99話 聖女様さよなら作戦
あまりにも居た堪れなかったのだろう。正座して怒られている聖女を見たあらた君は、そっと扉を閉じた。
振り返って僕と顔を合わせると、目を伏せて首を横に振った。
「行こうか……」
「あ、うん……」
二人、教会を離れる。
次の予定として、僕の買い物に向かう。
「あの、訊いてもいい?」
「なんだ?」
「聖女って、実はそんなに偉くない?」
僕、聖女ってなんとなく偉いんだろうなーとしか思ってなかったけど、シスターに頭下げるレベルだったのかなって。
「いや、ちゃんと偉いぞ。教会内で地位が低かったらあんなに聖女様聖女様言われないだろ」
「まあ、だよね」
「偉い……はずなんだけどな……。壊れる、俺の中の聖女像がどんどん壊れていく……」
「そんなの抱いてたの?」
あの聖女、いろいろ残念だよ。教会の人ともきっと、迷惑を掛け続けた末にあんな関係になったのだろう。
「まあ、大変だと思うけど頑張ってね。応援してるよ」
「……え?」
「僕の役目はギルドのアレで終わったから」
「いやいやいや、乗り掛かった舟なんだからもうちょっと付き合ってくれよ」
「実は、聖女の人苦手なんだよね。後のことは頼んだよ」
「えー……」
だって、会いたくないからあらた君に協力したのに、それで聖女と長時間接するのは嫌だ。
あらた君は買い物中に何度も協力を仰いできたけど、僕の意志は固い。お断りだ。
幾つかのお店を回り、買った物はあらた君に持たせていく。
「荷物が増えてきたからそろそろ【収納】したい」
「じゃあ、ミール君御用達の路地裏に行こうか」
人気が無い場所はリサーチ済み。幻術の切り替えに使うからね。
そして、路地裏に入ったときだった。
「ミールちゃんっ!」
「――ひゃあっ!?」
目の前に聖女が降ってきた……!
び、びっくりした……。
「ミールちゃんあのですねっ、さっきのアレは違うんです!」
「脅かさないでよ!?」
「ああっすいません!?」
心臓止まるかと思ったんだからね!! この変態機動力聖女っ。
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「あのシスターは私が小さい頃にお世話になっていた方でして、今でも頭が上がらないんですよ」
違う違うと喚く聖女が鬱陶しくて、じゃあ何が違うのか場所を変えて聞くことになった。
どうやら子供の頃にお世話になったシスターとこの町に来て再会していたらしい。で、問題児っぷりを見咎めたシスターが昔のようにお説教垂れるようになったのだと。
「というか、シスターにお世話になっていたってもしかして……」
「はい、私は孤児院出身です。神教国で孤児院は教会の下部組織ですので、私のスキルが判明したのを境にあれよあれよと出世、いや聖女街道まっしぐらというわけです」
なんというシンデレラストーリー。でもそっか、聖女の人は元々偉くなかったんだね。道理で行動がお淑やかでないはずだ。貞淑な淑女は部下を撒いたり屋根上を走ったり飛び降りたりしない。
ちょっと聖女の来歴が面白くて聞き入っていると、隣で話を聞いていたあらた君がゴホンッと咳払いをした。
「先程の教会での事情は分かりました。ですが、私から逃走した件についてはどういった理由でしょうか?」
「うっ……それでシスターにも怒られていたわけでして……はい」
「…………」
「すいません、申し訳ございませんでしたっ」
聖女は一度言葉を区切ったが、あらた君の無言の圧力に負けて謝罪した。……弱い、弱いよ聖女。やっぱ違わないじゃん。シスターだけでなく神官にも頭下げちゃってるよ。
「はあ……一旦この話はいいです。それより私が派遣された理由については察しが付いていますよね?」
「はい……今回の仕事が長期化しているからですよね」
「分かっているのなら何とかしてください」
「だって、仕方ないんですよ! メーテトレ男爵がいつまでもネチネチ言ってくるからぁ!!」
冷淡なあらた君に聖女が半泣きで反論。
「メー……男爵?」
「あのデブ領主か……」
あらた君は聞き覚えがあるようで、ボソッと悪口のような呼び方をした。
あ、デブ領主で思い出した。あのデブか。僕も仮面買いに貴族街行ったときに一回見たことある。良くも悪くも印象に残りやすい人だった。主に体型とか。
「具体的にはなんて言われているのですか?」
「私はしっかり【治癒】を使っているんですけどね? メーテトレ男爵は治ってないと言い張ってきて、手を抜いてるんじゃないかとか聖女と言っても所詮この程度かとかチマチマ小言を言いながら引き留めてくるんですよ」
「それは、タチが悪い」
ほんとにタチ悪いなー。
後ろで聞くに徹していたところ、あらた君が僕の傍に来て後ろを指差した。二人で話したいことがあるようだ。なになに?
「まあ、領主に邪魔されてるってのは報告で既に知っていたわけなんだけど」
「あ、そうなんだ」
「それが本当かの確認も仕事の内だな。聖女が懐柔策にでも掛かってるんじゃないかという疑いが出ているらしい」
「あー、そういうの弱そうだもんね」
「お偉方も同じこと思ったんだろうな。領主と直接交渉できればそれで済むのかもしれないが、あの領主、今町に居ないしどうしたもんかな」
「え、居ないの?」
何となく、デブだから出回っている印象が無い。
「この間隣町で会った。聖女の様子を確認してからと思ってその時はスルーしたが、少しくらい聞いておけばよかったかも」
「僕らが遠征に行ったとこ? 何かあったのかな……僕のせいじゃないよね?」
「いや、義賊騒ぎが起きる前から町に居たみたいだ。領地の巡回らしいから暫く戻らないんじゃないか?」
「領主らしい仕事だ……」
「領主だからな」
実は勤勉な領主だったり?
でもそっか、文句言ってる本人が居ないとなると、それを無視して帰らせるわけにもいかないよね。
「順番としてはまず聖女の素行調査、次に領主との交渉を考えている」
「いいんじゃない?」
「素行調査、協力してくれるよな?」
「もちろん嫌」
「いいじゃん、ここまで一緒に話聞いたんだからさ」
「そのために何度も町に来るの嫌なんだけど」
「そうかぁ……」
あらた君は心底残念だという感じで肩を落とし、そわそわとこっちの様子を伺っている聖女のもとへ戻った。
僕も戻ろうかと思ったけど、別に戻らなくてもいいな。あんまり近くで聞いていると当事者感出てきちゃうからこのまま離れた場所で聞き耳立てるに留めておこう。
それからあらた君は、デブ領主が戻ってくるまでは町に留まることを聖女に伝え、遠回しに見張ってるからなと脅しをかけていた。
可哀想な聖女。何度も僕の方に目線を向けてきたけど、僕は知らない。教会の人同士の問題だ。
話が終わり、トボトボと聖女が去って行く。どうやら僕に絡む気力も無くなったようだ。
さて、買い物の続きをしようか。……そういえば、僕とあらた君の関係について何も訊かれなかったね。それどころじゃなかったんだろうけど、言い訳するのも面倒だったから助かった。
「で、結局いつ頃聖女の人を帰らせるの?」
「冬に入る前には終わらせたいかな。冬になってから国越えは難しいだろうし」
この地域は暑さが引くとすぐ寒くなるらしい。秋が極端に短いのだ。
気温差が激しいと僕がキツイ。冬も<伝熱の短杖>の活躍に期待している。




