはマシだろう。ちらりと男に目を向けながら返事をする。
「何か用?」
「ああ、君のその、腰に付けたナイフが気になっていてな。マジックアイテムだろう?」
「……そうだけど」
マジックアイテムは冒険者として役に立つから、ミール姿でもスタンダードに装備している。コードを入れて以来見た目も変わってるし、前の持ち主が気付くことも無いだろうからね。
「もし良かったら、少し見せてくれないか? 俺はマジックアイテムを見て集めるのを趣味としていてな」
「で、出たー。ノルロークの魔法具オタク!」
「お前、少しうるさい。それと俺は、魔法具だけでなく魔道具も好きだ」
魔法具はマジックアイテムのこと。迷宮産の道具。値段がお高い。
魔道具はそれを解析し、似たようなものを人の手で作ったものだ。量産化に成功した物は比較的安価。
「それで、どうだ?」
「わざわざ見せる気は無いんだけど」
「ふむ、まあ確かに、一方的な要求では難しいか。なら交換条件だ。俺の持つマジックアイテムを見せよう」
コレクションの見せ合いっこがしたいようだ。
でも、こっちとしては戦闘にも使う手札なわけで、それを晒すデメリットがある限り受け入れるつもりはない。
「悪いんだけど」
「まあそう結論を急がなくてもいいだろう。取り敢えず、俺のマジックアイテムを見せる。そちらが見せるかどうか決めるのはその後で構わない」
「はあ、そう?」
「先日新しいマジックアイテムを手に入れてな。それをお披露目しよう」
なんだ、ただコレクターが自慢したがっているだけか。
「これだ」
そう言って手渡されたのは一冊の本だった。厳かな装飾で、なかなかぶ厚い。
「適当なところを開いて読んでみてくれ」
言われたとおりに、真ん中あたりのページを開いて、それに目を通す。
両隣の二人も一緒にのぞき込んできた。
=====
その少女は、まるで宝石のようだった。
その少女は、それはそれは大切に扱われていた。
周りを常に兵隊が囲み、望みを口にすれば勇敢な騎士達が率先してそれを叶えるために奔走した。
その少女は、そこではお姫様のような存在だった。
兵隊や騎士は姫のためにと自ら望んで従事し、城へと戻れば使用人が身の回りのお世話をする。
城の王である生みの親も非常に可愛がり、何一つ不自由のない生活をお姫様に与えていた。
そんな中、事件が起こる。
お姫様が攫われたのだ。
実際には攫われかけた。
そのことに兵隊は動揺し、騎士は二度目は無いと意気込んだ。
姫の守りはより強固になった。
しかし、お姫様には見分けが付かなかった。
兵隊も、騎士も、攫おうとした人も、違いが分からなかった。
見えない人物に怯え、屈強な男に怯え、大人に怯え、人に怯えた。
そのうち外にも怯えるようになり、城から一歩も出なくなった。
そしてそれを、生みの親は良しとした。
お姫様が大切だからと。
その方が安全だからと。
そうしてお姫様は殻に閉じこもった。
大事に、大切に扱われ、やがて宝石のように指一本触れられることのない箱の中に閉じこもった。
――誰にも気づかれず、泡のように消えてなくなるまで。
=====
「――なにこれ?」
「ふむ、なかなか気になることが書いてあったな」
「ただの本だったように思うんですけど、どういった魔法具なんですか?」
というかこれ、ホントにただの本なんじゃないの?
【解析】しよっと。解析解析。
「ああ、これは〈途上伝記の念写書〉と言ってな、触れた対象の過去を読み取り物語として記す能力がある。ミールと言ったか、気付かなかったか? 内容に心当たりがあるだろう」
僕はそのページを躊躇無く引き裂いた。
「ああああ――!? 貴様!!」
「あ? やんのかこのぉ!」
「ちょっと二人とも、落ち着いてください!」
瞬間的に殴り合い寸前までなったものの、お互いそういう性格ではなかったからすぐに席に座り直した。
落ち着くために、飲み物を口に含む。
「まあ、ページを破るくらいで壊れたりはしないのだが、いきなりそれは無いだろう……」
「破ればその部分は消えるからね。説明も無しにいきなりそんなマジックアイテムを実演するのが悪い」
「ふむ、わざとそうしたわけだし、破ったことは大目に見るとしよう」
「わざとぉ?」
こいつぅ……。
「だが勘違いしていたな。お前、おん「わー! わあー!」――ふむ、なるほど。そういうことか。ならそのことには触れないでおこう」
ミール君は男なんだから、下手なこと言うなよ。
聖女的な人はもう今更だからともかく。それに、聖女とかいう人は僕が普段、仮面をしていることに気を遣ってか外見についてあんまり口にしてこないからまだマシだ。
まあ、あの本の内容ではそこまでヤバい情報は出てきてないし、ミール君が実はミールちゃんだったくらいの問題しかない。
そう思いたい。
「ただ、その代わりと言ってはなんだが……」
脅された。
この男、僕に本を見せたのはこれが狙いだったのか。腹立つぅ……!
結局僕は脅しに屈して、ナイフを錫杖男に渡した。
「このナイフの名はなんと言うのだ?」
「〈回帰の小刀〉」
「ふむ、能力は?」
ナイフの転送を発動して、手元に戻してみせた。
手の甲にナイフの刀身と同じ模様が浮かび上がり、それが消えたときには既に、手の中にナイフが握られている。
「ほう? ほうほうほう。それは、なかなかにレアなアイテムだな。面白い、もう一度見せてくれないか」
無視してナイフを鞘に戻す。
そして食事を再開した。
「なあ」
「見せるかバーカ」
「こいつ……!」
「まあまあまあ、どうかどうか。食事は楽しく食べましょうよ!」




