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32話 ちょっと熱出た

 寒気と共に目が覚める。

 視界いっぱいに広がるそこは、団長の胸の中。


「おはよう。……ねえ今起きたわよね。顔をうずめないでちょうだい」

「てんごくぅ」


 堪能したところで体を離す。

 温もりから離れたことで、最初に感じた寒気を思い出すことになった。


「くしゅんっ……寒い……」

「……あなたちょっと熱っぽいわね。昨日ずぶ濡れのままはしゃぐから……」

「団長だってずぶ濡れのままお説教してきたじゃん……」


 ワイン浴びたせいで風邪引いた。


「あ、そうだ。幻覚はどうだったの?」

「あなたが寒がったからかしらね、部屋が凍っていたわよ。実際にそれで寒くなったりはしなかったから、それを確認したあとは普通に寝たけれど」

「んー、そのくらいなら気にしなくても大丈夫かな? 実害があるわけでもないし」


 ちょっと幻覚を見るくらい、大したことじゃないでしょ。

 僕は割とよくある。


「それより寒い」

「そうね、今日は部屋で大人しくしていなさい。ご飯もここに持ってくるから」

「了解団長」


 休むことなら任せておいて。

 あ、一応その前に【解析】で診察しておこうかな。


 …………。


 うん、普通に風邪。

 言われた通り、今日は大人しく寝て過ごすとしよう。



=====



 午前中はベッドで寝て過ごし、お昼になって持ってきてもらった昼食を食べ終わる。

 眠気はもう無い。ゆえに飽きた。


 上半身を起こして趣味の手芸をすることにした。

 ベッドの端に寄り掛かってのんびりとぬいぐるみを縫って時間を潰す。


 最近は忙しかったからねぇ。

 こう、ゆったり時間を過ごすのも悪くない。……体調悪いけど。


 ちょっと、頭痛くなってきた。

 縫いかけのぬいぐるみを置いて、体を横にする。

 だるいけど暇だ。


 誰か来ないかな。

 でも、寝ているところに男は来てほしくないし、子供の相手をする元気もない。

 実質一択。……団長来ないかなぁ。


 さっきご飯持ってきたときにもっと粘ればよかった。

 次来たら全力で引き留めよう。


 手元が寂しくて、何となく長い髪の毛を撫でた。にぎにぎした。

 一部を三つ編みにして、解く。そしてまた編み始める。


 それを何回か繰り返して、飽きて、天井のシミでも数えようかと考えて、天井が白くないからシミなんて無いことに気が付いて。

 退屈しのぎが退屈になってしまった頃に、夕食を持った団長が部屋にやってきた。


「おやつの時間に来てもよかったんだよ?」

「うちにおやつの時間なんて無いわよ」


 あー、おやつの時間じゃ伝わらないのか。

 こうなったら、この盗賊団のルールにおやつの時間を作る必要がありそうだ。……野郎たちがおやつの時間におやつを食べに広場へ集まる姿はさぞかし滑稽だろう。

 やめておこう。または、子供限定にしよう。


 もそもそとご飯を食べる。

 そんなにお腹が空いていなく、食欲も湧かなかったから食べ終わるまで時間が掛かった。


「ごちそうさま」

「それじゃあ、食器下げるわね」

「あ、桶に水汲んできてくれない? 体拭くやつ」

「分かったわ。それなら、お湯にしたほうがよさそうね」


 確かに冷えた水で体を拭いたら風邪が悪化しちゃうかも。

 是非ともお願い。あったかいやつで。


 団長は部屋を出て、暫くしてから湯気の出る桶を持って戻ってきた。


「ここに置くわよ」

「うん。じゃあ、はい」


 僕は上のパジャマを脱いで背中を団長に向けた。


「な、なんで脱いだのよ」

「え? 体拭くんだから脱ぐでしょ?」

「私が出てってからにしなさいよ……」

「……拭いてくれないの?」


 今日一日暇を持て余していたから、団長にはもう少し居てほしい。

 ぶっちゃけもっと構ってほしい。


「うっ、分かったわよ……」


 引き留め成功。


