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33話 ちょっとのことすら悔やまれる

 翌朝には熱は引いていた。

 喉も調子よし。


 風邪と言っても貧弱な身体が疲れて熱を出しただけだったんだろう。

 だろうと言うか、【解析】でそう出ていた。だから団長に遠慮なく絡めたわけだ。こんなの感染したりしないから。


 ちょっと熱出るくらい、いつものことだよね。

 まあ、こんな場所で本格的な病気にかかったらやばいかもだけど。僕は疲れとかがすぐ体調にあらわれるから、昨日みたいに休養を挟んである意味自己管理ができている。

 溜め込んで、後々大きな病気になるよりマシだと思う。


 普段のダボ服に着替えて、いつもの仮面が割れちゃったことを思い出した。

 あー、代わりどうしよ。

 買ってこないとなぁ。……はぁ、結構気に入ってたのに。近くで見るとうっすら花模様が浮かび上がるところとか。


 しょうがないからアジトの中でも体に幻術を掛けておく。

 どんなのにしようかな。この間コボルトになったりしたし、人外系でもいいかもね。


 そのあと、ヴァンダーボアの子供にして部屋を出たら、プチ騒ぎになった。

 うり坊は駄目だったらしい。



=====



 したっぱ君を連れて、いつものように町に来た。まずは広場。

 最近は僕の怪談を聴きに来る人も増えてきている。物珍しく、聴いた話を知り合いに話して怖がらせて楽しむことができるから、怪談を又聞きした人が増えて自然と僕の知名度も上がってきた。


 怪談は、いろんな人が共通の空想に恐怖を覚えるから【虚像】を使うのに都合がいい。

 前に他の盗賊に『嘶く甲冑』を使ったことがあるけど、あれもその場で語って想像させるより、相手がもともとそのイメージを持っていた方が発動しやすかった。


 あの技は、相手に少しでも『それ』がそこに居ると思わせる必要があるからね。

 実は演出すれば魔物を生み出すこともできる。お前の後ろにコボルトが居るとか言って、幻聴で物音を出せばいける。


 ただそれだと、ドラゴンとか突拍子もない魔物だと失敗するから、どうしてもそこら辺に居る雑魚くらいしか騙れない。それだと大抵負ける。強さもイメージ通りだから。


 相手が怖がるような存在で、それでいてしっかりとしたイメージを持たせるには怪談がベスト。

 架空の存在だけど、もしかしたら本当に居るかもしれない。いつの間にか後ろに忍び寄ってきているかもしれない。そんな恐怖を【虚像】は利用する。


「では、今日はこのくらいで」


 キリのいいところで詩人撤収。具体的にはお腹が空いてきた頃。

 今日はちょっと多めのおひねりを貰った。これは僕のお小遣いね。


 昼食を食べに冒険者ギルドへ向かう。したっぱ君は先に行って情報収集に励んでいるはずだ。

 ギルドの中に入る。したっぱ君が誰かと話していたから、さり気なく近づいた。


「ハーハハハア! 冒険者ギルドよ! この俺を閉じ込めることなど不可能なのだー!」


 したっぱ君に絡んでいたのは、いつかの不死身だった。

 うわ、近寄りたくない。


「ねえ、名前なんだっけ。いや、そもそも知らないな!」

「た、ターオズです」

「ターオズ君! いや年上っぽいな……ターオズさん! 先日はどうも!」

「う、うす」

「いやーあの後大変だったよ。まさか刀を没収されるとは。しかし、懐に忍ばせていた小刀で何とか脱出できたよあの地下から! おのれぃノルロークめ、他人を使ってくるとは予想外だった!」

「ああ、まだ帰ってきてないんすか? その、ノルロークさんって」

「いやそうなんですよ酷くない? あいつ俺のこと閉じ込めといて忘れてないかと不安に思ったくらいだったよ! ああ! そこのあなた!」


 ぎくっ。

 ちょっと離れた場所で先にご飯を食べていたら、見つかってしまったようだ。


「俺俺覚えてます? シルクハッカ! いつぞやはどうも!」

「ども」

「あ、お名前お伺いしてもよろしいですか!」

「……ミール」

「ミール君! いやー先日はお世話になりました!」

「ん、また確保してあげようか」

「やめてお願い! まーまーまー俺たち? ビジネスライクな関係なんで? 利益無しならそんなことしないと信じてるよ?」

「まあ僕も、めんどくさいからやめとくけどさぁ」


 ついでに関わるのもやめたい。

 というか声でかい。室内のテンションじゃないでしょそれ。


「さすが! 話が分かるね。あ、隣座ってもいいですか」

「ノーセンキュー」

「あっはい。でさー、ミール君も酷いと思わない? あのノルロークなんとかっていう――」


 断ったら、隣で立ったまま話を続けてきた。

 ああこれ、無視しても大丈夫なやつだ。相づちさえあればで延々としゃべり続けるタイプだね。


 ちょいちょいと手招きしてしたっぱ君をテーブルの向かいに座らせる。

 彼にも昼食を注文させてあげた。


 僕は不死身君相手に適当に相づちを打って話を聞き流し、ご飯を食べた。


「――というかノルロークってどう考えても変人だからね。知ってる? あいつ……」


 急に、絶えることのなかった声が聞こえなくなった。

 疑問に思いそちらへ顔を向けると、引きつった顔の不死身君の肩を、背後からつかむ人物が。


「ふむ、何か、俺に言いたいことがあるようだな?」

「――っ! 出たなノルロークぅ! 今日という今日は痛い痛いっ! 肩もげる!!」

「まあ、今日の俺は機嫌がいいからな。お前の相手はこのくらいにしておこう」

「ありがとうございます! ……いや違う! お前なんで俺のこと監禁したんだよ!」


 男は不死身君から手を離すと、反対の手に持っていた錫杖をシャンと鳴らした。

 そのあと僕の隣に座る。……ねえちょっと。


「お前が変な商売を始めたと耳にしてな。構っている暇が無かったから依頼を出しといたのだ」

「はあお前! なんで俺の億万長者計画を邪魔すんだよ!」

「お前、知らず知らずのうちに法に引っかかりそうで危なっかしいからな。大人しく魔物でも相手にしていろ」


 彼はそう言うと、自分の昼食を注文した。完全に居座る気だ。

 しかも、一人だけ立ちっぱなしだった不死身君までついでに注文して同じテーブルの席に座った。……君たちなんなの。


 そして更に、僕の隣にもう一人座る。


「ミールちゃんお久しぶりです! 元気にしてましたか? いや少ししか日は経っていないはずなんですけどね、ミールちゃんに会えない日々はそれはもう一日千秋の思いで過ごしていましたよ」

「ぁぅ……えと……」


 大慌てでフードを掴んで引っ張り顔を隠す。

 髪の毛を使ってさらに隠した。


 なんでこの人居るの……! 町から出るって言ってたのに!


 今日に限って仮面が無い。

 しまった、完全に油断していた。


「あ、私も注文お願いしまーす!」


 しかもこの人も居座る気だ……!

 このとき、カウンター席じゃなくテーブル席に座ったことを、無駄だと思いつつも後悔した。

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