22話 一番いいところは手入れ不要なとこだよね
「なあ旦那、冒険者の盗賊討伐ってのは解決したんだよな」
「うん、彼らはうちの軍門に下ったからね。もう少しすれば依頼も期限切れになるはずだよ」
別の地域へ移った可能性が高い盗賊に対する依頼をずっと張っていても意味が無い。そのため、こういった依頼は期限が切れたら新しく張るか削除のどちらかになる。
恐らく今回は、依頼の期限後は消滅するだろう。
どの盗賊か指定していない依頼なら、盗賊討伐として常に出されているけど。
「じゃあそろそろ俺らの出番が来るわけか。腕が鳴るぜ」
「君らに見せ場があるかは分からないけどね。取り敢えず、今ギルドで出てる依頼書の期限切れを目安に活動を始めるよ。他の人にもそう伝えといて」
「ああ、了解だ」
でもまあ、今日はもう外でやることも無いし部屋に戻ってようかな。
僕は用事が無いときは大抵部屋に居る。やっぱり一人でプライベート空間に居るのが一番落ち着くからね。
自室に入る。
部屋にはまだ家具が少ない。町から離れた洞窟のアジトだから、物を揃えるのが大変なんだよね。
そのうち揃えたいと思う。
ベッドに座ってから仮面を外し、フードも脱ぐ。
服の中に入れていた後ろ髪を外に出して、適当なところで纏めていたリボンを解く。すると、長い黒髪がベッドの上に広がった。
もともと長かったけど、この世界に来てからは一度も後ろ髪を切っていないから余計に伸びた。
後ろ髪を自分で切るのって失敗しそうで怖いんだよね。
そのままベッドに倒れこもうかと思ったところで、部屋の中で見慣れない物が目に入った。
先日盗賊三人組から奪ったマジックアイテムのナイフだ。
そうだそうだ、一度ちゃんと調べようと思ってたんだ。
マジックアイテムは構造が複雑で、解析するのに時間が掛かるからね。
あとで改めて【解析】に掛けようと思って、放置して忘れるところだった。
早速手に取ってスキルを発動する。
…………。
……………………。
〈回帰の短刀〉
持ち主の魔力を認識し、手元に戻ってくるナイフ。
コードを入力することで紋が刻まれ、転送して手元に回帰できる。
回帰すると、刃こぼれなどの傷が消えて初期の状態に戻る。
ざっとこんなとこかな?
うん、結構大変だった。
単純に手元に飛んで戻ってくるのはすぐに分かったんだけど、ワープして戻ってくることもできるのは深く読み込まないと分からなかった。
これ使ってた盗賊も、このことは知らなかったんじゃないかな?
魔力を認識するとかあるけど、これは自動でやってくれるみたい。
既に僕が持ち主だと認識されているから、問題なく使えると思う。
問題は、コードの入力。
コード、頑張って解析しました。
どうやら刀身の部分に血でそのコードを書く必要があるみたいだ。
ナイフの先端を人差し指の腹に当てる。
プルプルしながらも、ちくっとだけ傷を付けて血を出すことに成功した。
その指をナイフの刀身に押し付け、解析したコードを書き込む。
コードはよく分からない、落書きのような模様だった。
「ひゃっ、ビックリした……」
コードを書き終わると、血文字が急に輝いて、そこからさらに罅のように模様がナイフ全体に広がっていく。
光が消えた頃には、ナイフは鉄色から黒色に変色し、赤い罅模様はそのまま残った。
「実験、実験……」
ぽいっと地面に転がして、手元に転送で戻ってくるように念じる。
すると、右手の甲にコードと同じ模様が浮かび上がって、次の瞬間には手の中にナイフが収まっていた。
「えぇ……手の甲に落書きが……」
発動したときだけ浮かび上がるのか……。
常時じゃなくてよかったと思っておこう。
次。
同じようにナイフを転がし、飛んで戻ってくるように念じる。
ナイフがひとりでに動いて、ひゅっと手元目掛けて飛んできた。
華麗に持ち手をキャッチ。
ふっ、【投擲】スキルはキャッチにも補正が掛かるのだよ。
「このマジックアイテム、【投擲】と凄く相性がいいね。僕が【投擲】メインの戦い方だったら最高の武器になっただろうに」
悪いね。【投擲】は一日二回までと決めてるんだ。
まあ、便利なことは間違いないし装備しておくよ。
でもこのナイフ、結構大きいから服の中に入らないな。
しょうがない、普通に腰にでも付けておくか。まあ今まで武器は投擲用の武器を仕込んでるくらいだったし、冒険者としても盗賊としても、見えるところに一つくらい武器を持っていた方がちょうどいいかもしれない。
腰掛けポーチのベルトをちょっと弄って、背中側にナイフの鞘を付けれるようにした。
=====
少し日が経って。
アジトの中で新入り三人組が他の団員と話している姿を目撃した。中にはしたっぱ君も居る。
馴染んでいるようで何よりです。
「お、旦那、いいところに」
「ん? 何か用だった?」
「ああ、ちょっと相談事があってよ」
「え、旦那に話すのか?」
「いや、旦那に言わないといつまで経っても実現しねえだろ。団長には言えねえし」
「いやまあ、そうなんだが……」
「なんの話?」
団長には言えないこと?
なになに? 団長のコップでも割っちゃった?
ちょいちょいと手招きされて、顔を寄せてこそこそと話を聞く。
「いやなに、うちの団は男ばっかだろ?」
「普通の盗賊団と比べたら女が多い方だと思うけどね」
うちの女性陣は団長と子供が三人、僕を抜いても四人いる。
「いや、半端に女が居る分辛いこともあんだよ」
「ん? 例えば?」
「主に性的なことなんだけどよ」
うわぁ、一気に聞く気が無くなってきた。
「ぶっちゃけさせてもらうと、発散できなくて溜まってるやつが多いんだわ。でもこんなこと、団長に言えないだろ?」
「そりゃそうだね」
「まあ俺らにとっちゃ今更な話題だったんだがよ、こいつらが、なあ」
ああ、こいつらね。
新入り三人組。
「べべべ、別にこの団に文句があるとかじゃ無いですよ? ただ、ちょーっとだけ気になっただけで」
まだ僕にビビっているのか、目を泳がせている新入り。
「こいつらが団長を変な目で見てたからよ、ああ、これが普通の反応だよなあって。俺ももう歳かねぇ」
「お前、もうすぐ35だったか」
「もうそのくらいだな。俺は団長がこんくらいの頃から知ってっから、もう半分娘を見るような感じなんだわ」
そう言って、おっさんは親指と人差し指を広げて大きさを表した。……いや、そのサイズは無いでしょ。
「いや、俺としてはこんな規模の盗賊だから、てっきりヤルことはやってんだろうなあと思って聞いたんですよ。へへっほら、盗賊って言ったら奪う・犯す・殺すだって言うじゃないですか」
「うちは団長が女だからなぁ」
「ガキどもの教育に悪いしなあ」
昔から居る男たちは、既に悟ったような遠い目で虚空を見つめた。
君たち……そんなに我慢してたの?
「……したっぱ君も、我慢とかしてたの?」
「へ? 俺っすか? 俺はここ最近、飯食ったら満足して眠ってましたけど。三食あって、布団で寝れるなんてここの盗賊団に入ってよかったですよ」
「お前はお前で不憫なやつだなあ」
したっぱ君の幸せの平均値が低い。
人間の三大欲求のうち、二つが満たされれば満足なのか。