 団長は一度置いた桶を再び持ち、ベッドに近づいて僕の後ろに座ると、お湯を絞ったタオルで背中を拭き始めた。

 あぁ、お湯だと気持ちいい……。このためだけにお湯を用意するのが大変だから普段は水なんだよね。


「はい。これでいい?」


 背中を拭き終わった団長が手を止めたので、今度は体を向かい合わせて腕を出した。


「……背中だけではないの?」

「え? なんで?」

「そこは自分でできるでしょう」

「……だめ?」

「……駄目では、ないけど」


 若干抵抗されたけど、続行。

 両腕を拭いてもらって、次は首。拭きやすいように少し顎を上げて、それにつれて目を閉じた。


「……なんか、変な気分になってきたわ」

「んー? なにが?」


 冷えるから早くやってほしいんだけど。

 ぬくいタオルはやく。


「その、何と言うか……ねぇ」

「だからなにが?」

「あの、そう無防備にされると、同性でもちょっと変な気分になるのよ。あなたは特に、その……魅力的だから」

「……興奮した?」

「してないわよ!」


 なるほど、何となく理解した。

 目に毒ってやつだね。


「団長って、実はレズ? 同性愛者?」

「違うわよ!? ……ただちょっと、あなたの場合、肌とかが綺麗すぎて目を奪われてしまうから……」

「レズなんじゃない、好きになった人がたまたま女だったんだ。と、いうことね」

「だから違うってば!」

「まあまあ、わたしは団長が同性愛者でも平気だよ? 全然。むしろ同性愛者でいいよ」

「え? それってどういう……」


 団長が男になびく姿なんて見たくないからね。

 そう考えると、特殊な性癖な方が安心できる。


「それより、冷えるから拭いてほしいんだけど」

「え、ええ……」


 一度絞り直してホカホカになったタオルを掴んだ団長の手が首元に伸びる。

 拭いて、次の場所を拭くために下へ。


「……ん…………」


 やたらと慎重に、ぎこちなく動かすからくすぐったい。

 でもまあ、文句を言って止められても嫌だし、そのくらいは甘んじて受け入れよう。


「こういう事、他の人にはやらせない方がいいわよ。女でも」

「させないよぉ。言ったでしょ、団長は特別だって」

「よく言うけど、それ、どんな意味で使ってるのかしら?」

「んー、えっと……」


 特別だと決めたから特別なんだけど。

 それを説明しろと言われてもなぁ。


 特別だと定めた人。信じると決めた人。


 人を信用するのは難しい。裏切られる可能性は、なくならないから。

 信じた数だけ裏切られる可能性は増える。そして、いつかきっと裏切られる。


 でも、僕は独りで生きていけるほど強くないから。

 だから少しだけ、ほんの少しだけ、信じるものを決めたんだ。


 それでも僕は弱いから、本当は信じることができないけど。

 自分の中で価値を定めて、対等だと選んだ相手。この人なら裏切られてもいいと思える相手。


 たとえ殺されても、別にいいかなって思える人に、あなたを選んだんだ。


 んー、なんて言えばいいのかな。

 分かりやすいのは『特別』なんだけど。


「まあー、好きだよってこと」

「ええ!?」

「そんな反応して、やっぱ団長レズなんじゃない?」

「だから違うって」

「レズならレズでもいいんだよ? 気にしなくても。あ、ハグする?」

「なんでそうなるのよ……」


 たとえ殺されてもいい。

 うん、やっぱりそう考えると楽になれる。一人くらいなら受け入れられる。


 ん? でもこの考え方だと、団長相手なら何されても構わないとも読み取れるね。いや、そうなんだけどさ。

 ただそれだと、団長から求められても大丈夫ってことになるのでは?


「……団長のえっち」

「なにが!? それに自分から脱いでおいてそんなこと言う!?」

「あ、下は自分でやるからいいよ。ありがとね」

「当たり前でしょ……」

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