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レイ・リコード 本編未使用(いーつのことだか、思い出してごーらん♪)  作者: 久遠 悠
第二楽章(うれしかったこーとー、おもしろかったこーとー♪)
5/9

その2

フィディール。長老会にて。

これも改定前には入ってましたがカットしました。

余談。ラストの「こいつ後で絞める」というフィディールの内心の台詞は第三楽章でエルスも思ってた。だって、ハインツ絞めたくなるw

 ブランシュ・アファナシエフことティア・ロートレックが行方不明になった後の長老会は散々なものだった。

「……まったく面倒なことになったな」

「面倒で済まされる事態ではない! 事あろうか相手はあのエルス・ハーゼンクレヴァだぞ!」

「しかしながら、所属国である古都は彼に干渉する権利を失っている」

「上級法術士資格を取得する代わりに、与えられた自由――か」

「噛み付かないよう檻の中で飼いならすようでしたが、まさか本当に資格を取ってしまうとは思わなかったのでしょう」

 次々とあがる愚痴は帝都カレヴァラを束ねる長老たちのものだ。

 長老とは帝都の各地方を束ねる権限を持った代表者、および財政や司法、土木や外交といった多方面にわたる専務を担う者の敬称だ。したがって年若い長老もいれば文字通り年老いた者もいる。

 長老たちを集めて開かれる長老会。これが帝都の事実上の最高議会となる。帝都とは名前ばかりで政治体制は共和国とほとんど大差ない。帝都と呼ぶのは慣習だ。かつて帝国主義を掲げていた頃の。

 執行権を持つ執政官、および代理執政官は緊急時や重要でない事柄を決定する時に限り、決議なく権限を発動できる。だが、それは他の民衆の代表者とも言える長老から反感を食らう行為であり、しいては民衆の不信を買う。結局のところ、民衆をまとめるには長老なくしてありえない。逆をいえば、長老といかに仲良くやっていくかが執政官としての鍵だ。

 先週の前執政官ディディウスの暗殺もあらかじめ長老会で決定されていたことだった。そうでなければ例えディディウスのような愚かな為政者だとしても暗殺が成功するわけがない。

