1~始まる前の情報収集~
まだまばらにしかいないクラスメートの話声で少しだけ賑やかな教室。窓側の列、前から四番目の席に座る悠斗は窓枠の青い背景を自由に勝手気ままに泳ぐ雲をじっと見つめていた。
「朝っぱらからなに黄昏てんだい大将」
いきなり背中を襲う衝撃。振り向くことも出来ないほど連続で襲ってくるその衝撃の正体を悠斗は振り向かずともわかっていた。朝練に繰り出していた正臣だ。
人の背中を豪快に笑いながら叩く手を腕でガードし、振り返りざまに睨みつける。そうすると正臣はきょとんと不思議そうに見つめなおしてきた。
「・・・まるでなんでこいつは機嫌悪いんだみたいな顔をしてるぞ」
「おお、すげぇな。なんでわかった」
「アホ」
「ひどっ」
オーバーリアクションする正臣に呆れた溜息を鼻から漏らしつつ、カバンから二つのものを正臣に投げる。さすがの野球部。いきなりだったのにもかかわらず二つとも見事にキャッチする。それは制汗シートとスポーツドリンクだった。
「あほなことやってないで早く汗ふけ」
「さんきゅー」
にこりと笑い遠慮もない手つきで制汗シートを何枚も取り出し体を拭く正臣。
「にしてもめずらしいな」
「ん?なにが」
「鷺宮がそんな悩んでんのが」
「それじゃあ、俺はまるで何も考えていない脳筋みたいじゃないか。お前じゃあるまいし、失礼だぞ」
「お前も中々失礼だぜ大将」
拭き終えた制汗シートをナイスなコントロールでゴミ箱に投げ入れ、ガッツポーズをとる正臣に、悠斗は何の気もなしに質問を飛ばした。
「人魚みたいに綺麗な女子なんだが知らないか?」
「はぁ?」
間抜け面という言葉がぴったりなほど呆けた顔をする正臣。言葉のキャッチボールをするつもりがなんだか、暴投してしまいしかもそれバットで打たれた感じだ。
「だから、人魚みたいに―
「ちょちょ!聞き損ねたわけじゃねえよ。なんだよ人魚みたいって」
ふむ、と考え込む悠斗。どうやら説明不足らしい。
「今朝、見たんだけどさ―
そこから悠斗は今朝見た光景を逐一正臣に報告する。朝方、水泳部員でもないのにプールにいた女の子。金髪で、巨乳と言うほどでもないがスレンダーな体系と合わせとてもきれいに見えたプロポーションだったこと。なんでも吸い込みそうな碧眼を持っていたこと。その姿すべてに自分は目を奪われたこと。全てを包み隠さず話した。
「うーん。うちに金髪は何人もいたとは思うが、そのなかでそこそこなパイ乙持ちで青い眼ってなると」
「九重さんかカセルダさんのどっちかだよね」
記憶を必死に引っぱり出す正臣よりはやく後ろから第三者の声が正当を教えてくれた。声の主は安城舞。悠斗、正臣のクラスメートで新聞部に所属する子である。ボブカットでそばかすがチャームポイント、昔ながらのギャルゲーに出てきそうなビン底眼鏡をつけていて、声が少し高く幼く聞こえ、欠伸した時の声が猫の鳴いている声に似ていたことから『メガネコ』と呼ばれている。
「よ、メガネコ」
「おはよう桐野、鷺宮君」
「おはよう安城。で?さっき言ってた二人はどんな人」
「めずらしく食い付きいいね鷺宮君。でも、その二人はオススメしないな」
「なぜに」
う~んと頬に指を当てて少し悩む風な姿を見せるが、舞はポケットからマル秘と書かれたメモ帳を取り出しすぐにその中から答えを導きだしてくれた。
「一人目、九重ノアさん。この湘高で不良グループ『百鬼夜行』のリーダー。通称『九尾の九重』。普段は無口だが、赤城山道を走る暴走族二百人を一晩で沈めたと言う武勇伝をお持ちで群馬でもそこそこ有名な不良さんです。自由奔放で授業中に抜け出すこともまちまちだそうです。あ、ここの一年生です」
「へぇ~」
「自由奔放では負けない二人目、カセルダ・T・春花さん。この方は我が校の三年生です。父親の影響で射的をやっててなんか軍人まがいの体術も使えるらしいよ」
「ほう」
「ね。オススメ物件ではないですぜ旦那」
「そんなのはどうでもいいからクラス教えて」
「そんなのって・・・。1-Cと3-Dだけど、まさか」
ぴゅーと一風。
「会いにいかないよね・・・ってもういねえし」
ものすごい勢いで出て行った悠斗をハンカチを振って送り出す舞と面白そうにニヤニヤと口元を引き上げながら手を振る正臣。
「あいつが他人に興味を持つとはねぇ」
「めずらしいよね」
「・・・」
「・・・」
「どっちにかける」
「大けがするにジュース一本ってとこですかね」
「じゃあ、俺は仲良くなるに同じくジュース一本かな」
「結構な賭けしますねぇ~」
「そうじゃないと面白くねえだろ」
スポーツマンにあるまじき発言をする正臣。
「それに俺の親友はすげぇやつだからな」
ぼそっとつぶやいたその発言は誰にも聞こえず中に消えていった。