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30話 稼業再開のお知らせ

 遂にこのときが来た。

 盗賊稼業再開だ。


「野郎たちー、準備はいいかー!」

「「「おおおー!!」」」

「武器は持ったかー!」

「「「おおー!!」」」

「お腹の調子は万全かー!」

「「「おおー!」」」

「よし、それじゃあ……大声出して疲れたから、ちょっと休憩挟むね」

「「「おー……」」」


 まずはティータイム。

 椅子に座り、ハーブティーを口に含んだ。


「それで旦那、ターゲットはもう決まってんのか?」

「うん、ちゃんと狙いは付けてるよ」

「おお、今回の獲物はどんなやつだ?」

「ミルピィ様が普段行ってるあの町には、ここら一帯を管理する領主が居るんだって。その領主が取り寄せるものって、考えただけで高そうじゃない?」

「そりゃあまぁ、貴族だからな。……まさか……」

「そのまさかです」


 今回の獲物は、貴族の荷物が入った荷馬車。

 今日町に届くらしいからそれを襲う。


「はあ、このアジトも今日までか……」

「弱気だねぇ。もっと気合い入れてこうよ」

「だってよぉ、貴族を敵に回したら勝ち目ねぇぜ? 金をばらまいてあちこちに懸賞金かけてきやがる」

「うん、前はそれで失敗したね。だけどミルピィ様は考えたんだ。盗賊にやられたって気づかれなきゃいいんだって」

「はぁ? 皆殺しにでもするのか? それでもそのうち気づかれるだろうし、危険視されてもっと早く手が回っちまうだろうぜ?」

「違う違う、魔物に襲われたことにするんだよ。こうやってね」


 指を鳴らすのに合わせて、幻術で魔物を作り上げる。

 数匹のコボルトがグルルルと唸った。


 更にもう一度パチンと指を鳴らし、今度は僕の姿をコボルトに変える。

 ちなみに指ぱっちんに意味はない。強いて言うなら、これが僕の能力によるものだと示唆するためかな。


「がおー」

「へえっ、こりゃすげえ! これなら堂々と人を襲えるな!」

「ちょっとコボルトの群れに馬車が襲われたくらいじゃ対策もされないでしょ。これが大物に襲われたとかだとギルドが動くだろうけどね」

「でもこれ、俺らがコボルトに変装して戦うってことか? 普通に負けるおそれがあるんだが」

「そこはミルピィ様に任せなさい、うまくフォローするから。こんな感じに」


 幻術のコボルト達に彼を翻弄するような動きをさせ、そっちに意識が向いた隙に一歩踏み込んでグーを入れた。

 ボディにヒット。ぐにっと当たったけど、距離感を間違えたのかほとんど力が抜けた拳が届いた。


「旦那……それ、加減したからだよな?」

「……あ、当たり前でしょっ!」

「だ、だよなぁ! 見るからに全力っぽかったけど、そんなわけ無いよなあ! いや幻術ってすげえわ、ホントにガチ殴りされたかと思ったぜ。コボルトに」



=====



 結果から言うと、強奪はうまく行った。


 幻術でかさ増しさせたコボルトの群れに襲われた荷馬車は、護衛の冒険者が抵抗したものの勝てないと見るや荷物を諦めて逃走した。

 幻術コボルトは触れるわけにはいかないから、僕が操作して冒険者に肉薄しつつも全ての攻撃を躱した。相手からすれば、頑張っても一匹も倒せないのだから、そりゃ諦めもするだろうね。


 馬は一緒に連れて逃げられたけど、馬車自体はまるまる置いていった。

 今は部下達にそれを引いて運ばせている。


 僕は馬車の中で休憩中だ。

 だって、このやり方僕の負担大きいし。敵を引きつけるのは僕の幻術だし、攻撃担当の部下にも僕の幻術が掛かっている。

 それに、獲物の情報を集めるのも町に行く僕の仕事だ。


 あれ? 僕、働きすぎなんじゃない?


