28話 ガラス越しに目が合ってしまったんだ
冒険者ギルドから徒歩10分、目的地に到着した。
幾つかの街道が交差する場所で、円状に開けた空間。その外側には屋台や露天商が並び、地面に固定されたベンチでは屋台で買った物を食べている人たちが楽し気にお喋りをしている。
「居た、あそこだ」
指差された場所を見ると、敷物の上に商品を並べた露天商たちに挟まれた場所で、周りと同じように何かの商売をしている男が居た。
でも、敷物の上には何も商品らしき物は置いていないね。なに売ってるんだろ?
「シルクハッカだな。お前、そこで何してんだ?」
「お、いらっしゃいお兄さんたち! さあどうぞ座って座って。座布団今日は忘れちゃったから固いけど勘弁ね!」
ぐいぐいと敷物の上に座るよう促された。
取り敢えず話を聞いてみたいから言う通りにしておく。
「えーこの度は『不滅銀行』をご利用いただきありがとうございます! 新規加入者には今ならこちらをプレゼント!」
「え、何この呪いの人形」
手渡されたのは手のひらサイズの布の人形。
出来が非常に悪く、片目がぷらんぷらんしていて右足が取れそう。他の手足は頑丈さ重視なのか何重にも縫い付けた糸がとても目立っている。
そしてそもそも、なんの人形なのか分からない。
「で、なんすかその『不滅銀行』って」
「よくぞ訊いてくれました! 皆さん銀行ってご存知ですか? お金を預けることができる機関なんだけど、実は銀行って、預かってるお金を他の人に貸したりしてるんですよ! その利子で儲けてるらしいんだけど、預けているお金を一度にいっぱい銀行から引き出そうとするともしかしたら銀行、手持ち足りないってことになるんじゃないかなって俺は思ったわけ! ……なんですよ!」
「でも、銀行は多くの人からお金を預かってるんだから、そうそう金庫が空にはならないんじゃないすか?」
「まあね。しかし! その銀行がある日突然閉業しますと言ったとき、じゃあ金返せと一斉に押しかけても全員分の貯金は金庫には無いということに!!」
うん、聞いたことがある話だね。
日本でそこら辺は、そうならないという信用があってこそ成り立っているはずだ。こういうお金回しの仕組みを信用創造って言うんだっけか。
「そこで我が『不滅銀行』! 俺は不死だから、責任者が絶対に居なくならない! ある日銀行に隕石が落ちて全て無くなっても、猛毒ガスで職員全員が死んで企業が消滅しても、必ず責任者は残る!! 追及先が無くならないという信用が、『不滅銀行』の売りです!」
「なるほどねぇ」
お金も職員も全部消えて無くなったら、預金者は泣き寝入りするしかない。
だけど彼の銀行は必ず責任者は生き残る。不滅である彼自身が他の銀行には無い魅力、信用というメリットになっているわけね。
ちょっと、面白い発想かも。考え方だけは。
でも、その責任者がこんなところで営業してる時点で……。
「店舗はどうしたの?」
「ある程度お金が貯まったら用意しようかと」
「……預金者、何人集まった?」
「俺含めて一人だ!」
「……そもそも元手いくら用意したの」
「? 金を預かるのにお金が要るのか?」
「なるほどねぇ」
うん、つまりはあれだ。
バカだ。連行しなくちゃ。
話は終わったと、他の二人と目で確認したら確保に移る。
「ノルロークって誰か分かるよな?」
「なに!? まさかお前ら、やつの手先か!!」
「はい! 確保ー!」
「うわあ!? やめろ! 掴むな離せ! ちょっ、三人がかりはずるい! こうなったら抜刀っ、させて……あっ、腕があああぁぁ……」
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「え、ノルローク今、町に居ないのか?」
「ええ、急用できたってんで少し町を出ると言ってたよ」
不死身君を簀巻きにしてギルドに連れてきた。
それで受付のおばちゃんに伝えて返ってきたのが、そんな返事だった。
依頼主に引き渡して達成なのに依頼主不在とか。
完全に依頼に不備あるじゃん。
「ハッハッハアー! そうか、あいつ今居ないのか! なら仕方ないな! どうしようもないからもう、この俺を解放するしかないだろう!」
「あ、シルクハッカが連れてこられたら軟禁しておくように頼まれてたよ。はいよ、依頼は達成だね」
「のおおおおぅ!? ねえちょっと待って! ノルローク居ないんでしょ!? なんで俺軟禁されんの、おかしくない!? もしかしてあいつ帰ってくるまでずっと閉じ込められんの!?」
「この建物には地下にお仕置き部屋があるんだけどね、それに入れるように言われてんだい。ちゃんとその間の部屋代も貰ってんだよ」
「初めて聞いたよそんな部屋! なんであいつ知ってんの。なんであいつ金払ってまで俺をそこに入れようとしてんの。ねえ怖いんだけど。ねえ地下ってなに!?」
こうして依頼は達成された。
なんか濃い時間だったけど、最終的には一時間掛かるかくらいだったし楽な依頼だったね。
その割に報酬もそこそこ良かった。
報酬を三等分に山分けしてから、冒険者の男と別れた。
用も済んだからギルドを出る。さ、買い物して帰ろうかー。
食料が売ってある通りまで向かう。
その途中、気になる物を見つけて足を止めた。
ぬいぐるみ。
ぬいぐるみが売ってある。さっき貰った呪いの人形とは全然違う、可愛らしい方のぬいぐるみだ。
そうか、僕の部屋に足りなかったのはこれだったんだ。
今朝見た幻覚も、こんなだったら怖くない。寝るときも安心して眠れる。
やっぱり殺風景な部屋だとそれだけで居心地が悪く感じるよね。窓の無い洞窟内だから、余計に。
……欲しい。これ欲しい。
この間三秒。したっぱ君が足を止めた僕に気付き、立ち止まって振り返る。
彼にぬいぐるみを買う姿を見られるのはよろしくないなぁ。これでも僕は立派な兄貴分で通ってるんだ。たぶん。
【虚像】
するりと、僕に被さっていた幻術と分離する。
分離した体(幻術)で死角を作り、そこから体(本体)に別な幻術を掛けてから離れた。
幻術の僕を何でもないように振舞わせ、その間に本体はぬいぐるみが売っているお店にダッシュした。
うぅ、筋肉痛が……。
人のように複雑な動きをする幻術は、完全オートで放置することができない。ただの岩とか本体に連動するとかなら放置もできるんだけど。
今はブーツの紐が解けたふりをして時間を稼いでいる。そう時間は掛けられない。
「これとこれください」
買う物を決め、お金を払ってから袋に入れてもらう。
大きな袋を受け取って、いい感じの持ち方ができたら急いで元の場所に戻った。
【虚像】
今の姿は適当な場所に走らせ、本体は数秒だけ透明化の幻術に隠れて元の幻術に入る。
……ミッションコンプリート。
「お待たせ。じゃあ買い物に行こっか」
「うす」
幻術の僕は手ぶらで歩いてるけど、実際は両手でぬいぐるみの入った袋を抱えている。
疲れるだろうけど、ぬいぐるみはそこまで重くないし大丈夫だろう。
その後は途中で財布を出す手間が面倒になって、したっぱ君に買い物を丸投げしたりもしたけど、無事ばれずにアジトまで帰還することができた。




