1話 もう、しょうがないなぁ
「団長おはよう」
「あらミルピィ、おはよう」
朝最初に顔を合わせたのは僕の所属する盗賊団の団長。胸が特徴のボインさんだ。
「穴掘りの調子はどう?」
「そうねえ、頑張れば今日中には終わりそうよ」
「お、さっすがぁ」
団長は昨日から洞窟を拡張してアジトを造る作業をしている。
穴掘りと索敵が特技の下っ端気質な団長なのだ。
ちなみに僕は副団長。
「それじゃあミルピィ様は町にでも繰り出そうかな」
「なら食料の調達をお願いするわね。結構ぎりぎりだったはずだから」
「りょーかい」
昨日アジトの移動を済ませたばかりで、いろいろと必要なものも多い。
アジトはまだ工事中で、僕の部屋は優先して造ってもらったからちゃんとしてたけど他の団員は男女別で雑魚寝だ。
「じゃあ行ってくるね」
「行ってらっしゃい」
団長に見送られて洞窟を出る。
洞窟の外では何人かの団員が朝食のスープを作っていた。
「お、ミルピィの旦那! はよざっす!」
「旦那、おはようございます!」
「おーう、おはよう君たちー」
職場の人間関係は挨拶から。盗賊だって例外じゃない。
「旦那はこれから近くの町ですか?」
「そうだよ。ここ数日で減った食料も買わないとだし」
「思ったより移動に時間が掛かりましたからね」
「そこはまあ、子供が多いからしょうがないね」
「やだなぁ、旦那もその子供と同じペースだったじゃないか」
あははははは。ぶっ飛ばすぞ。
「子供に合わせてただけですー」
「ガッハッハ、そうだなぁ」
「じゃあもう行くから」
「あ、旦那は朝食要らないですか?」
「向こうで食べるからいい」
「そうですか。それじゃあ、お気をつけて」
「はいよー」
ぷらぷらと手を振ってその場を離れる。
そして町に向かう。ここから町へは非常に遠い。
=====
「ぜえはあ、ぜえはあ」
遠い。
いや、遠すぎでしょ。
アジト造れそうな洞窟があそこくらいだったからしょうがないし、盗賊が町のすぐ傍に居つくことはできないからしょうがないけど。
しょうがないけど、どうにかならなかったのか。
徒歩3時間くらい。
永遠に思えたけど、たぶん3時間くらい。
ようやく町を囲う外壁が見えた。
この世界の町は基本的に外壁で外敵から守られている。小さな村なんかはその限りではないけど。
まあ、魔物やら僕たちみたいな賊がそこら中に居るんだから当然だ。スキル持ちさえ居れば町を囲う壁を造るのもそう難しくはない。
外壁の出入り口、人の出入りを管理している門へと辿り着く。
町の中に入るには、ここでステータスチェックを受けなければいけない。盗賊なら一発でばれる。
でも僕はステータスを偽造できるから問題なし。更には自分に幻術を掛けて姿を変えている。
今の僕は羽根付き帽子を被った長身の詩人。
これができるから買い出しなどは僕一人がやることになっていた。
町への侵入を無事成功させ、まずは休憩にする。
いやホント疲れた。
お腹空いた。
もうそろそろお昼だしね。
……失敗した。やっぱり朝食のスープを食べてくるんだった。
適当な食堂に入り、昼食。
出てきた料理を食べる。幻術の体と本体は身長差が著しく、口の位置が違うから注意が必要だ。
皿にも幻術を掛けて、仮面を外してから料理をもぐもぐ口に運ぶ。他人には、長身の男が優雅に食事する光景が映っているはずだ。
普段は体の動きに幻術を連動させてるんだけど、こういう特定の動作は完全に切り離した方が楽なんだよね。本体は他人の目を気にしなくて済むから。
ふぅ、食べた食べた。
運動してご飯食べたせいで今度は眠くなってきたけど、ちゃんと仕事をしないといけない。