 うん、そう考えると肉体労働くらい部下にやらせるべきだよね。

 馬車の中は揺れること以外は快適だ。

 だけどアジトが森の中にあるから、帰り道の揺れがひどい。


「もっと揺らさないようにできないの?」

「旦那ぁ、無茶言わねえでくれよ。木の根っこを踏むからどうしても揺れるんでさぁ」

「お尻痛くなってきたんだけどー」

「ならそこを降りたらどうよ。団長だって歩いてんだしよ」


 団長は索敵があるから先頭を進んでいる。


「ミルピィ様の仕事はもう終わったのー」


 ただでさえ森を歩くのは疲れるんだ。やることはやったんだから楽させてほしい。

 荷物の中に毛布があったから、それをクッションにして寛げるようにする。


 何枚か重ねることで、揺れを不快には感じ無くなった。

 索敵できる団長が居ることだし、ひと眠りすることにしよう。



=====



 うとうとと馬車に揺られて、アジトに到着。

 みんなが荷物の整理に忙しそうだから、僕は部屋で休んでることにした。


 部屋でちくちく縫い物をして時間を潰す。

 この間のぬいぐるみは結構高かった。それに、知ってる動物が少なく、店の中で好みの物を見つけるのも苦労した。


 超インドア派な僕は、縫い物だってお手の物。

 それに自分で作るのだから、自分好みの物が出来る。


 暫くそれを続けて、集中力が切れてきたところで様子を見に部屋を出た。

 今日の収獲で、なにか良いものあったかな。


「あ、兄貴」

「様子見に来たよ。なにか良いものっ――」


 膝にガッと何かが当たる。

 予想外のことに急に止まれなかった僕は、それに腰をぶつけた。

 更にはバランスを崩したところに足を滑らせ、腰を軸にくるりと前に転んだ。

 身長が僕よりだいぶ高いしたっぱ君を見上げていたせいで、その何かを確認できずに、頭から突っ込む。


 ――ゴスッ。


「ガボゴボゴボボボ」

「兄貴!?」


 何かに溺れた。

 腕も引っ掛かって自分では出られなかったところを、大慌てのしたっぱ君にサルベージしてもらった。

 

「けほっ、なにこれ……?」


 思いっきり飲んじゃったんだけど。

 目が開けられなかったから、仮面を外して渡されたタオルで顔を拭う。


 僕が突っ込んだのは樽だった。

 樽のふちに腰をぶつけて樽に突っ込み、反対側のふちに額をぶつけながら中に頭から入ってしまったようだ。


 額に尋常じゃない痛みが残っている。

 仮面を付けてなかったら危なかったね。


「兄貴、大丈夫ですか」

「あーあー、だいぶ中身減っちゃってら」

「……びしょびしょでべたべたなんだけど。何入ってたのこれ」

「酒だよ酒。ワイン」

「ガハハハ! 旦那酒くせえ!」


 うわホントだ。

 全身ワインまみれで匂いが凄い。


「あー、一気に飲み込んじゃったせいか、くらくらするぅ」

「あ、兄貴、仮面に罅が……」

「え……」


 俯いた状態のまま、頭の上にやっていた仮面を取って確認する。

 仮面には、打ち付けた額部分に大きな罅が入っていた。


「お気に入りだったのに……」

「よっぽど強く打ったんだな。額の方は大丈夫か? ちょっと顔上げて見せてみろよ」

「見せるわけないでしょ」


 顔出しNGなんで。


 そう言いつつも不安になって、額に手を当ててみる。

 ぬるっとした感触があってビビったけど、ただの髪から垂れてきたワインだった。


「怪我は無いみたい」

「なら良いんだが、気を付けてくれよ。酒に溺れて死ぬなんてことになったら……」

「言葉だけなら幸せそうすね」

「溺死は辛いんだよ……」


 そう聞いたことがある。

 それに、今溺れかけた僕が言うんだから間違いない。

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