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レイ・リコード 本編未使用(いーつのことだか、思い出してごーらん♪)  作者: 久遠 悠
第四楽章(いーちねーんじゅーうをー、おもいだしてごーらん♪)
8/9

その1

ルーシー。過去の話とオズウェルと。

これもカットしました。過去編とか書いてみたい。

 現在より遡ること、五年。

 誓暦四〇三年――冬。


 メルヒオール区のモンレーヴ村。その当時は新市街もまだなかった小さな山際の村が、極大兵器に蹂躙されたかのような死者を出した。村にいた者はもちろん、彼らが飼育していた家畜も全滅。しかしながら建物や田畑が踏みにじられたような跡はなく、原因が外部からの襲撃によるものではないことを示唆していた。

新型の生物兵器か、はたまた近隣の村で流行していた伝染病が一夜にして猛威を振るったのか。原因解明のための議論は帝都長老会及び研究員の間で激しく行われた。結局、その村の近辺ではいくつかの病で変死が相次いでいたこともあり、研究者たちは伝染病が一夜で村人全員を死にいたらしめたと結論付けた。

 ただし、村一つを一夜で滅ぼした伝染病が一体どのようなものだったのかは不明のままだった。


だが、モンレーヴ村で起きた事件の一部始終を見ていた一組の少年と少女がいた。


二人はモンレーヴ村の出身で、流星群を見るために真夜中に親家族には内緒で村を抜け出していたのだ。

 彼らは流星群を見た後、家に戻る途中でモンレーヴ村の周辺で何かを指揮する男とそれに従う幾人かの兵士を見かけた。いつもなら、気にかかったことよりも家に戻る方を優先するのだがその日は違っていた。というのは、男たちの中に混じって金髪の少年と、少女の姉が一緒にいたからだ。

深夜に一体彼らは何をしているのか。

不穏な気配が漂う中、二人は何か姉が悪事を働こうとしているのなら、あるいは姉がこの黒い人たちに無理やり何かを強要されているようなら助けなければ、と子供ならではの幼稚な正義感をかざしてこっそり姉たちの後を尾行した。だが、二人の予想に反し、姉たちは村とその近隣に何かの仕掛けを施しているだけで、犯罪めいたものは何一つとしてなかった。

 もしかしたら仕事の最中かもしれない。そう思った二人はそれ以上の追跡を止め、村へ戻ることにした。

その後、村に戻った二人が見たものは、仄かな純白の光彩がモンレーヴ村とその地域一体を優しく包み込んでいる光景だった。

幸か不幸か二人は法術に関わる知識を得ていた二人は、村全体を包む光が法術の一種であることを理解した。また、光で描かれている陣の中に入ったが最後、自分たちもただでは済まないことも。ゆえに、二人に出来たのは光が収まるまでその場から動かずにいることだけだった。

二人はただ途方に暮れ果てて。

何もできない代わりに、蛍が死の間際に光るような淡い燐光と、何者かが展開させた法術の陣の形をその目にしかと焼きつけて。


 そうして、一夜にしてモンレーヴ村は全滅した。


 モンレーヴ村が壊滅した次の日、“偶然”執政官であるディディウスが幾人かの警備隊員を引き連れて村を訪れた。だが、二人は隠れていた村の作物倉庫から身動きできずにひたすら肩を寄せ合っていた。当たり前だった。一夜にして親家族をすべて失い、その遺体の中で眠るというのは幼い子供にとって想像を絶する恐怖だったのだから。

 やがて二人は、訪れたディディウスと警備隊員が息絶えて亡くなっている村人をすべて確認しているだけだということに気付き、こわごわと近づこうとした。だが、男の口から飛び出した言葉を聞いて再び倉庫へ逆戻りすることとなる。


 ――予定通り、全員死亡しているか?


 その男の一言で二人は悟ったのだ。すべては仕組まれたことだった、と。

 モンレーヴ村が光に包まれた後、村中の人々が死んでいたのは伝染病でも異常気象の類でもなんでもなく、国が――目の前の男と少女の姉とその関係者やったことなのだと。

 突きつけられた過酷な事実に、二人は胸が破れるほど悲しみを覚え、なぜ、と痛切に問うた。

なぜ、少女の姉がこんなことをしたのか。こんな、こんなにも理不尽なことが許されてたまるものか、と。そう憎しみにも近い気持ちを抱きながら、二人はずっと泣き続けた。

数日後、二人の子供は涙と悲鳴を押し殺していたところを一人の商人によって保護されることとなる。他の村より交流が少ないモンレーヴ村に定期的に物資を届けていたその商人は、二人を国営の孤児院へと預けた。

二人は孤児院で泣きじゃくりながら事の次第を必死に大人たちに説明した。だが、二人ともがやや半狂乱に陥っていたことと、内容がとても受け入れられる内容ではなかったことから、狂言として片づけられてしまった。

そして、半年後、少年は少女を置いて帝都の警備隊へ入隊する。その胸に復讐の炎を宿して。

そのさらに半年後、置き去りにされたことを嘆き悲しんだ少女は少年の後を追うように孤児院を出た。やはり少年と同じようにその胸に復讐を誓って。


少年の名をオズウェル・L・K・アイゼンシュタット。また少女の名をルーシー・ウィシャートという。


* * * *


 ルーシーは五年前を思い出しながら、あの日の誓いを呟く。

(そう、私は姉さんを撃つと決めたのだから)

