その1
エルス。イリーナが死亡したことを知って泣き崩れたティアを見た時。
心を失うことはできないけれど、壊れてしまった心も二度と戻らない。
嗚咽一つすら漏らさずティアがその場に崩れ落ちる。彼女は叫び声すらあげず、泣きもせず、狂ったように笑いもしない。森の奥深くでも覗き込むような美しい翡翠色の瞳からは光彩が失われ、今は硝子玉のように濁りきっている。
その虚ろの瞳は壊れかけた人形そのもののようだった。
――心を失うことは、できないけれど。
壊れかけた人形、という言葉を引き金にエルスの記憶の中にいる青年が彼に語りかけた気がした。
――人は絶望を知っても、心を失うことは出来ないんだ。たとえ壊れてしまっても。
記憶の中の青年がやんわりとエルスの頭を撫でた。
――だけど、壊れてしまった心もまた、二度と戻らない。
おもちゃだろうが傷だろうがなんだろうが、どんなものでも、一度壊れたものは絶対に元通りにならない。砕けた硝子を接着剤でつなぎ合わせても、ひび割れは残るし、傷が癒えても傷跡は残る。それは心も同様だと記憶の中の青年は諭すようにエルスにそう言った。
壊れてしまったら、絶対に元には戻らない。かつてエルスがそうだったように。
すると、考えるよりも早くエルスの身体は動いていた。彼は座り込んだまま立ち上がろうともしない人形のような少女の手を取って立ち上がらせる。
エルス自身、どうして、そんなことをしようと思ったのかはよくわからない。
ただ、壊れてしまうと思った。
このままでは、壊れてしまうと思ったのだ。
だから、どうにかしなければならない――と。