「それと、イリーナと通じていた爆弾犯の方はまだ見つかっていないのでしょう?」

「だから、その前に彼女を捕えねばならないのだろう」

「最悪の場合を想定しての手は打ってある。そうだろう? フィディール執政官」

 円卓を囲む初老の男に名指しされたフィディールは涼しげな顔で頷く。

「ええ。彼女の顔写真はすでに公開済みです。市民にどこまで伝わるかはわかりませんが、賞金稼ぎの類は食らいついてくれると思います」

「それで、彼の処置について執政官としての君の意見は」

 試されている。フィディールは直感的にそう感じた。フィディールが執政官なることは長老会で決議されたとはいえ、総意ではない。

 フィディールは慎重に口を開いた。

「身柄を拘束して古都に引き渡すのが上策と思います」

 エルスが古都トレーネに所属している以上、治外法権の名の下、帝都で一方的な裁決は下せない。となれば捕獲が妥当な判断だと思うのは当たり前のことだった。

 当たり障りのないフィディールの回答に薄闇の中でせせら笑うような気配があった。

「もっとも、爆弾騒動でごたついていたとはいえ、厳重な警備体制の中を見事くぐり抜けた彼を容易に捕まえられるとは思えんがな」

「同感ですね。彼に烏合の衆を差し向けたところで無意味でしょうから」

 フィディールがささやかな反撃を試みれば指摘してきた壮年の男のこめかみが震えた。

 彼が言う烏合の衆というのが一部の長老のガードマン――とは名ばかりの腰巾着――を示していることをきちんと理解してのことだ。

 壮年の男が口惜しげにフィディールをにらんだ。

「貴様。成り上がり執政官の分際でいい気になるなよ」

「まあまあ、いいじゃないですか」

 席を立ち上がりかけた男を諌める形で物腰の穏やかな老婆がのんびりとお茶を飲む。

「だからこそ〈盤上の白と黒〉がいるのでは? その王たる彼がここに呼び出された理由などお分かりでしょう?」

 したたかな問いかけは皮肉というより牽制の意味合いが強かった。

 話題に上ったハインツをちらりと横目でみやる。すると彼は大仰に頭を下げてみせた。

「光栄なお言葉。恐縮すぎてオレ様豆粒になりそうだわ――いでっ!」

 態度を慎めこの愚か者が。白々しいハインツの脇腹にフィディールは肘を食い込ませた。

 顔を怒りで真っ赤にさせた長老の一人がすさまじい形相でハインツを怒鳴りつける。

「貴様っ! そのふざけた態度は人を馬鹿にしているのか!」

「ふぅむ、貴殿の言動は日頃からいささか品位に欠けていると私は思うのだがいかがだろうか」

「まあまあ。前線で出しゃばることしかできない特殊部隊だ。少々頭が足りないのはご愛嬌というものだろう」

「そもそも直属の上司であるフィディール執政官は彼らにどのような指示を出している!」

 言わんこっちゃない。こちらにも飛び火したではないか。フィディールは内心で舌打ちした。

 便乗するような形で他の長老たちが口々に揶揄やら非難をフィディールと〈盤上の白と黒〉に浴びせてくる。ブランシュに関する議題はどこへ行ってしまったのか、あっという間に長老会は〈盤上の白と黒〉の糾弾場と化した。

 普段からの素行不良(ハインツに限る)や度重なる任務の際に発生する修繕費と要求された慰謝料。今まで蓄積した不満がブランシュ――ティアを逃したという失敗原因に引火、そして炎上したのは明らかだった。もっとも、非難の内容はどれも聞き覚えがあるため、フィディールの耳に痛かった。

 ハインツら〈盤上の白と黒〉は執政官および代理執政官――ディディウスやフィディールだ――の親衛隊だ。だが、隊員の行動はそれぞれ委ねられているため、直接的な責任はフィディールにはない。

 しかしながら名目上直属である以上、部下の失敗は上司の責任だ。それは仕方がない。だが理不尽だ。

 叱責されているにも関わらずハインツがあくびをした。一斉に長老たちの白い目がハインツを睨む。フィディールもありったけの殺意を込めて彼を睨んだ。

 身を斬るような視線をハインツはどこ吹く風とばかりに流している。

 フィディールは思った。この男のこういう図太い神経は見習うべきかもしれない、と。よくも聞こえていないかのように振る舞えるものだ。

(……聞こえてない?)

 フィディールは自身の率直な感想に引っかかりを覚えた。それから彼は隣のハインツを横目で観察する。ハインツの頬の筋肉がつまらなさそうにだらけきってる。それ以外は別段とまるで変わらないように思えた。

 ハインツの耳をふさぐように、何かが詰まっていること以外は。

 フィディールの中に僅かに芽生えかけた尊敬の念がすぅっと冷めていく。

「では、メルヒオールのモンレーヴ旧市街に潜伏中のエルス・ハーゼンクレヴァとブランシュ・アファナシエフの捕獲に際しては、現在〈盤上の白と黒〉のカヤ・マツリカ、オズウェル・L・K・アイゼンシュタットおよび――」

 議題がブランシュ――ティアに関することに移動する。フィディールは自分たちに対する注意が弱まった頃を見計らって、こっそりとハインツの耳に入っているものを引っ張りだそうとする。

 だが途中でそのことに気付いたハインツに手をはたかれてしまい、それは失敗に終わる。仮にも親衛隊の隊長であり、他の多くの強靭な戦闘能力者をまとめあげるだけの実力をもっているのだから当たり前と言えば当たり前だった。

「……お前、耳栓をしているだろう」

「まあな」

 ハインツが小声で返してくる。しかし彼にはフィディールの声は聞こえていない。

 どうやってハインツは相手の言っていることを理解しているのだろうと考えかけたところで、フィディールはすぐさま思い出した。ハインツが読唇術が使えることを。

 どうしてこの無駄な妙技と才能を別のところで生かせないのだろうか、この男は。フィディールとしては大変な疑問だ。

 イライラとフィディールはハインツに命令した。

「今すぐ外せ。そして今この場で長老に吊し上げにされろ」

「馬鹿言え。んな自殺行為を誰がするってんだ」

「僕はお前が本当にいい年した大人なのが信じられなくなってきた」

「お前はこういう大人になんねぇようにな」

「……見本にならない大人に言われたところで説得力がないからな」

 こいつ後で絶対にしめる。そう心に誓いながらフィディールは長老会へと意識を戻した。

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