 例えオズウェルから反対されようとも、親を、友達を、それまで抱いていたルフィナへの敬愛の念すら奪い去ったルフィナ・ウィシャートをこの手で屠ると決めたのだ。

オズウェルと仲が良かったのも、彼と一緒に流星群を見るために村を抜け出したのも、姉に叱られた懐かしい記憶も、全ては過去の思い出としてあの日、モンレーヴ村に葬り去った。

(だからこれしきのことで、感傷になってるわけじゃない)

そう無理やり自身に言い聞かせ、ルーシーは努めて落ち着いてオズウェルを見た。成長期を経てすっかりたくましい体つきになったやんちゃな幼馴染は、今もなおその面影を残しているように思える。

その懐かしさにルーシーは思わず瞳を細めたくなるも、理性で踏みとどまる。

「五年ぶりね」

「……うん」

「出世したじゃない。〈盤上の白と黒〉だなんて」

 ルーシーはオズウェルの黒の制服と胸のブローチを見た。あのオズウェルが誰もがうらやましがる〈盤上の白と黒〉の隊員に昇格したなんて、ルーシーも幼馴染として誇らしい限りだ。もっとも、今の二人の立場を考えればその感情だけで済まされないが。

 オズウェルは照れたように頭をかいた。

「よしてくれ。ところで、ルーシーはどうしてここに?」

「観光よ。考えてみたら〈ミモザの花調べ〉に一度も来たことがなかったと思って来てみたのよ」

「そうだね。ここのミモザ祭りは毎年すごいからね。僕も今日が初めてだから、こんなに盛大にやってるとは思わなくてびっくりしたよ」

「そういうあなたはどうしてここに? まさか私と同じで観光っていうわけじゃないでしょう?」

 我ながら笑えるぐらいすっとぼけた質問だと思った。オズウェルが何をしに来たなんて、そんなのティアを探しに来たに決まっているのに。

 こちらの内心などまるで知る余地もないオズウェルは素直にうなずく。

「うん、仕事なんだ」

「仕事?」

「ああ、新聞にも載ってたと思うんだけど、白樹の塔にいた女の子が行方不明になったからそれを探してるんだ。ルーシーは見かけてないかい?」

「いいえ」

 どきりと跳ね上がる心臓とは真逆の冷静さを装ってルーシーは嘘をついた。

一瞬見抜かれたかとも思ったが、この実直と正義感を体現したようなオズウェルだったらこんな回りくどいことをしないで直接聞いてくるだろう。

 オズウェルがエルスとティアを追っていることをルーシーは知っている。モンレーヴ旧市街と新市街を巻き込んで起こった逃亡劇の最中、オズウェルとアメーリエの姿は見かけた。もっとも、アメーリエがティアを追いかけるのをちょこちょこルーシーが邪魔していたとは口が裂けても言えないが。

正直な話、顔を合わせたくなかったのと、こちらの事情を知られたくないルーシーはオズウェルの前にはあえて姿を現さなかった。それなのにここで再会してしまうとは。なんて間の悪い。

 ティアたち共に行動していることがオズウェルに伝わったら詰問されるか国家反逆罪で捕らえられてしまうだろう。

 ここは適当に相槌を打ってさっさと別れるのが上策だ。

「……あんたも大変そうね。それじゃあ、私はこれで」

「あ、ルーシー!」

 早々に踵を返したルーシーの手首をオズウェルが捕まえる。

「何? 忙しいんでしょう?」

「いや、せっかく久しぶりに会えたんだし……」

「だし?」

「少しぐらい話でも、って思ったんだけど……」

 どうやらルーシーに対して多少なりとも後ろめたさはあるのか声が徐々に小さくなっていく。当たり前か。置手紙もなく孤児院を勝手に飛び出して帝都の警備隊に入隊したのだから。そのことに対してこのぐらいの罪悪感をオズウェルに求めても罪には問われまい。

 いい気味だ。そう思ってルーシーはわざと冷たく接した。

「別に私は話したいことなんてないわ」

「それは、そうかも……しれないけど」

 でも、とオズウェルは拙い言葉を繋ぐ。

「だめ……かな」

 まるで見捨てられた子犬のような目で問いかけられ、母性愛に似た庇護欲がくすぐられるのをルーシーは感じた。見た目は成人のそれなのに、その姿が子供のころのオズウェルと重なって見えてくる自分は相当頭がおかしい。

 ルーシーは改めて考えた。

 まだ待ち合わせまで時間はあるしエルスたちも周囲にいない。とはいえ、どこで彼らとオズウェルのようにばったり再会するかはわからない。この状況で下手を打つわけにもいかない。だが、もしかしたらティアや姉についての情報が入るかもしれない。

 結局、打算が勝った。断じてほだされたわけではない。

「……少しだったらいいわよ」

 とたん安心したように明るい顔になるオズウェルに、ずきりと胸の奥が痛んだ。正体不明の胸の痛みはオズウェルを騙していることからくる罪悪感なのか、単なる感傷なのか、それとも別の何かなのだろうか。

 それは、今のルーシーには判別のしようがなく、また判別しようとも思わなかった。

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