会計を済ませ、食堂を出たら広場に向かう。僕は別に、意味もなく詩人の姿をしているわけではない。町に来たのはここの人々にお話を語るためでもある。
広場で遊んでいた子供を集め、語り始める。僕が語るのは全て怪談の類だ。詩人の格好と合わないけど、この格好の方が客引きが良いのだからしょうがない。
「……そこには、両腕を使って移動する下半身の無い女が――」
「――ひっ!?」
子供の一人が口の端から悲鳴を漏らす。よしよし、調子が乗ってきた。
それから30分ばかし、じっくりと子供たちを怖がらせた。あっはっは、怖がってるのに去ろうとしないの。耳を塞いでる子もいたけど、あれは聞こえていたね。ビクッとしてたもん。
彼ら彼女らは今夜、眠れない夜を過ごすこととなるだろう。好奇心って罪だね。
さて、今日はこのくらいかな。今回は子供数人を相手にしただけだけど、もう何日か続ければ認知されて客も増えるだろう。
明日も来るよと告げて広場を離れる。
あとは買い物をして帰るだけだ。
と、その前に姿を変えておこうかな。
路地裏に入り、幻術を掛け直す。詩人からどこにでもいる平民の男へ。
変身が終わったら、入ってきた方向と反対側から出る。
「ん?」
路地裏から出ようとしたところで、足元に何かが落ちていた。布の塊?
つま先でツンツン突くと――動いた。
「人間?」
こんなところで寝てると風邪引くよ?
恐らく肩であろう部分を掴んでゆさゆさと揺すって起こそうと試みる。
「うあ、うぅ……」
「起きな―?」
「う、死ぬ……」
流石に目の前で死なれては困る。
揺さぶるのを止めて体の状態を観察する。こんなときに便利なのが【解析】スキル。
なになに? ――ふむ、飢餓ねぇ。
お腹が空いて力が出ないわけね。……はあ、しょうがないなぁ。
「待ってて」
一言告げてから一度その場を離れる。そして、近くの屋台で幾つかの食料を入手してから戻ってきた。
再び肩を揺する。
「ほら、ご飯持ってきたよー」
「……え?」
ご飯に反応してか、包まっていた毛布から顔を出す。外見的に10代後半の男だ。
「ほらほら」
男の目の前に蒸しパンを掲げる。ほらほらお食べー。
「え、食べて、いいんすか?」
「僕は見せびらかすだけの性悪じゃないよ。ほら」
許可を与えると男はようやく体を起こし、蒸しパンを受け取った。その後は無言で食べ始める。
「はい、飲み物」
いきなりパンだけじゃ辛いと思って飲み物も渡す。果物を絞ったジュースだ。
「あ、ありがとう」
お礼を言えるだけの教養はあるみたい。
こんなところで飢えて寝ていたくらいだし、スラムで育ったり孤児だったりを予想してたからもっと口が悪いのも覚悟していた。不意の暴言は心にくるからね。助けた相手からなら尚更。
僕はしばらくの間、彼が食べ終わるまで見守ることになった。
【解析】で飢餓と出ていたからもっと衰弱しているものだと思ったけど、食べるペースを見るとそうでもないのかな?
食べ終わったのを見計らって声を掛ける。
「どう? 動けそう?」
「あっはい。おかげ様で」
彼はそう言って立ち上がった。包まっていた毛布が外れ、ここでようやくまともに体を確認できた。
痩せているけど、背はそこそこ高い。……その身長、ちょっと分けてほしい。
体調をもう一度【解析】で調べると、既に飢餓状態ではなくなっていた。治んの早いのね。
これで今すぐ飢え死にする心配は無くなったことだし、そろそろお暇しようかな。
「それじゃ」
一言残して、僕は路地裏から抜け出した。
遠い(ミルピィ主観)
徒歩3時間(ミルピィの足で)